姪が化けて出ました。
( ゜ー゜)テケテケ(本日三度目でございます)
「……生きてる?」
自分でもおかしなことを口走っているのはわかっていたが、この場でリィフを叔父御呼ばわりするような相手といえば、この赤子しかいない。
<いや、さすがに死んでおる>
「そう、だよね……」
と、納得しかけたあと、納得している場合でないことに気づく。
冷静に納得しているのではなく、混乱しすぎて納得しそうになった。
「一体、どうなって……」
<ひらたくいうと、化けて出ておる。せっかく生まれ変わったのに、乳を含む前に投げ殺されるとは思わなんだ>
古井戸の中に、白い煙のようなものが生じた。
それはゆらりと姿を変え、ピンク色の髪に深い紫色の目をした少女の姿に変わる。
年の頃は十歳くらいか。
可憐で美しい、けれど、どこかぞくりとするような雰囲気を持った少女だった。
幽霊のようなものなのだろうか、体が半分透けている。
リィフの前に浮かんだ少女は悪戯っぽく微笑むと、両手を少し前に出して垂らした。
<うらめしやぁ、とな>
そこでようやく、リィフの中で警戒心が働いた。
「……きみは、いったい」
<ようやっと警戒しおったか>
幽霊は悪戯な表情のまま言った。
<叔父御殿は、ほんに、素晴らしくひとがよい。親父殿はさておき、叔父御どのには恵まれたようじゃ>
褒められているのか、からかわれているのかわからない。
それ以前になにがどうなっているのかわからない。
――どういう、こと?
赤子の骸を抱いたまま、リィフは困惑する。
そんなリィフの様子を眺め、少女の幽霊はくふふ、と楽しげに笑う。
<詳しい事情は出てから話すとしよう。儂を弔ってくれるのであろう?>
「弔い?」
<そのつもりで儂を掘り出してくれたのではないのか?>
「それは、まぁ、そうなんだけれど」
あまりにも、わけのわからない状況だ。
何をどうすべきかわからなくなってしまったリィフだった。
なんにせよ、井戸の底に居ても仕方がないのは事実だ。
赤子の遺体をきれいな布にくるんだリィフは古井戸の壁を苦労してはい上り、地上へ戻った。
<どこに葬ってもらえるのかのう>
謎の幽霊がのんびりした調子で言った。
――なんなんだろう、一体。
本人の言葉と、リィフを叔父御と呼んでいるあたりからすると、リィフが抱いている赤子の幽霊ということになるのだろうが、歳が合わない。
リィフが抱いている赤ん坊は生後数時間を待たずに殺された。
一方少女の幽霊は、たぶん十歳前後。
見た目は子供だが、物言いや仕草などは大人びたものを感じさせる。
「君は、本当に、この子なの?」
幽霊は、「うむ」とうなずいた。
<儂の名は、ルルスファルド・ルルスルルスルルス>
「るるすふぁるど・るるするるするるするるす」
ルルスが多い。
<ひとつ多い。ルルスルルスルルス。昔は始原の賢者とか闇の賢者とか呼ばれておった>
「……闇の、賢者?」
先ほどジュノーも口にしていた単語だ。
<魔王カインのことは知っておるか?>
「うん、それくらいは」
聖王アベルを殺し、世界を征服した強大な魔術師。最後はアベルの子である勇者セトに討たれたそうだ。勇者王セトの流れを汲むグラード王国では悪王とされているが、人の評価というものは、時代や陣営が変われば変わる。土地によっては今日に続く文明や文化の基礎を築いた英明王と評価されていることもある。
<カインに魔法を教えたのが儂でな。魔王の育ての親ということで闇の賢者と呼ばれる羽目になった>
「生まれ変わりってこと?」
<そうじゃ>
ルルスファルドは微笑む。
優美で可憐だが、底の見えない表情。
確かに、生半可な存在ではないようだ。
幽霊の類なら何度か出会ったことがある。僧侶として浄化をしたこともあるが、これまでに目にしてきた幽霊とは、たぶん次元が違う。
生物としての直感が警鐘を鳴らすのを感じた。
<親父殿は間違ってはおらなんだというわけじゃ。『邪黒紋』という名は気に入らぬが、『転生賢者紋』、つまり闇の賢者の紋章を持っておったことは事実>
ルルスファルドはリィフの目をのぞき込む。
<今からでも、井戸に埋め戻して構わぬぞ。儂を殺したのはあくまでも親父殿。叔父御殿にたたりはせぬ。さっきの涙だけで、弔いには充分じゃ>
本意の見えない、深い淵のような瞳。
それを見返して、リィフは口を開いた。
「ひとを試すのは、好きじゃありません」
そう言うだけで精一杯だったが、その一言で充分だった。
ルルスファルドから、威圧感がぱたりと消える。
<すまなんだ。何も知らずに関わらせて、儂の宿縁に巻き込むのも申し訳ないと思ってな>
素直な表情で告げたルルスファルドは、改めてリィフの目を見た。
<今度は試しではなく、忠告として言うが、儂に関わるのはあまり良いことではない。早々に手を引いたほうが賢明じゃぞ>
「貴方がそう望むなら、それでも構いませんが」
リィフはルルスファルドから目をそらさず応じた。
「愚僧は、それを望みません。かつての貴女がなんだったとしても、今生の貴女は愚僧の姪として生まれました。本当は、愚僧は、貴女を護らなくてはならない立場でした。せめて、弔いの場くらいは用意させてください。コトノハ教の僧侶に弔われてはまずい、ということでしたら仕方がありませんが」
変な僧侶に供養されては困る、というのならば、そこは仕方のないところではあるかも知れない。
<宗門の問題は別にないのじゃが>
ルルスファルドは微苦笑するように言った。
<儂は闇の賢者じゃ、おそろしい魔性のものなのじゃぞ。関わり合いになって良いのか?>
「失礼なことを言ってしまうかも知れませんが」
リィフはそう前置きをした。
「貴女が恐ろしい魔性の者なら、何故、井戸に投げ落とされる前に兄を殺さなかったのですか? 何故そうして、愚僧の側に浮かんでいるのですか?」
ルルスファルドの言葉を疑うわけではないが、今のルルスファルドは闇の賢者の名にふさわしい力は持っていないように思えた。
答えに困ったらしい、ルルスファルドはしばらく沈黙したあと、くふふと笑った。
<叔父御殿は賢いのう。大好きじゃ>
「……ありがとうございます」
どうも反応に困る言動をしてくる。
<赤子の身体では、闇の賢者の力は振るえぬ。魔力そのものはある故、化けて出る程度のことはできるが、強い魔力を振るうための経路は発達しておらぬ>
「なるほど」
<うむ>
うなずいたルルスファルドはふわりと動き、透けた両腕で後ろからリィフに抱きつく。
耳元に唇を寄せて、悪戯っぽい調子で言った。
<ですますは要らぬぞ。親父殿に投げ捨てられた上、叔父御殿までそんな他人行儀ではやるせない。愚僧もやめい>
「反応しにくいよ」
物心つく前に殺されてしまった姪だったはずが、化けて出て闇の賢者の生まれ変わりを名乗り、小悪魔めいた振る舞いをしてくる。
どうにも対応しにくい。
小さくため息をつくリィフ。
対するルルスファルドはますます楽しげに口角を上げていた。
( ゜ー゜)テケテケ(お読み頂き有り難うございました)
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