侯爵ジュノー(1)
( ゜ー゜)テケテケ (更新でございます)
末弟リィフが生まれた時、マールゥト侯爵ジュノーは二十五歳。
ジュノーはこの時既に父ソルよりマールゥト侯爵の位を受け継いでいた。
ジュノーとリィフの母ルーナはエルフの血を引いており、齢五十を超えた当時も三十にならぬくらいにしか見えぬ美貌を保つ女性だった。
隠居の先代ソルが、ルーナとの間にこしらえた最後の子。
それがリィフであった。
ソルはリィフの顔を見る直前に病没。そしてジュノーは彼が生まれる前から、リィフを恐れていた。
ジュノーの『恩寵紋』を超える紋章を持って生まれる可能性は低いが、ジュノーの長子カイトの紋章は比較的ありふれたものとされる『戦士紋』。
ジュノーの他の弟たちは皆無紋だったが、カイトと同格以上の紋章を持つ男子が生まれたならば、カイトの地位を脅かす存在となりかねない。
カイトはこの当時五歳、公爵家出の第一夫人に甘やかされて育ち、後に露呈する人格的な問題の片鱗をのぞかせ始めている時期だった。
カイトの将来がわかっていたわけではないが、カイトに対して覚えた先行きの不安を、新しい男子への不安へとすり替えたジュノーは、出入りの紋章学者に金を積み、紋章持ちの男子が生まれた場合には、その紋章を潰すよう依頼した。
そうして生まれたのがリィフだった。
『神槍紋』という正体は不明だったが、『戦士紋』はおろか『恩寵紋』をも上回る高位紋を持つ弟。
幸いなことに、リィフを生んだ母ルーナは、出産時の消耗が激しく、そのまま数週間の間目覚めなかった。
ジュノーが抱き込んだ紋章学者が所属している研究機関『紋章の塔』では、無紋の人間に人工の紋章を植え付ける『人造紋』の研究が行われており、その試作品の中には生来の紋章の機能を逆転させる『逆流紋』なるものがあった。
その資料を持ち出した紋章学者はリィフの紋章の上に『逆流紋』を植え付け、偽装を施すことでリィフの紋章の封殺に成功した。
リィフの紋章の基本的な作用は、身体能力や魔力の爆発的な向上。
その機能を逆流させられたリィフは、その生命活動を阻害されることになった。
なにもなければ、虚弱児として死んでいたところだが、そこに、ひとりのエルフが現れた。
童女のような姿をしたそのエルフはルーナの友人を名乗ると、ソーマと呼ばれる不思議な薬をリィフに与えた。
『逆流紋』の存在が発覚することこそなかったが、リィフは生命活動を回復、大分「どんくさく」はあるものの、普通の人間として生きていける程度の体力を取り戻した。
同時期に回復した母ルーナのもとで、リィフは十歳まで成長したが、そこでルーナは事故に遭い、命を落とした。
その時を待っていたジュノーはリィフを出家させ、マイス僧院に送り込むことでマールゥト家より放逐した。
それから四年。
硬骨の尼僧タリアに身柄を預かられ、何故か尼僧院で修行をさせられるという、わけのわからぬアクシデントはあったものの最終的にはタリアも没し、リィフはマイス僧院のつまらぬ小坊主のひとりに収まった。
少なくとも、マイス僧院の長ノインの言葉によれば。
実際にリィフと接していた副院長のシン、そしてベリスの認識はまた違うものだった。
他とは違う、得体の知れない存在として必要以上にしごきあげられたり、「おいしそう」と目をつけられていたりと、ある種別格扱いをされていたのだが、ノインの目には、そういったことは見えていなかった。
その結果、ノインの言葉を聞くだけで、リィフと顔を合わせることのなかったジュノーにも油断が生じた。
そのために、リィフを還俗させ、リトルバード地方の領主にしようなどと考えてしまった。
リトルバード地方は、マールゥト侯爵領の西方に広がる中央大平原にある盆地だ。
原因は不明だが、中央大平原の魔物はどれも他の地域の数倍から数十倍もの大きさを持つ。
子鬼と呼ばれるゴブリンですら二メートル越えの個体が大半、元から大きなオーガなどは体高十メートルを超す。
竜種に至っては百メートル越えの個体が飛び回る始末。
中央大平原深部にいるぶんには良いが、人界に出てくるようなことがあれば、大災害となる。
その動向を監視する為、グラード王国の先王ハーダインが開発を進めようとしたのがリトルバード地方である。
当初は国軍が駐留して中央大平原の魔物の動向を監視、人界に接近しようとする個体があれば迎撃する役目を担っていた。
だが実際には、リトルバード地方を超えて人界に向かおうとする魔物はそう多くなく、ハーダイン王の死を機会に国軍は撤退、中央大平原の監視任務は近隣で随一の貴族であるマールゥト侯爵ジュノーに引き継がれた。
リトルバード地方に兵士を常駐させるのは不合理だと判断したジュノーは、リトルバード地方を見張り小屋のように運用することを判断し、家督を継げない貴族の次男三男に支度金を与えて領主にし、リトルバード地方へと送り込んだ。
その役目は一日に一度『異常なし』と告げるための狼煙をあげること。
狼煙はマールゥト侯爵家の分家であるカリパック男爵家が監視し、狼煙が止まった場合には『なにかあった』ということで、適宜人員を送り込むという寸法だ。
死ぬことで危険を告げる監視役。
死ぬことで有毒ガスの存在を知らせる鉱山の小鳥のようなものである。
最初の領主は学者気取りの変人であり、自ら志願してリトルバード領主の座に着いた。
中央大平原の大魔獣の調査をしたかったらしい。
ある意味適役であったが、自分から大魔獣に近づきすぎたのか、一年を待たず消息を絶った。
ジュノーはすぐに新しい領主を手配して送り込んだが、今度はリトルバード地方の環境に耐えかねて逃亡した。
王都に逃げ込んでいるという密告で、大魔獣に喰われたのではないと発覚し、捕らえて処刑した。
その次の領主は、領主邸ごと大魔獣に押しつぶされて死亡。
そのあとも死ぬか逃げるかの繰り返し。
もともとが使い捨ての領主である。
死ぬのも逃げるのも織り込み済みではあるが、大魔獣たちの活動が激しくなってきているのか、この一年で四人もの領主が死亡、もしくは消息を絶った。
ここまで来ると、補充が間に合わない。
適当な貴族の次男三男をあてがうにも、最低限の身辺調査は必要になる。
そうして浮上したのが、リィフの名前だった。
僧院長ノインの話によれば、気弱で従順な性格に成長したらしい。
リトルバードの領主になれと言えば、逆らうことはないだろう。
大魔獣の餌食になってくれれば、将来の禍根もなくなる。
そんな見込みから、ジュノーはリィフに還俗を命じたのだった。
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次回は朝更新の予定です。短めとなります。
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