姪が生まれました。
( ゜ー゜)テケテケ(はじめまして、注意事項でございます)
・基本三人称主人公視点。
・サブタイトルが人名の場合は、その章の「視点を持っているキャラ名」を示しています。
「よくがんばったね」
逆子の状態から、なんとかこの世に生まれ落ちた赤ん坊をそっと抱き、僧侶リィフは微笑んだ。
生まれたばかりの赤ん坊は女の子で、まだ髪の毛もない。
まぶたも閉じたままだが、どこか賢そうに思えたのは産婆代わりを務めた叔父としての欲目だろうか。
叔父といってもリィフは十四歳。
赤みがかった髪に琥珀色の瞳、優しげで、線の細い印象の少年だ。
有髪だが、大陸で広く信仰されているコトノハ教の僧服を身に付けている。
男性用の僧服でなく、尼僧の格好をしていたほうが似合いそうな、整った容貌の少年だった。
グラード王国の名家マールゥト侯爵家の六男であるリィフは、十歳で寺院に送られ、僧侶として修行をしてきた。
それが急に、侯爵邸へと呼び戻された。
何事だろうと思いつつ生家に足を運び、長兄にして侯爵家当主ジュノーとの面会を待っていたら、侯爵夫人のシータが突然産気づいた。
想定より早い陣痛だったようで、医師も助産師も到着が遅れていた。
「愚僧でよろしければ」
助産師として呼び出されたわけではないが、修行の一つとして出産の手伝いをやっていたリィフがそう申し出て、現在へと至る。
「どうぞ」
産湯で清めた赤子の体を布でくるみ、マールゥト侯爵夫人シータへ差し出す。
長時間の出産で苦しい思いをした反動だろうか、シータは血走った目をリィフと赤子に向けた。
「紋章は?」
赤子を抱き取る前に、そう問いかけてきた。
紋章。
特別な運命を持った人間の腕に浮き出るという不思議な模様のことである。
マールゥト侯爵家では当主のジュノーが右腕に富と栄光をもたらす『恩寵紋』、その息子のカイトが武芸の能力を高める『戦士紋』を持っている。
良い紋章を持った人間が生まれれば、その家は三代栄える。
良い紋章を持った子を産むことができれば、その母親は一生安泰。
良い紋章があれば母も子も幸福になれる。
気になるのは当然のことではあるのだが、それでも赤子を抱きもせずに紋章の話というのは、少し下世話に感じられた。
「紋章のことは、愚僧にはわかりかねます」
右手の甲に黒い模様のようなものがあるが、専門知識のない人間が余計なことを言っても仕方がないだろう。
シータ夫人は不愉快そうな表情で「もういいわ」と告げた。
「その子を置いて出て行きなさい」
「はい、どうかお大事に」
気持ちのよい態度とはいえないが、出産直後の女性に腹を立てても仕方がない。
リィフは合掌し、一礼して部屋を出る。
ちょうどそこにマールゥト侯爵ジュノーが歩いてきた。
執事や従僕、そして紋章学者らしき男を引き連れている。
リィフの姿は視界に入っているはずだが、今はリィフどころではないらしい。
道を譲ったリィフに目もくれず、シータ夫人の部屋へ入っていった。
リィフは小さくため息をつく。
――ー帰っちゃダメかな。
出産のゴタゴタでまともに相手にされないのは、ある程度仕方ない。
僧籍に入った六男への応対など、新しい命の誕生に比べれば些事でいい。
ただ単純な問題として、リィフは兄、マールゥト侯爵ジュノーが苦手だった。
会うたび胃と寿命が縮んだり、毛が抜ける気がする。
できる限り関わりたくない相手だ。
とはいえ勝手に帰ったりすれば、あとでどうなるかわからない。
リィフが籍を置くマイス僧院は、マールゥト侯爵家が戦没者供養の名目で建立した僧院で、マールゥト侯爵家の下部組織のようなものである。
リィフもマールゥト侯爵家の出だが、実家を出された六男坊となると特別扱いされるようなことはない。
このまま帰ってしまったら「ご当主様になんたる無礼」と殴られたり鞭打たれたりすることは目に見えていた。
最初に案内された応接室に戻り、椅子に腰掛ける。
目を閉じて、瞑想をして待機してみたが、一時間、二時間待っても誰も来ない。
――もしかして、忘れられてる?
出産の祝賀ムードで存在を忘れ去られているのだろうか。
椅子を降り、部屋を出ようとすると、赤子の泣き声が聞こえた。
先ほどリィフが取り上げた赤子の声だが、どういうわけか、裏手の庭のほうから聞こえる。
――裏庭?
何故そんなところに生まれたばかりの赤子を連れ出したのだろう。
窓を開け、見下ろしてみると、ぞっとするような光景が目に入った。
「……な、なにをしているんですか!」
反射的に声を上げたが、手遅れだった。
裏庭の古井戸の前に立ち、泣いている赤子の体を高々と持ち上げていたマールゥト侯爵ジュノーは、そのまま暗い井戸の中へ赤子を投げ捨てた。
ぱん。
涸れ井戸の底から、なにかが破裂するような音がして、静かになった。
( ゜ー゜)テケテケ(お読み頂き有り難うございました)
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それでは。