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アルファベット短編集

眠りに落ち、夢に落ち、恋に落つ。Y氏の体験談

作者: 猿戸柳

「もうお別れの時みたいね、Yさんさようなら。大丈夫、またいつか会えるわよ」

「ま、待ってくれ!もう少し、もう少しで良いから一緒に居てくれ!そんな…いくらなんでも急すぎる!」

 別れ話でしょうか。しかしまた会えるなんて言っちゃあ駄目ですよね、余裕のある良い女アピールでしょうか。でも男なんて馬鹿だから期待しちゃいますよ。「あれ、じゃあ今駄目でも次に会った時復縁のチャンスある?連絡とか来る?俺もまだ捨てたもんじゃないな」って。馬鹿だから。女性としては傷つけない様に気を使ってくれてるのかもしれませんが、そんなの分かりませんて。仮に連絡が来ても、良く言ってキープみたいなもんですよ。こいつ私の事まだ好きなのかなって確認したいだけです。男も男でもう少しって何ですか。もう少し一緒に居れば気が変わるかもよって言いたいんですかね。それは無理な話です。それに急じゃないと思いますよ、多分。お前のここがウザいポイントがコツコツ貯まった結果です。お茶出してあげたのにお礼も言わないとか、食い方汚いとか、便器におしっこの飛沫が飛んでるとか、うがいの音が何か気にいらないとか。そういう類いのポイントです。ポイントが現金と交換出来ると良いんですけどね。

 あと絶対女性の方は友人に相談、もとい悪口を結構言ってますよ。話を何倍にも誇張して、悲惨なあだ名とか付けてるに違いありません。こういうときの女の人同士の共感能力の高さから来る団結力って凄いですよ、もう人権無視のノンストップ悪口合戦。()めたいけど()められない、しょっぱいものの後の甘いものです。食べ物だとカロリー気になるとか、無理なときは無理ですけど、一応これはまずいなっていう罪悪感みたいなのはあると思うんです、一応ね。自分の体重に(ちょく)で関わってきますから。はいそこのあなた、あえてアナログ体重計を買って、針を調節して0キログラムよりマイナスにしてから計らない。ご飯食べた直後だからとかいう言い訳は無し、ダメゼッタイ。まあこれも自責の念があるからこその不正ですよ。でも嫌いな奴の悪口は別です。言っても体重は増えません。というかしゃべる事によってカロリー消費するくらいの勢いがありますよね。ストレス解消にもなるし、そっちが本来の目的か。はいそこのあなた、つまみ食いしながらは増えますよ。電話越しにバリバリポテチを食べない。うす塩味だから大丈夫とか無いですから、揚げたジャガイモですよそれ。

 そういえばチョウチンアンコウって皆さんご存知だと思うんですけど、オスは交尾の後メスの体と一体化しちゃうんですって、精巣だけ残して。最初は寄生虫と間違えられてたみたいですよ。まあ今の話とは全然関係ないんですけど。あ、まだ続きそうですね。

「急じゃないのよ。Yさんは現在レム睡眠状態。そう、今が快適に目覚めるチャンスなの」

「不快だって構わない!それでも俺は……俺はお前と一緒に居たいんだ!」

「……それは駄目なの。だってノンレム睡眠だとこうやって具体性のある夢は見られないのよ、きっと私の事忘れちゃうわ」

「そんな……そんな事無いよ。俺がお前を忘れるわけないじゃないか!」

なんか気持ち悪いな。これは普通の別れ話じゃないですね。私達は何を見せられているのでしょう。私達って言ってさり気なくあなたを巻き込みました、ごめんなさい。ここまで来たんだから旅は道連れです。

 二人だけで勝手に盛り上がってるのって、周りからすると結構いい迷惑ですよね。こういうの駅のホームとかでやられると、色んな意味でちゃんと白線の内側まで下がって欲しいなって思うんですよ……本当の事言うと割と面白いんですけど。他人(ひと)の悪口聞いてる時と似てますよね。自分が直接関わってたりすると、少し言葉選ばないとな、とか気を使うと思うんですけど。違うとなったらこっちのものです。向こうは誰かの文句言ってるから、それに便乗して自分のストレスを言葉に乗せつつ相手に同調するだけで良い、責任ゼロで言いたい放題だから楽しい。共感ポイントが同じならなおさら良いですね、悪い話が広がります。こうなるとスタミナゲージがゼロになるまで続いてしまうのではないでしょうか。こういう話の方が仲良くなりやすいというデータもあるらしいです、面白い。やっぱりポジティブな話って嫉妬(しっと)(ねた)みを買いやすいですよ。コイツ私より輝いてやがると。例えば常に一等星みたいにキラッキラの人ならもう諦めます。いや本来の輝きは一緒じゃん、そっちの方がたまたま晴れてて星が良く見えるだけじゃんって時が一番(しゃく)(さわ)るんですかね、知らないけど。知らない方が身のためという気がしてきました。

 話を戻しますね。恐らくYさんは寝てる。そしてこの女性はYさんの夢の中に存在してるんですかね。そうだ、レム睡眠は急速眼球運動睡眠とも呼ばれているみたいです。つまりYさんは今まぶたの裏で眼球をグリングリン動かしながらこの夢を見ている事になります、ハイここテストに出ますよ。

 もしかしてYさんはこの女性を好きなふりして、ただ惰眠(だみん)(むさぼ)りたいだけなんじゃないですかね。だとしたら彼は相当な()()()ですよ。それを女性も少し疑い始めているみたいです。

「それ信じて良いの?じゃあ聞くけど私の名前は?Yさんいつもお前ってしか私の事呼んでくれないわ」

でた。これはポイントが加算されていた証拠です。私はあなたの部下じゃないわよポイントです、好きならちゃんと名前で呼びなさいと。しかも女性の方はちゃんとYさんて呼んでます。かまかけてたんでしょう、それでやっぱりコイツ私の名前覚えてないなって確証を得たんですね。女性に隠し事は出来ません。これはじりじり攻撃が始まる予感がします。

「そ、それは……」

「ほら、やっぱり言えないじゃない!そうよ、どうせYさんは私の事なんて……」

「ごめん、知らないんだ。でも忘れた訳じゃない、最初から知らないんだ。なぜなら君は俺が通学に使っていたバスで偶然いつも一緒だった女性なんだ。ずっと気になっていて……」

これ場合によっては事案でしょう。夢だからある程度は見逃しますけど。でもちょっと気味が悪いというか、このYさんて結構粘着質な気がして来ました。今も彼女を引き止めるのに必死ですし。

明晰夢(めいせきむ)って知っているかい?自分で自由に夢をコントロールできるんだ。そして俺は今明晰夢を見ている」

「だ、だから何よ」

「俺は俺自身の意思で君の夢を見たいと思ってるんだ!」

うわっ悪手。オレオレうるさいし、詐欺ですかね。これは大目に見てもツーアウトだと思います。夢だと思って好き勝手やってるのかも知れませんが、その内痛い目をみますよ。それに生理的に無理ポイントが加算されたのでは。女性の顔も引きつってますよ、可哀想(かわいそう)

「それでも無理なの」

負けない。きっと何か秘密兵器があるに違いない、聞いてみましょう。

「はっきり言わせてもらうけどあなた、トイレに行かないとそろそろマズいのよ、自分でも気づいてるんでしょ。あなたの……あなたの膀胱(ぼうこう)はもうパンパンなの!!Yさんの尿道括約筋(かつやくきん)ももう限界のはずよ!」

「うっ、そ、それは…!」

言葉に悩みます、最初は別れ話でしたよね。確かにYさんを起こすには理にかなった反論かもしれませんが。もう私の頭の中の約九割が尿道括約筋ですよ、どうしてくれるんですか、誰か責任とってください。尿道括約筋は悪くないです、(むし)ろよく頑張っていると思います。急速眼球運動睡眠で眼球グリングリンの尿道括約筋が大活躍ですよ。人体の神秘です。

 でも恋をする眠るって、よく恋に落ちる眠りに落ちるって例えられます。落ちる。恋したり眠っている時はふわふわしてて落ちる意味をよく考えないと思うんです。でも振られたり、尿道括約筋が限界とかでふと現実が目に入ってようやく自分が落ちていた事に気づく。失恋から立ち直らないと、起きて早くトイレに行かないといけない。這い上がって来るのって大変ですよ。眠りの(ほう)の例えが下品?それは大目に見て下さい。さっきも言いましたが尿道括約筋が九割頭の中にあるんです。残りの一割で頑張って考えてるんですよ。文句があるのならあの二人に言って下さい。もう白線の内側どころか無賃乗車ですよ、あれは。でも()()で見届けてあげましょう。どうせオチなんてしょうもないですよ、絶対。

「もう一つあるわ」

「な、何だよ」

「Yさん……あなたもう五十代後半よね。それで失禁したらどうなるかしら。奥さんもいるのに。お布団に日本地図、世界地図、いやレオナルド・ダ・ヴィンチの名作『ウィトルウィウス的人体図』でも描くつもり?」

「無理だ、俺にはそんな作品描ける訳が無い!クソッ、やはりこれ以上君と居られないと言うのか!」

情報が交通渋滞を起こしていますね。きっとそろそろ夢から覚めるから不安定になっているのでしょう。それより気になったのがYさん五十代後半ですって、今まで気づきませんでしたよ。なぜかというと彼の明晰夢のせいです。あの人、一丁前に若手人気俳優風の面構えしてるんですよ。年齢は二十代そこそこに見えます。きっと家でテレビ見てる時には「最近の俳優はどれも似た様な顔して、個性とか凄みが無いよな」とか言っておきながら、実は心の中では(うらや)ましくて、夢の中で再現してるんですよ。そうに違いない。これは隠し事どころかもう詐欺の域じゃないですかね。しかし五十代後半の人が通学してた時って、それもう四十年近く昔じゃないですか。これは厳しい。その時に見た女性を未だに夢で見てるんですよ。好意的に捉えれば一途なのかもしれないけど、この人奥さん居ますからね。いや無いです、好意的に見る必要は無いです。だって中年のおじさんが、そうだ、あなたのお父さんで想像してみて下さい。お父さんが目ん玉グリングリンの膀胱パンパンで、四十年も昔にバスでたまたま一緒だった女性の夢を見ていると。これどうですか。うん、はい、聞こえています。あり得ない、体重計詐欺なんか可愛いもんだ、これなら真夜中にカップ焼きそば食べても無罪、この時間を返せ…はい、最後のは少し傷つきましたが分かりました。これはスリーアウトですね、じゃあちょっとYさんの所へ行きたいと思います。

「Yさんですね、(わたくし)夢警察(ゆめけいさつ)の者です。女性にはこちらの権限で消えて頂きますね。安心して下さい、夢なんで」

そう言うとスッと(くだん)の女の人が消えていった。

「あっ、え?君は誰なんだ!」

「夢警察の者です。Yさんの尿道括約筋もそろそろ限界なので手短に話させて頂きますね。さっきまでYさんがご覧になっていた夢が倫理的に少し問題があるという判断が下されたので、こちらで消去させて頂きます。なのでYさんが起きた時点で夢の記憶はございません。よくあるでしょ?なんか夢を見ていたけど思い出せない事。あれは私達が記憶を削除しているからです」

「そんな勝手な!」

「みなさんそうおっしゃいます、でも起きたら覚えてないんで。じゃあそろそろ起床して下さい。早くトイレ行かないと悲惨な事になりますよ。それでは」

Yさんはヒューッと上って行き、終いには見えなくなった。

「Yさんトイレに間に合うと良いんですけど。え?私が何者かって?夢警察です。まあ夢に寄生するチョウチンアンコウのオスみたいなもんですよ」

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