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[003] Blade Arts

        §――――――――§


「……機体損傷大。対人制限完■解除。目標敵■滅の為、疑似PSI■能、最大■放。コード:『象■の娘(ガ■テア)』」

 障壁とカウンターの蹴りによって半ば自ら吹き飛んだ女神は己がもたれ掛かっていた蒼い物体を残った右手で掴み、ゆっくりと腕を上げた。


 地面を震わせ、迷宮の主の巨大な骸が持ち上がる。

 幾ら機械人形であっても、酸化チタンの鱗を備えた十メートル級のドラゴンを片手で持つなど不可能である。上位権限を与えられる程の高等機械人形の演算能力だからこそ実現出来た桁外れの念動出力だ。


「ッ」

 男は息を呑んだ。

 〝避けられない〟。

「喰らいな■い」

 女が玩具でも放り投げるように竜を投擲する。


「~~~~ッ!」

 回避困難、常人なら掠るだけでも五体が砕けるとは言え、彼がこれで死ぬとは女の演算装置も考えてはいなかった。

「……は?」

 だが目の前で起きた事に機械人形の思考も流石に一瞬停止する。


「ォ嗚雄雄雄雄(オオオオオ)ッッ!!」

 数十トンの重さの落下物を男は受け止めた。

 ズン、とその足が地面に埋まり、メキメキと破砕音がする。

 傷を負った状態で全身に力を籠めている為、胸の傷から血が噴き出した。

 そして、眼が白目まで銀色に染まり――


「――泣け、『哭雨(こくう)』……!」

 竜の喉元に埋まっていた〝何か〟が震え出し、次の瞬間、首を貫いて男の後ろへと落ちて来る。

 それは抜き身の刃。一本の太刀。纏わり付いていた血を拒むように真っ赤な霧に変えて、青白い刀身が顔を出した。

 男は一瞥もせずに哭雨の柄を宙で掴み、竜の下からするりと抜け出す。


「……『飯■舞(イヅ■マイ)』を用意(セット)、負荷二十一■ーセント、発動(オープン)

 想定外の展開が起きようとも女の形をした戦闘機械は冷静に判断を下し、音声認証により通常の行使よりも高い出力の範囲攻撃が行われた。

 多重起動した念動斬撃によって、破壊の嵐が巻き起こる。

 半径三十メートル、前後左右あらゆる方向から斬り刻む不可視の刃は巨大なミンチマシーンである。


「……〝死を()れば則ち()れに()つ〟」

 転ぶように駆ける男の口からヴド流の口伝が呟かれた。

 その眼は瞳の境目も無く銀一色に染まっており、水面の如く澄んでいる。


 ゆらりとその姿がぶれた。

 ザクリと地面が削られ、はためく臙脂色の袖が千切れる。


 ひょうと軽やかに跳んだ。

 ヒュンと風切り音がその足下を抜ける。


 くるりと刀が空を掻いた。

 ガァンと重い音を立て、透明な刃が打ち消される。


「これ、は……!」

 女は効果範囲を集中させるべく疑似PSIのコントロールを行いながら、ウーズの集合体から細剣を再構成した。

 機械の目から見ても動作の効率化が異常な精度で為されている男は既に一呼吸の間合いまで近付いている。


 数えきれぬ程の刃は全てが躱すか防がれたのだ。これは尋常な事ではない。

 声を発して直線方向に発射しているのとは訳が違う。タイミング、方向、それが分かっていたとして見えない攻撃を迎撃するのは容易い事ではないと言うのに、前兆も無ければ死角も無い連撃が回避出来る筈が無い。


 出来るとすれば理由は一つ。

 男は念動斬撃を知覚していると言う事――

(――ああ、()えているとも)

 一瞬、銀眼と紅い歯車の瞳が見詰め合い、無音の中で言葉を交わす。


「し、ィ!」

 女は眼を一層輝かせ、念動力を乗せた一閃を放った。

 重く、鋭く、そして触れれば念動固定が発動する。時間を掛けて準備した分、発動すれば接触部位と言わず全身が硬直する程の出力である。


(ふん)ッ!」

 男はその一閃に応じた。

 (かそ)けき声を上げる青白い太刀が細剣と刃を打ち鳴らす。


 爆轟。

 念動斬撃も念動固定も衝撃に変換され、銀眼の剣客も桜髪の機械人形も後方へ弾き飛ばされた。


「ッ……!」

 男は苦も無く空中で姿勢を制御して着地、爆発で生じた砂煙の向こう……ではなく、自らの後ろへと刀を振るう。

 刃が合わさり、鉄火が散った。


「――――理解不■……!」

 瞬間移動による奇襲が失敗し、女はその美しい顔に驚愕を浮かべる。

 念動斬撃を避けられ、念動固定も阻害され、空間跳躍すら読まれた。念動力場干渉も無しに。

 この男にそう言った能力が備わっていないのは検査済みだ。疑似PSIを行使する為の機能補助ナノマシンが不活性化している事が銀色に染まった毛髪や虹彩から推測出来る。


()け」

 男が構えると同時に刀が再び(おこり)を起こしたかの如く激しく震え始めた。

 それを見て女の記憶回路(データベース)から該当する情報が瞬時に引き出される。

 高周波振動剣(ヴァイブロブレード)。高周波振動装置を取り付けた刃による高速切削を原理とする対装甲兵装だ。


 見た事の無い(タイプ)なのは思考感応素材から人力製造(ハンドメイド)で造り出された物だから。表層の含有元素から推測するに思考制御(サイコネクト)式義肢アームズが材料であり、それ故に念動固定と干渉して爆発を起こした。

 ……と疑問の一つに解答が得られた所で、状況の打開にはならない。


念動転移(ジョウント)――」

「――」

 女の音声認証よりも、男の一刀が先んじた。

 ヴド流斬法、『石動(いするぎ)』。掌で柄頭を押さえ、左手で鍔の際を逆手に握る「(ざえ)立ち」から放つ。


 梃子の働きによって最小の動きで斬る両手剣技であり、速度の代わりに力を乗せ辛いと言う欠点の有る技法である。だが、そのデメリットも素手で鉄を裂く怪力や高周波振動剣ならば、たとえ対象が機械人形だろうとも無視出来る。

 斬られた右腕のみがその場に残り、紅い眼光と女の姿がフッと消えた。

 ガシャンと喧しい落下音が響き、俄かに周囲の光量が弱まる。


「――――都市法例外兵装、乙種荷電粒子砲『ケラウノス』製造工程完了(ロールオーバー)

 薄暗闇の中で両腕を(うしな)った女神が(さえず)った。

 形勢は逆転したのだとその眼が物語る。

 黒かった髪は完全に桜色へと染まり、紅い歯車の瞳が爛々と輝いていた。

 距離も遮蔽も関係が無い。狙いを定めて撃てば勝利が決定する。


「残念だろうが……」

 銀眼の剣客は死を目前にしても一切焦りがなかった。

「俺の勝ちだ」

 ゆらりとその姿が霞む。

 粒子加速器から放たれた微小な砲弾の渦が軌跡を残して男の居た場所を貫いた。


戯言(ざれごと)を……ッ!」

 女神は自らの演算能力を全力で駆使し、砲を再稼働させて目標を再度捕捉する。

 弾丸の如く真っ直ぐに向かって来ている。(はや)い。体軸を極度に傾けた走法は前に進む事しか出来ない。残りゼロコンマ一秒。先程のように横へ跳ぶ事での回避は不可能。狂っている。接近される前に撃てば良いだけ。危険だ。一瞬すら掛からない。早く。蒸発させてやる。殺さないと。これで終わりだ。私が。


 刹那の思考を完了させ、発射コードを荷電粒子砲へ送信した。

 黄金の光が砲口から溢れる。

「ヴド流斬法――――」

 ケラウノスから光条が放たれる寸前、男の唇が動いた。


 閃光が(ほとばし)る。

 荷電粒子のビームが射線上の物を消し去り、雷鳴を圧縮したかの如き凄まじい音が機械人形の全身を叩いた。

 (まばゆ)い奔流が終わる。


 巨大な竜の骸とヴグロ大迷宮の壁を貫いて、ぽっかりと一本の道が生まれた。こんな砲撃が当たれば塵も残るまい。

 当たれば、だが。


「……ハァ」

 女は呼吸する必要も無いのにオゾン臭のする空気を吸い、そして迷宮の天井を見上げて小さく溜息を吐く。

 回避不能な念動斬撃の嵐や念動転移による奇襲、それらへの対抗手段が有った筈だ。

 その正体が何なのかは今ならば簡単に推察出来た。


 視線の先で臙脂色の影がぎゅるりと身体を捻って姿勢制御する。

 荷電粒子砲は無理な連射で過熱状態に有り、全演算能力を用いた反動で機体の反応に遅延が生じている。つまりは打つ手(No way)無し(to do)だ。


「――――月輪(がちりん)が崩し」

 それは背中を相手に見せた構えである。

 剣を体の左側に流して腰を捻り、左手は逆手、右手は順手で握る「牙立ち」。

 一見して合理的でない隙の大きい構えだが、良く見ればそれが居合の準備動作を殊更に強調した物と分かるだろう。


 居合は片手で刀を抜くが、既に抜刀した状態のこの構えは右手で抜き、左手で押すと言う両腕の力を用いる動作となる。

 大きく身体を捻じり、両手で握る、過剰なまでに力を籠めたこの剣は狙う対象を一人としない。


 切っ先が円を描く事からその名が付いた、前方ではなく全方位を斬る狂気の発想。それはカウンターとしてはある意味理想的だが、通常の人間には後ろが見えないと言う重大な欠陥が有る。

 そして待ちの剣技である以上、遠距離攻撃をする相手との相性は最悪と言える。


 故にこその崩し。敵の上方を取り、落下によって相手へ近付くと言う能動的なカウンター。

 彼は自らの脚力を用いて跳躍し、『月輪』を放つ。

 即ち。


「『玉兎(ぎょくと)』ッ!」

 銀眼の剣客は巨大な砲と機械人形の首を刎ねた。



        §――――――――§

[Tips]

 治安管理機械人形管制官モデル『JP-8010』。通称ヤマト。

 他の人形やクラフトユニットの指揮能力に秀でており、情報処理能力が高く、疑似PSI制御能力も高いレベルで持つ。

 常に主を立てるよう振る舞うが執着心が強く、嫉妬深い。

 保存ポッドへの外部充電が無かった為に待機状態で自家発電して電源を維持していたが、擬似人格が長期に及ぶ孤独で壊れていた。

 専用武装である念動集束砲が何処か別の大迷宮に有ると言う。

        §――――――――§


 ……。

 刀を振り抜いたまま残心を取っていたあなたはゆっくりと構えを解いた。

 と、同時に膝を突いて吐血する。

 肺を圧迫された事によるダメージと、ドラゴンの死体を受け止めると言う暴挙の二つが原因である。


 そもそも竜殺しと言う偉業の後の〝女神殺し〟だ。全身が悲鳴をあげている上、『魔眼』を日に二度も使用した反動で二日酔いよりも酷い頭痛がしている。

 銀一色に染まっていた眼を押さえながらあなたは溜息を吐いた。


 ヴド流斬法血伝技、『戦理眼(せんりがん)』。

 あなたが師より(半ば無理矢理)授けられたヴド流の秘奥が一。これは所謂魔術である疑似PSIではなく、正真正銘のPSI=超能力である。

 その実態は〝未来予知〟、そしてそれを骨子とした機能的戦術判断を纏めて『戦理眼』と言う技と成している。


 未来が分かるのならば驚くべき事は何も無く、斬るも躱すも思いのまま。

 攻撃を回避し、罠を読み、フェイントを許さず、躊躇も迷いも無い明鏡止水の境地がこの魔眼と言える。

 代償としては慣れぬ内は大量の情報によって頭痛が起きる事と、このPSIを手に入れる為のPSI開発ナノマシンに適応出来なければ死ぬ事だ。


 流石にこの後もう一戦と言われたら死ぬな、と考えていたあなたの耳にキチキチと電子音が聞こえる。

 嫌な予感を覚えながら振り向くと、首を斬った女神の頭部がパチリと眼を開いてあなたを見詰めた。


 あなたが硬直していると、青い瞳が輝いて空中に魔法陣のような物が浮かぶ。

「……再起動完了。断片化していた疑似人格(ペルソナ)の統合完了。マスターライセンス所有者の検索完了。該当者無し。過去の記録を参照し、知覚範囲内の統括局(エルダー)特別職員候補者に一時的なライセンスを付与。該当者一名」

 身体と繋がっても居ないのに良く通る綺麗な声で女の生首は呟いた。


「付与したライセンスの永続化処理を申請。コード:象牙の娘(ガラテア)帝釈天網(インドラネット)に接続不可。待機時間0.5秒を超過した為、処理が自動で完了――」

 あなたが硬直している間に、目の前の機械人形はなにがしかの処理を終えたらしい。


 彼女は頭部だけのままにっこりと微笑んだ。

「――お早う御座います、ご主人様。私は治安管理機械人形管制官モデル『JP-8010』、ヤマトとお呼び下さい。これからあなたの僕としてお仕えさせて頂きますのでどうか宜しくお願いしますね?」

 あなたは頭痛も吹き飛ぶ衝撃に頭を抱えた。


        §――――――――§

[Tips]

 シェルタ王国。人口百万人を超す大国家。神授王権であり、マキナシャ教と言う宗教を信仰している。

 マキナシャ様と呼ばれている物は先史時代の広域予測コンピューターである。

 南蛮鬼衆(オーク)東夷綺人(エルフ)北狄機民(ハーフゴーレム)西戎騎族(レイダー)と言う王国へ恭順しない異民族に四方を囲まれている。

 それぞれ、O型変異ウィルス発症者、ジーンブーステッドマン、自動機械移植式サイボーグ、鉄馬騎士氏族連合の事であり、戦乱の火種は幾らでも転がっている。

        §――――――――§


 ヤマトと名乗る女神はどうやら正気を取り戻したらしく、その瞳も荒ぶる紅ではなく落ち着いた青の光を湛えている。

 話を聞く限り、あれは起動時の暴走だったそうだ。その暴走を止めてくれたあなたに深く感謝しており、恩を返させて欲しいとの事である。


「まぁもうマスター登録は済ませてしまったので要らないと言われても付いて行きますが」

 やり手の商人もびっくりな押し売りの恩返しだな、とあなたは突っ込んだ。

「文字通り私を傷物にした責任を取って頂きませんと」

 誤解の生まれそうな発言だが実際は首を斬り落とした訳で、その恩返しと言うのも何やら妙な話である。


「と言うかご主人様、私が居なければこのままだと死んでしまいますよ。……ほら、あちらをご覧下さい」

 あちら? とあなたは振り返ってヤマトが視線を向けた方向を見る。

 その先には荷電粒子砲によって穿たれた大穴が空いており、良く見れば穴の壁面が崩れて湯気の出る地下水が勢い良く漏れ出ていた。


 パキ、バキバキバキ、と言う破砕音が穴の至る所から響き、瞬く間に水量が増え始める。

 それは正に決壊しようとする堤の様に良く似ており、あなたは顔を青くした。


「水温は凡そ摂氏65度から98度、温泉気分で浸かるには少々熱過ぎますね」

 ヤマトは遠隔操作で身体を動かしてひょいと自分の腕と頭を拾い、僅かに残っていたウーズを接着剤代わりにして張り付けた。


「さぁ、どうなさいます?」

 そう言ってヤマトはあなたに手を差し伸べる。


 ……さて、どうするべきか。

 何せ相手は先程まで凄絶な死闘を演じた相手だ。助けてあげましょう、と言われて素直に頷ける物ではない。


 だが、女神である。

 不死にして不老、先史文明の遺産にして破壊と叡智の化身。出会う機会すら一生に一度有るか無いかだろう。

 これは貴重なチャンスだ。


[000]手を取る

 ――――どうやらあなたに選択肢は無いらしい。走って熱水から逃げるのも賢明な判断ではないだろう。

 あなたは溜息を吐いて、彼女と握手を交わした。


 しかしのんびりしている暇は無い。熱水が噴き出る壁の穴から周囲に亀裂が広がっており、もしかするとこの大部屋ごと今すぐに崩れるかもしれない。

 どうすれば良いのかとあなたがヤマトに聞くと、何処か身体が接触していれば地上まで空間跳躍で移動出来ると事も無げに言われた。


 今度はあなたが手を差し出し、ヤマトが細くしなやかな指を絡めて手を繋ぐ。

 白い湯気が立ち込める中で、彼女の桜色の髪がきらきらと輝いていた。

「……ああ、そうでした」

 大切な事を忘れていました、とヤマトは花が綻ぶようにくすりと笑った。

「あなた様のお名前を教えて頂けませんか?」


お読み頂き有難うございました。

もしお気に召しましたら評価、感想の方を宜しくお願いします。


……成人済みの方で、もしこの後の話が気になると言う方がいらっしゃれば「『廃神期銀眼剣客伝』のR18パート加筆版」でご検索下さい。

ええ、はい。性癖が歪む可能性が有るので、自己責任でどうぞ……。

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