第5話 私と侍女見習い
また、遅くなってしまった、でも、次はもう少し早めれそう
さて、無事マリネの了承も取れた事だし、次はアリルの了承を得なければいけない。まぁ、アリルの境遇を考えれば、仕事にあり付けるのなら、断る理由もないし、最悪の場合、馬車の前に飛び出した事を引き合いに出せば、了承させることも可能だろう。
『あ、えっと、お、お嬢様。ありがとうございます。凄く美味しかったです!』
『そう、それは良かったわ。』
茶髪に黒目、あまり目立つ色合いではないが、パッチリと開いた目に、幼さを感じる赤ほっぺ。磨けばマリネにも見劣りしない容姿で、人懐っこそうなあどけない笑顔と共に、私の方に寄ってきた。
この子は、身寄りもないのだし、戻る場所もない。この子が消えても誰も気づかないのなら、私がもともと考えていた通り、彼女を殺しても、隠蔽なんて我が家にとってはお手の物だったろう。それをしたとき彼の場合と異なるのは、殺された人の周りの反応ではなく、殺した私の周りの反応だろう。
マリネの前でアリルが悲鳴をあげ、私を見たなら、2人はどんな顔をするのだろう?騎士にやらせず何故私で手を汚したのか。そんな疑問を抱くだろうか?
もし、マリネが妄信してくれているなら、騎士にすら、手を汚すに近いことをさせられなかったから、とでも、思うだろうか?
アリルは、どうかな?お母さんに合わせてあげるとでも言えば納得してくれるだろうか?私は国教の観点から宗教に入っているが、そこまで信じてはいない。死んだからって死人に会えるとは思えない。けれど、彼女がそれを信じられるなら、終わらせてあげることも一つの選択肢かもしれない。
まぁ、人間社会はそんな逃げを許してはくれないし、この世では意味のない事柄となる。それだけは、確かだ。だから、私はアリルに笑いかける。
『それで、貴女に提案なんだけど、私の専属の侍女にならないかしら?』
『え、え、わ、私がですか??』
『ええ。』
マリネに伝えた通り、マリネにはちゃんと結婚して貰いたいとずっと思っていた。なので、新たな侍女を雇って貰わないととは、思っていた。侍女の成り手としては、マリネのように、一家で代々使えてくれている家系である場合、それから、貴族の中でも貧しく存続に苦労している家の令嬢が、上の位の貴族の元で侍女として働かせてもらうことがあったりする。それ以外としては、平民から探して雇うことが多い。
その中で、私としては平民から選びたいと思っていたので、アリルの存在は結構ありがたかった。この選択なら選ぶ手間も省けるなー、なんて思ってる。
なので、慌てた様子の彼女に笑顔で返す。
『でも、私侍女なんてやったことないですよ。』
『そこは、ここにいるマリネが付いて一緒に教えてくれるから、心配いらないわ。』
『だとしたら、凄く有り難いですけど。私、馬車止めちゃったし、年齢だって。』
『あれは、仕方ないところもあったし、年齢に至っては、同い年よね。学園にも連れて行きやすいし、ちょうどいいわ。私として貴女に求めるのは、きちんと仕事をこなすやる気ってところかしら?』
『それなら、私はどうせ頼れるところもないし、なんとか働かないと生きていけません。雇って貰えるなら、そんな助かる事はないです。』
『じゃあ、決まりでいいわね。』
『は、はい。お願いします。』
希望に満ちた顔でハッキリと受け答えするアリル。しっかりと話せるし、言葉遣いもある程度は悪くない。きちんと教育していけば、きっと私の助けになってくれるだろう。
『ということで、よろしくね。マリネ。』
『かしこまりました。お嬢様。』
『あ、よろしくおねがいします。マリネ、様!』
『……』
言われ慣れないからだろうか。マリネが、目を少し大きくし、固まってしまった。マリネらしくない、反応を見て私は思わず小さく笑ってしまった。
『お嬢様。』
『あはは、ごめんなさいね。』
マリネにジト目で見られてしまったので、形だけの謝罪を送る。マリネは一息ついて、アリルに向き直った。
『私への敬称は、さんでおねがいします。』
『あ、はい。わかりました。マリネさん。』
『こちらこそ、よろしくおねがいします。』
2人の挨拶も済み、アリルを侍女に迎えることもできた。お父様には、前々からマリネの結婚についてはお話していて、お父様もマリネがきちんと結婚することには、賛成していたので、アリルについては、事後承諾になってしまうが、まぁ大丈夫だろう。
『あれ?そういえば、お嬢様のお名前ってなんていうんですか?』
そういえば、馬車ではアリルの話をしていたし、その後は、こっちのことで放置していて、マリネや他の使用人も私のことは、お嬢様としか呼ばないから伝え忘れていたのか?
『いろいろとあったから、仕方ないかもしれないけど、良かったのかしら?名前も知らない家で仕事をするなんて決めて?』
『そこは、お嬢様は馬車の時でも、その後でも優しく対応してくれましたし、私に選択肢なんてほとんどありませんてましたから。私としては本当に有り難い限りです。』
『まぁ、そうね。じゃあ、改めて、私はヒーラン・ヴィルランクよ。よろしくね。』
『え?』
私は今更だし気楽に自己紹介をしたつもりだったが、アリルは私の名前を聞いて首を傾げていた。
『どうかしたかしら?』
『えっと、そのお名前、最近どこかで聞いたような気がしたんですが、、、』
『名前を?』
んー?なんだろ。私、平民に知られるようなことしたかしら?
『あ、そうだ!王子様と婚約したこうしゃ、く、れい、じょー・・・』
思い出したようで、少し張った声は、内容を言うに連れて尻すぼみに小さくなり消えていった。
ああ、そうか。婚約パーティーの時に、平民にも一応発表は行なっているのか。それに、そうね。これは伝えとかないとね。
『アリルの言った通り、私は第一皇子様の婚約者よ。貴女には私が王宮に上がる時にも付いてきて貰うから、その覚悟はしといてね。』
『えー!?そんな、私なんかでいいんですか?マリネさんは??』
『マリネに王宮まで付いてきてもらうとマリネの婚期が過ぎちゃうのよ。その為の貴女だもの。私の王宮での地位が安定するまでは、私と共にいてね。ある程度固まる頃には、貴女の婚期も来るだろうし、そうなったら好きにしていいわよ。王宮なら、平民上がりの事務官も少しはいるし、良い人いるんじゃないかしら?』
『そ、そうかもしれませんが、私がその中で働いているイメージが湧きません。そんな、まさか、王宮なんて。』
うちだって、公爵家なんだから、王宮の次に大きいくらいのはずなんだけどな。まぁ、そうね。
『でも、行くあてもないんでしょ?なら、仕方ないじゃない。マリネは優秀だし、優しいわ。そこは、私が保証してあげる。私も困ったことがあったら、助けるわ。だから、ね。頑張りましょう。』
私の言葉を困り果てたように聞いていた、アリルだったが、少しずつ気持ちが決まったのか、目を輝かせながら、私に向き直っていた。
『わかりました。これも運命だと思って受け止めて、頑張ります。何もなかった私が、お嬢様みたいな人の元で仕事をさせて貰えるんですもん。精一杯頑張りますね。』
こうして、アリルが私の侍女に加わった。もともと優秀そうだし、仕事の心配はなさそうだ。
なので、彼女に求めることがあるとしたら、平民についてもっと知りたい、と言うことだ。マリネと違い、貴族と完全に離れた生活を送っている平民の生活を知るにはちょうど良い。色々と聞いて答えて貰おう。そして、もう一つは、未来への布石だ。私が悪役令嬢として現れる乙女ゲーム。そのヒロインは、平民から貴族の父親に引き取られる形で学園に入ってくるはず。そして、私は平民であり、途中まで片親で、父が来るまで孤児であった3点を馬鹿にした筈だ。
しかし、その私と彼女は今では違う。わたしには平民のアリルがいる。平民出身で孤児に近い従者を雇っているのに、その点を酷く言うはずはない。私が言わずとも婚約者である私が下手な噂の的にされる可能性もあるのだ。アリルは良い証拠になってくれるはずだ。
私は2人に笑いかけた。
『おねがいするわね。2人とも。』
『かしこまりました。お嬢様。』
『頑張りますね。お嬢様!』
そろそろヒーロー出さなきゃな気がしてきた