第4話 私と侍女と
ギリ間に合ったという気持ちでいようと思ってる
皇子様との事が上手くいっていない事に気づきもせず、私は同時並行で別の取り組みも始めていた。それは、王都見学。家に帰る時に少し遠回りをしてもらい、馬車からゆったりと王都を眺めさせて貰っていた。その時に気になった事や思った事を覚えておいて、お父様が休みの日に城下を連れ回してもらい、質問をするようにしていた。私が国民のためにやっていける事は何だろうかと考える種に使っていた。馬車での城下見学は私の我儘に近いから、止まって見せてもらうまでの我儘はしなかった。マリネや御者、騎士様に迷惑はかけられない。
自由に見て回るのは、領地に連れて行ってもらえるまで我慢しようと決めていた。
この少しの時間でも分かる事はある。露店から見える商品の値段や、平民の暮らし。生活水準はなんとなくわかるところがある。他にも、うちの領では見かけないものも多いので、どこの領のものか気になり、他領の名産を覚えるきっかけになる。社交界に出るようになった時に、役に立つだろう。
そんなことを思って始めた、王都観察を今日も変わらず実行していると、不意に馬車が止まった。
『あぶねーだろ!馬車の前に飛び出しやがって。重罪だぞ!』
『っ』
御者の方の声が聞こえてきた。今日は王都観察のためスピードが普通よりも遅かったとしても、馬に前からぶつかったら危険だ。御者の人が声を荒げるのも仕方ない。
合わせて、中にいた騎士の方も馬車を出て行った。
『子供か?親はどうした?』
『それが、何も言わずにへたり込んじまってて。』
子供か。遊んでて馬車に気付かず飛び出してしまったということだろうか?だとしたら、ずっとへたり込んでいるのも変だし、親が出てこないのもおかしい。
窓の外を観察してみると、気の毒そうに眺めている人たちの中に、路地に少し隠れながらも、柄の悪そうな2人の男がめんどくさそうにその光景を眺めていた。
この間、御者と騎士の方が色々と聞いているようだったが、返答はなさそうだ。親が出てこないなら、その子供を切り捨ててしまいそうな勢いだ。そろそろまずい。
『マリネ、私も行ってくるわ。』
『え?お嬢様?お嬢様!?』
マリネに捕まる前にサッと馬車を降りる。馬車の前を見ると、私と同じくらいの女の子が、俯いて、へたり込んでいた。
『お嬢様!すいません、すぐに片付けますので。馬車でお待ちください。』
取り繕っていっているようだけど、それはそういうことかしら?私が何も言わずに馬車に戻れば、彼女を斬り捨てるということだろうか?まぁ、貴族の馬車を平民が理由もなく止めることは、重罪に値する。貴族としても、馬車はそれぞれの家紋を乗せているので、平民に道を邪魔されただけで、平民に家柄で侮られたと感じるものもいるらしい。だから、私が今彼女の死を了承してしまえば、それは叶うのだろう。
ここの常識だと、私は簡単に人1人の命に触れる事が出来るのか。それを始めて理解した日だった。彼の記憶の所為で人の死について考えたが、やはり彼の世界と私の世界は違う。常識も違う。常識で考えれば彼女を殺しても良いのだろうけど、私はそんな事を望んでいない。そんな事に意味があるとは、思えないのだ。
『いいえ、私は平気よ。馬車も遅かったし、なんともないわ。』
『そうですか。』
なんとなく、騎士の言葉からも安堵の声が混ざっているように感じた。彼にとっても不本意な事だったのだろう。それを先ほどまで悟らせなかったのは、やっぱりプロということだろうな。
私は、感心しながら女の子に近づいた。
『大丈夫かしら?どこか怪我でもあるの?』
顔を上げた彼女は、泣きそうな顔で私の顔を見ながら、顔を横に振っていた。見た感じ、私と同じくらいに見える。遊んでいて周りが見えなくなったにしては、一緒に遊んでいた子供が近くにいるようには見えないし、だとしたら、このくらいの子供が何も考えずに、貴族の馬車の前に出ていけないとは、教えられていないとも思えない。
『ねぇ、彼処の路地にいる男たちって、貴女と関係あるの?』
あまり刺激しないように、視線だけで示したが、彼女には伝わったようだ。
『あ、あの、それは、あ』
明らかな動揺に、恐怖からの震え。何らかの問題がある事は、よくわかった。
私は、後ろで様子を伺っていたマリネに向き直る。
『この子連れて帰るわ。』
『『『えっ!?』』』
まさかの御者騎士マリネの全員から驚きが帰ってきた。
『近くに親も見当たらないし、このまま見逃してもこの子がどうなるかわからないわ。とりあえずでいいの、うちで保護しましょう。』
『お嬢様がそういうなら、構いませんが。』
『ということなので、付いてきてくれるかしら?』
女の子は、未だ戸惑った雰囲気だ。まぁ、馬車を止めてしまったのに、保護するとか言われても向こうからしたら、怪しいのは確かだろう。
私は彼女にそっと近づいた。
『彼らに捕まるのは嫌なんでしょう?このまま返しても、いずれ捕まるわよ。』
合点がいったようで、女の子は少し、緊張気味にありがとうございますと返してくれた。
そこから、一緒に馬車に乗り、女の子のことの成り行きを聞いた。
彼女はアリルというようで、母親1人で育てられていたらしい。彼女も子供ながらに仕事を手伝ったりしていたらしいが、女手一人では、賃金が足りず無理して働いていたらしい。結果、無理が祟って、数日前に亡くなってしまった。辛く塞ぎこんでいたところに、母親が生前の時は一度か二度くらいしか顔を合わせたことがなかった叔父さんがやってきたそうだ。今後の保護者としてやってきた彼は、いきなり俺が新しい親だといっても受け入れられないだろうから、自由に暮らしていけるようにと、仕事を持ってきてやったと、柄の悪い男を連れてきた。娼館で働くようにと言われ、売られた事に気付いたようで、連れて行かれる前に何とか逃げ出した。そして、馬車に飛び出してしまったということだった。
なんともムカつく話だが、私の機転は合っていたようで良かった。
そうなると、アリルは行くあても無いのか。
話を聞いて考えを巡らせている間に、家にたどり着いた。
アリルから少し戸惑いの雰囲気を感じる?私が目線を合わせて首を傾げると、おずおずと口にした。
『あの、彼らから離れたところで降ろされるのでは、ないのでしょうか?』
『でも、行くあても無いんでしょ?帰るわけにもいかないし。』
『そ、それはそうなんですが。』
立派な公爵家に圧倒されながら、戸惑いが拭えぬようだ。でも、もともと保護するといっているのだから、なんとかしようとは思う。
『マリネ、とりあえず、身なりを整えてあげてくれるかしら?私はお母様に相談してきます。』
『承知しました。では、こちらに』
『あ、ありがとうございます。』
アリルがマリネに連れられていくのを見送り、私はお母様に相談へ向かった。
『お嬢様、ご相談とはなんでしょうか?』
お母様に相談後、お父様にお話する前に、マリネに少し聞きたい事が出来ていたので、呼び出した。アリルは、お腹が空いていたようなので、キッチンで適当にご飯を作ってもらい食べているため今はいない。
『あの子を私の侍女にしようかなと思っているの。』
『え?わ、私は私はどうするのですか?』
マリネの切れ長な目だが、程よく開いた目がいつにも増して、大きくなった。そこまで驚かれるとも思わなかったので、その反応に私も驚く。
『あなたも少ししたら、結婚を考えないといけないでしょ?私が学園に入って卒業後、ギル様と結婚して、王宮にまで付いてきたら、婚期を逃しちゃうわ。そうならないように、今のうちから、マリネの代わりとして、アリルを育ててあげてほしいのよね。結婚が決まるまでは、アリルと二人で仕えてくれると助かるわ。』
『しかし、お嬢様。私は一生お嬢様にお仕えしていくつもりです。』
一生、一生か。マリネは私と違って綺麗系の顔立ち。ただ立っているだけで、絵になるとは思ってる。彼女が私に一生をくれるというのなら、私は彼女で彫刻を作って見たいなと思っていた。とある、授業で壊れたことで評価される作品もあると聞く。腕が折れた彫刻品は、実際の姿を想像し、楽しむことやない事で均一性が保たれるなど、色々な理由があるらしい。
マリネで、作るなら腕を切り落として、腹を刺すように細い剣を突き刺して、天を仰ぐようにすれば彼女の美しさを保つ事が出来るだろう。彼女の白い肌と紅い血によるコントラストも艶やかなものとなるだろう。しかし、それを永久的に保存する事も出来ないとなると、なんだかもったいなくも感じる。
その時、貴女は私をどんな目で見るのかしら?それでも慕った目を向けるのか。騙されたと悲観するのか?答えなんて見えないが、やればわかるのかな。
まぁ、彼女も私と一緒にいると言ったのは、そういう意味ではないのだろう。実現するつもりはない。想うだけ。
私は目尻を下げて笑いかける。
『そう言ってくれるのは、私も嬉しいわ。貴女は私にとってお姉様のような存在だもの。ずっと仕えてくれるなら、これほど安心出来る事は無いわ。』
『そうです。私にとっても、お嬢様はずっと妹のような大切な存在でした。そして、今後は王妃として、大変な地位に就いていくのです。それが分かっているのに、私だけ人並みの幸せを手に入れるなんて出来ません。いつまでも、お嬢様を支えさせていただきます。』
そこまで、有り難いことを言ってくれるとは思わなかった。だからこそ、私も答えよう。
『私も貴女が大事なの。姉のように慕っていた貴女だから、私の結婚についてきて、婚期を逃すなんてこと、して欲しくないわ。』
『お嬢様…。』
なんて、寂しそうな顔をするんだろう。こんな顔を見せたら、どんな男性でも放っては置かないはずだ。私の身勝手は通せない。永久に彼女を残すなら、それはそれらしいちゃんとした方法がある。
『それにね、貴女の選ぶ人ってものを見てみたいし、それに貴女の子供にも会いたいわ。いずれ私も母親になるんだもの。その時でも、私の指標でいてはくれないかしら?』
『指標だなんて、そんな。お嬢様は私よりも大変優秀ですよ。』
『そうかしら、ありがとう。でもね、私はなんでも出来る訳じゃないわ。迷う事も間違える事もあるはずだもの。その時に、相談出来る人って大事でしょ?だから、お願い。』
『お嬢様。』
『マリネが嫌になったとかじゃないんだもの。きちんと自分の幸せも考えて欲しいだけ。良い人を探してみて、見つからなかったなら、それは仕方ないわ。私が王宮で幸せにしてあげる。』
『幸せって。』
『冗談よ。けれど、それくらいのつもりでも良いの。最初から潰して欲しくはないってこと。分かったかしら?』
『はい、お嬢様。承知しました。』
『ええ、お願いね。』
実際、私は今後どうなるかなんてわからない。ギル様の反応も今のところあまり芳しくないし、婚約破棄される可能性なんてまだまだ全然あるのだ。その時、幽閉されるような事の無いように色々と策を練るつもりだが、命があったって、する事が無かったら意味がない。
それに、皇子様から婚約破棄をされたとしたなら、その後の私の結婚は絶望的だろう。
そうなってしまってからでは、マリネは更に結婚なんて考えてはくれなくなるだろう。それは嫌だ。マリネまで勝手に課せられたその贖罪を負わせたくない。だから、私は貴女を希望へと作り変えよう。
貴女を私のものにして、私の終わりの前に私の生きた証として、貴女で作品を作っても良いのだろうけど、私はまだ諦めた訳じゃない。
彼の生まれ代わりなんて認めない。私は彼みたいに自己満足のために動かないし、殺す事に意味合いなんて感じない。出来る権限があっても行使はしない。
マリネが許可をしたって、私は彼女を加工したりはしないだろう。だって、それは常識と違うから。お互いが許しても、私は知っている。それが、常識とずれた考えと。
だから、私は真っ当なのだ。常識から外れた行動をきちんと取らないのだから。
ダッシュで書いたのでよくわからないところが多いかもしれません。お詫びとともに、ここまで読んでくれた方がいらしたら、切実にありがとうございますと伝えておきます