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3、何でだよ!?

マンションの前まで帰り着くと、俺は後ろを振り返った。宝生が後を付いてきているのではないかと考えてのことだったが、それらしき影はない。俺は暗証番号を入力して自動ドアのロックを解除すると、するりとマンションのエントランスに滑り込んだ。エレベーターは最上階の七階で停止していたので、一階に呼び戻す。降りてきた箱で最上階に運んでもらい、自室のドアを開錠する。

「・・・・・あぁ、腹減った・・・」

最近腹減ったというのが口癖になっているような気がしたが、俺の気のせいだろうか。

朔はまだ眠っているようだったので、買い物袋が音を立てないように留意しながら、そっと買ってきたものを机の上に並べていく。まっさらな眼帯を手に取り、交換してやろうかと思うが、それで眠りを妨げるようなことになったら嫌だし、勝手に変えたと怒られても堪らない。そこまであの眼帯に愛着があるとは思えないが、何故か朔には眼帯に対して多大なる思い入れがあるような気がして仕方ないのである。

・・・まあ眼帯のことは置いといて、俺は飯を食うぞ。

俺はそう決意して、さっきスーパーで買った焼肉弁当を出した。弁当は温かくないと喰わん!!という奴がいるが、俺は市販の弁当も自家製の弁当も冷たくて平気だ。というか冷たいほうが好きだったりする。中身が肉やフライだろうと、それは変わらない。麦茶をコップに入れ、一人合掌をする。

俺は眠る朔をぼんやり見るともなしに見ながら、一人黙々と箸を動かした。






「どういうことよ、それ」

昼間から赤ワインを嗜みながら、派手な化粧をした二十代後半くらいの女が思い切り顔を顰めた。ワインを不味いと感じているのか、話の内容に懸念を示しているのか。

「だから言ったとおりだ。今朝“捨て”た場所に行ってみたら、“あれ”の姿はなかった。私たちの予定では物言わぬ体が転がっている筈だったのだがな」

悠長にそう言う男に対して、女は今にも男に噛み付きそうな勢いで捲し立てる。

「あんた何でそんな悠長にしていられるわけ!?“あれ”を野晒し(のざらし)にしといたらこっちにとばっちりが来るんだよ!?」

「愉快じゃないか」

「あ?」

「・・・・・私たちに良いように使われ、虐げられてきた“人形”がどんな形であれ生き延びている。決して未来など来ないのに、苦痛が先延ばしにされるだけなのに、天は“人形”を見放していない。そこに何か意味があるとは思わんかね」

男は満足げにそう言い切ると、美味そうに葉巻を吸った。女は理解できない、といった風に肩を竦める。

「前から思ってたけど、あんたって“あれ”にだけは執着があるよね。“人形”は他にもまだ一杯居るって言うのに。何かあんの?」

女のその問いに、男は唇だけで微笑むだけだった。






イタイ、イタイ。



一杯、なぐられた。一杯、切られた。



血が一杯、出た。イタイ、イタイ、イタイ!



みんな、死んで行った。



目を抉られて、切られて、殴られて。



・・・・・どうしてこんなイタイ目をしてまで、生きないといけないの?

・・・・・どうしてあの人たちは僕らをこんなに虐げるの?

嫌いなら、要らないなら、あっさり殺してくれれば良いのに。



どうせ、


      僕らは、



              ココロのないロボットだから。



なのに、どうしてこんなに、胸が痛いんだろう。




「・・・・・朔?」

朔が目を閉じたまま涙を流しているので、一体どうしたのだろうと怪訝に思う。

俺は思わず涙の伝う頬を撫で、

「何触ってんの」

朔がいきなり目を開けて俺をぎょろりと睨んだ。ビビる俺ではないが、

「悪い」

と素直に謝っていた。朔は俺を睨んだまま、上体を起こした。目の痛みは退いたらしく、蒼白な顔ではあるが苦痛を訴えはしなかった。

「目は痛むか」

「・・・・・・・・治った」

ぼそりと呟くように答え、朔は鼻をひくつかせた。

「・・・・・いい匂いだろ。料理の出来ない俺が唯一作ることのできる“特製南瓜スープ”が出来てるぞ」

南瓜、と朔が一瞬腰を浮かしかけるが、俺にはそれが分かったと気付いたのかふいっとソッポを向いてしまった。とことん可愛くないガキだな、と俺は思った。

「南瓜好きなのか」

「べ、別に」

俺はくっくっくと咽の奥で笑うと、一回立ち上がった。朔の視線を感じる。俺はその視線を尻目にスープを深皿に入れ、スプーンを突っ込んで取って返す。物欲しげな朔の瞳が俺を捉えた瞬間、また顔を逸らした。

「ほれ、お前のために作ったんだ。腹減ってるなら、粥もあ」

「何でだよ」

俺の言葉を遮って、朔がポツリと呟いた。

「あ?」

「僕がどういう状態で倒れてたか、あんた知ってるんだろ」

「まあ・・・な。俺が運んだ訳だし」

「じゃあなんでだよ、僕のこと不気味だとか近付かないほうが良いとか思わなかったの?」

朔は顔を逸らしたままだが、その横顔は哀しげに歪んでいる。

「不気味、ね」

俺の言い方が気に入らなかったのか、朔は俺をギッと睨みつけ怒鳴った。

「だってそうだろ!!体のあちこちに切り傷があって、全裸でその上に毛布を巻いただけの状態で、雨の中ぶっ倒れてたんだぞ!おかしいと思うだろ、変だと思うだろ!?なのになんでこんな・・・!」

「・・・・・・」

「普通なら絶対こんな奴助けない!介抱なんてしない、なのに!」

俺は朔の口を片手の平で覆った。驚いた朔が手を払う。

「言っただろ、僕に触るなって・・・・・!!」

「分かったよ、触らない。触らないから、黙れ」

「・・・・・っ!」

「良いか、俺は一瞬たりとも朔を不気味だと思ってはいない。悪いな、俺はどうも普通じゃないらしいんだ」

朔の目が困惑を浮かべる。俺は続ける。

「・・・・・・俺さ、昔から言われてることがあってさ」

「何、だよ」

「どうも俺は“異常”に対する警戒心と“死”に対する恐怖心が欠落してるんだとさ」

朔が目を見張る。

「・・・・・何だよ、それ」

「俺もよく分からんが、まあお前の言う“普通”の範疇には入らんってことだな」

俺はズイッと皿を朔に差し出す。

「とにかく、今は体力をつけろ。だから、嫌でも喰っとけ」

朔ははぐらかされたような気持ちになるが、食べないと話が進まないような気がして、渋々といった感じに皿を受け取った。本当は食べたくて仕方ないのだが。

「・・・・・・・いただきます」

「へぇ、ちゃんといただきますって言えるんだ」

朔は頬を赤らめると、また俺を睨んだ。

「・・・・当たり前だろ、三歳のガキじゃねぇんだから」

そうだな、と俺は笑うと見ていたら食べ難かろうと思って朔の側を離れた。





結局朔は南瓜スープを二杯飲み、粥も平らげた。

「何だ、やっぱり腹減ってたんじゃないか」

他意はなくただ事実を言っただけなのだが、朔はハッと夢から覚めたような顔をして

「悪かったな!」

と怒鳴った。こいつ、何でも穿ちすぎだよ。

「悪かねぇよ。ちゃんと喰えるってのは健康な印だしさ。南瓜スープ、美味かったろ」

朔は膨れっ面のままで頷いた。変なところは素直だよな、と思う。まあ、良いか。

「そうだ朔」

「?」

俺が翳したものを見て、朔の顔がそれとわかる程に強張った。

「・・・・・・」

「その眼帯、機能しねえだろ。血も泥も雨も吸いすぎて、逆に目に悪くないか?」

朔は震える手でそっと眼帯に触れた。

「良いよ。・・・ばい菌とか雑菌が入ろうが、関係ない」

「目玉がないからか?」

朔は何で知ってる、といった風に俺を見た。そして信じられないという気持ちが篭もった口調で、

「・・・・・・・・あんた、見たのか」

と訊いて来た。事実だったので俺は頷いた。

「見た。目玉が無くて、眼窩が丸見えだった」

「き、気持ち悪くなかったのか!?」

朔が唖然とする。何をそんなに驚くことがあるのか、と思いつつ俺はまた頷く。

「別に、平気だった」

朔がまじかよ、と小さく呻くのが印象的だった。







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