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21、それぞれの想いと朔のピンチ

『えっ、休む?』

急遽休みを貰うため、自分が勤めている本屋が開店するや否や俺は、店に電話を掛けた。

「はい、すみませんが」

電話に出たのは店長だった。歳の割りには出世街道まっしぐららしいが、本人は店を運営する現場主義とのこと。スタッフのことを大事にしてくれる、と慕われている人だ。

『君が休むなんて初めてだね。具合が悪いの?』

「……………、」

俺はどう説明して良いものか惑う。正直に、仲のよい後輩が入院していてそれに付き添いたいから……と言って納得して貰えるのだろうか。

『……何か事情がありそうだね。ちょっと待ってて』

一度保留になり、音楽が流れる。

『ごめん、お待たせ。……今日はラストも多めだし、許可します。ただし明確な理由のない欠勤は今回だけしか駄目だからね』

「すみません……ありがとうございます」

『あまり無理はしないようにね』

「え?」

『それじゃ、失礼しますね』

「あ、は、はい」

電話が向こうから切られるのを待って、俺は今や懐かしくなったピンクのダイヤル式電話の受話器を置いた。

「斗賀野くん、本当にいいのかい?」

後ろで俺を見守っていた章介さんが申し訳なさそうに訊いてくる。

「良いですよ。というか、俺が鳴海を診ていたいんです」

俺の存在なんかが誰かの生きる糧になれるのなら。

あんなに俺を慕ってくれている鳴海の力になれるのなら。

「そうか……和晃も喜ぶよ」

章介さんが気にしているのは、俺の仕事のことだけではないだろう。

「朔のこと……ですか」

「やっぱり探しに行ったほうがいいんじゃないのかい?」

「良いんですよ。朔が決めたことだから」

そうだ。もともと俺の気紛れから“拾った”だけ。執着する理由なんかないのだから。

朔が俺から離れたいのなら離れれば良い。離れたい人間を追う趣味はない。

「そう……君が良いなら構わないよ」

「すみません……気を遣わせてしまって、」

「構わないさ」

章介さんの優しい笑顔とともに、俺はまた鳴海の病室へ向かった。







鳴海は穏やかな寝息を立て続けている。もう本当に大丈夫だろうか、と俺は思う。

まさかまた陸が鳴海を殺しに来る、なんてことはないだろうな。

「俺が、守る、」

「・・・・・ん、ぱい?」

俺の決意が届いたのか、鳴海が不意に目を開けて俺を呼んだ。

鳴海がゆっくりと指を伸ばしてくるから、俺はそっとその手を取った。

細くて冷たくて、今にも壊れてしまいそうな、ほっそりとした手。

・・・・・思えばこの指が萎れた花を、再び綺麗に咲き誇らせることが出来るんだな、と今更ながらに不思議に思った。でも、不思議とそれが不気味だとは思わなかった。

凄い力だと。鳴海にピッタリな力だと思った。

「・・・・・・?」

俺がじっと手を見ているのが不思議だったのだろう、鳴海が軽く小首を傾げる仕草をした。

「いや、悪い・・・何でもないんだ。・・・・気分はどうだ?」

鳴海が掠れた声でもどうにか喋ろうとするから、俺は慌てて、

「口パクで良いから」

と止める。

鳴海がゆっくりと口パクを始める。

『だ・い・ぶ・よ・く・な・り・ま・し・た。そ・れ・に・せ・ん・ぱ・い・が・い・る・か・ら、』

「ありがとう、鳴海」

『い・え。・・・・・そ・う・い・え・ば、さ・く・さ・ん・は?』

「!」

『・・・・・せ・ん・ぱ・い?』

鳴海と朔の顔が不意にダブって、俺は目を何度も瞬かせた。

鳴海がそっと俺の頬を指で撫でた。

『せ・ん・ぱ・い?』

「あ、悪い。朔は、ちょっと散歩だ」

らしくない嘘を吐いた。きっと鳴海にはばれている。そんな気がした。鳴海の黒目がちの瞳が、一瞬哀しげに揺れた・・・・ように俺には感じられた。

『・・・・・・せ・ん・ぱ・い、か・な・し・そ・う』

「鳴海、」

『ど・こ・か・い・た・い・ん・で・す・か・・・・?』

痛いのはお前の方だろう、と俺は思う。

「・・・・俺は何処も痛くないから。心配しないで、鳴海は自分が早く元気になることを考えろ」

『で・も』

「・・・・良いから。ほら、喋り疲れたら、休め。俺のことは気にしなくて良いから」

鳴海は不安そうな眼差しで俺をしばらく見詰めていたが、やがて本当に疲れたように目を閉じた。

「お休み、鳴海」

俺はまた鳴海の額を撫でた。こうすれば少しは痛みや疲れが治まるのではないか。

俺らしくない、非科学的なことを思いながら。














今にも泣きそうな先輩を見て、僕の胸はますます痛くなった。

そんな顔しないで、何がそんなに哀しいんですか?

何度もそう訊きたいと思った。でも僕はまだ上手く話せない。

・・・・・・先輩、泣かないで。

泣かないで欲しい。

どうすれば、先輩に笑ってもらえる?僕はそう思いながら、目を閉じた。

「お休み、鳴海」

そう言って、先輩はまた僕の額をゆっくりと撫でてくれる。

それがひどく気持ちよくて。とても、嬉しくて。

僕を心配してくれている先輩の気持ちが伝わって来て。

僕は哀しげな先輩を案じながらも、やってきた睡魔に勝てず・・・再び眠ってしまった。
















兄の姿はまだ見えない。

朔は小さく息を吐き、再びベンチに横になった。

風邪でも引いてしまったのか、体が酷くだるい。熱も有るような気がする。

(・・・・・・・結局僕は一人じゃあ何も出来ない。自分から兄さんのもとに行く勇気なんて無いし、でも、ほかに行く場所もない、)

だから朝起きたベンチの上から一歩も動けていない。

自分が何をしたいのか、これからどうしたいのかも、全く分からずにいる。ただただ一箇所に座り込み、何か“変化”が起こってくれることを待つだけ。

「・・・・っ、けほっけほっ、」

咳が出てきた。まさか本当に風邪を引いてしまったのではあるまいか。

どうしよう、今風邪を引いている場合じゃあ、

「おい、お前ら。見ろよあそこ」

まだ若い男の声が、朔の耳朶を打った。だが自分には関係ないだろうと考え、あえて声の方向を見ようとは思わなかった。

しかし、

「誰か寝てるぞ」

「ふうん、まだガキだな」

「どうする?結構ああいうのほど金持ってそうな感じすっけど、」

「行ってみっか。弱そうだし」

どうも自分のことが話題に上がっているように思えて仕方ない。

朔は恐る恐る目を開いた。

「あ、気付かれた」

朔を、四人の男たちが見下ろしていた。

「・・・・・・・・・・っ、」

朔が息を呑むと同時、男の一人・・・茶髪で耳に小さなピアスを五つも付けている・・・がニタニタ笑いを顔に引っ付けて朔に言った。

「ねえ僕、こんなとこで一人で何してるの?」

性別に関係なく大勢に囲まれることに慣れていない朔は、それだけでパニックに陥りかける。

「あ、あの、ぼ・・・僕は、」

「焦っちゃって、か〜わいい」

揶揄するように言われたかと思うと、いきなり腕を掴まれ体を起こされる。

「やっ、なに、」

「あのさあ、俺たち金が無くて困ってんの」

髭を疎らに生やした、強面の男が言う。

「有体に言うとさ、お金が欲しいの。で、君に貰おうかなって」

かつあげにしては穏当な口調だが、言っていることはむちゃくちゃだ。

朔は男たちに怖れを抱きながらも、必死に首を横に振る。

「それ、どういう意味かな?僕?」

「っ、む、無理です・・・僕、お金なんて持ってないんです、」

それだけ言うのがやっとだった。息苦しさに、朔は掴まれていない方の手で自分の心臓のあたりを掴んだ。

「だってさ、どうする?」

「確かになぁ。何も持ってないし、」

「そう言えばさ、この眼帯どうしたの?めぼでも出きてんの?」

仲間の一人が、朔の眼帯に言及してきた。朔は思わずギクッとする。

(斗賀野さんは何てこと無いみたいだったけど、きっと普通の人たちは、)

眼窩が空っぽであることを知れば、気持ち悪いと言うだろう。

朔を不気味なものを見るような目で見るだろう。

「あ、あの、こ・・・れは、」

体が震える。どうやってこの場を切り抜ければ良いのだろうと朔が必死に考えていると、

「でも血が滲んでる。変えたほうが良いよ」

四人の中で一番かつあげとは縁が無さそうな眼鏡をした優男が、眼帯にそっと触れてきた。

「・・・・・・・!」

咄嗟だった。どうして良いか必死に考えていた朔は、思わずその手を払っていた。

「酷いなあ、折角人が心配してあげてるのに、」

眼鏡の男が、グイッと朔の胸倉を捻るように掴んで来た。

「優しくしようと俺ら思ってたのになあ」

ピアスの男が凄んで来る。

「ごめ・・・ごめんなさい、」

彼らの顔が全て陸の顔と重なる。陸四人から責められているような感覚がして、朔は呼吸をすることすらままならなくなってきた。

「みんなどうする?ごめんなさい〜、だってさ」

四人が何が面白いのか、一斉に笑い声を立てる。朔は恐怖に体をガクガクと震わせる。

(斗賀野さん、助けて・・・・助けて・・・・・・!!)

きっと虫のいい話なのだろう。自分から離れていきながら、いざ危険な目に遭ったら彼に助けを求めている。

「ごめんなさい、ごめんなさい・・・・っ」

これはきっと罰なのだ。

鳴海和晃をあんな目に遭わせたことへの、罰なのだ。

「けど金ないってさ」

「・・・・・・」

眼鏡の男が、朔の服に触れる。金がないかどうか、確認しているのだろう。

「なっ、ない、お金なんて、持ってない、」

「五月蝿い、黙ってろ」

冷たい声が聞こえた瞬間、朔の頬に激しい痛みが走っていた。どうやら平手で叩かれたらしい。

「や・・・め、」

「・・・・やっぱり持ってないみたいだね。どうしようか」

早くどこかに行って欲しい。

もう自分に構わないで欲しい。

四人の視線が、痛い程に突き刺さる。

そのとき、

「何やってんだ!!」

また別の人間の声がして、朔は再び身を震わせた。

今度は誰だ。また僕を傷付けるのか。

「んだよ、お前」

朔が目をやった先には、

「あ、」

斗賀野笙汰の知り合いの青年が、ずかずかと公園に乗り込んできて、四人を睨みつけた。

「俺はその子の知り合いだよ。知り合いに手ぇ出すな」

笙汰と会話していたときには全く伺えなかった凶悪さがちらりと顔を覗かせる。

名前は、何だったか。

笙汰は彼のことを何と呼んでいた?

「じゃあ、あんたが代わりに金出してくれる?」

「は?なんで俺やこの子が手前らみたいなのに金出さないといけねぇ訳?阿呆らしい」

青年がどんどん近付いて来る。

「こっち来い」

そう言われ、朔は男の手を払うと慌てて青年の後ろに隠れた。

また守られている・・・・・そんな想いを抱きながら。

「俺がこいつらを引き付けとくから、その間に朔君は逃げて」

ボソッと囁かれた言葉。

思わず彼の顔を見上げれば、ニッと不敵に微笑まれた。

「俺に任せとけ」

朔は頷くしかない。

「コソコソと何の相談?」

眼鏡の男が言う。

「別に」

そう言った瞬間、青年がいきなり膝を眼鏡の男の腹に叩きつけた。

「っ、」

「不意打ちなんざ卑怯だろ!」

「こんな子を寄って集って囲むのより全然マシだっ!!」

そう怒鳴り返しながら、茫然と立ち尽くす朔に青年が目配せをする。

「!」

逃げるなら今だ、とその目が語っているような気がして朔は申し訳ないと思いながらも脱兎の如く駆け出した。

公園の外に向かって。

背後から響く、肉を打つ音を聞きながら。















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