1、介抱
少年を拾った翌朝、俺が目覚めても少年はまだ目覚めていなかった。俺のダブダブのシャツを着て、一切身動ぎをした様子もなくあお向けの状態のままで眠っている。
「腹減った・・・・・・」
眠気はまだ燻っていたが、食い気には勝てなかった。食パンは昨日切らしたなぁとぼやきながら俺は冷凍庫を開ける。朝っぱらから冷凍炒飯を食べようという魂胆である。深皿に炒飯を入れ、レンジで温める。その間に洗顔と歯磨きを済ませ、髪に適当に手櫛を入れる。相変わらずボサボサだ、と寝ぐせのつきまくった頭を見て一人で苦笑する。この癖ッ毛は昔からで、どうも直らない。
「っと、」
炒飯の温めが終わったので、立ったままで機械的にそれを口に運ぶ。目は少年から離れない。布団は一つしかないから、少年に布団で寝てもらい、俺は適当に雑魚寝をした。おかげで体のあちこちがぎしぎしいっている。
「・・・・・・ねむ、」
昨晩、俺は少年を背負って自宅である借りマンションに戻って来た。近くに二十四時間のスーパーあり、馴染みのドラッグストアあり、バス停も近くにあるし、なにより静かな環境が俺のお気に入りだ。そんな場所に立つマンションの最上階の七階に俺の家はある。一人暮らしは大学二年の頃からだから、すでに新鮮味は一切ない。
エレベーターでは誰にも会うことなく、少年を家に連れて行くのに目をつける人間は一切いなかった。鍵を開けて部屋に上がる。すぐ右手に台所、左手に浴室とトイレ。真っ直ぐにフローリングの居間兼寝室。まずは少年の雨で濡れた体をどうにかしないことには部屋に入ることは出来ない。だから毛布ごと少年を浴室に運び、毛布を剥ぎ取った。
「おわ、」
俺は恐怖心は抱かなかったものの、吃驚はした。毛布から覗いていた素肌には何本もの切り傷があったのは分かっていたが、毛布を剥ぐと更に凄い数の切り傷が目に入った。腹も腕も胸の辺りも太ももにも。
「・・・のわりには顔は綺麗なもんだ、」
確かに泥や雨で汚れてはいるが、綺麗なタオルで拭くと整った寝顔が見えた。ただ、眼帯の下がどうなっているのかは既に外で見ているので、あえて見ようとは思わなかった。だが、眼帯は濡れたままというのはどうだろうと思った。眼窩にばい菌が入って化膿、ということはないのだろうか。
「ま、いいや。眼帯のことは後で」
俺は一人ぶつぶつと呟きながら手を進めていく。
タオルを濡らして汚れた体の場所を拭いてやるが、相手は少年とはいえ裸の相手を見つづけるのは抵抗があった。俺は泥で汚れた手を洗い流し、部屋に入っていく。箪笥を適当に開けて大き目のカッターシャツを取り出し、浴室に取って返す。少年は眼を閉じたままだ。あまり苦しげな顔はしていないし、切り傷も真新しいものではなさそうだ。なら何故あんな狭いところで倒れていたのか。もしや腹減りか?と俺は色々考えながらも、少年に上着を着せてやる。
「よいせ、っと。服はこれで良いな」
水気を拭い、シャツも着せた俺はまた少年を浴室に寝かせると、部屋に取って返した。布団を引き、開け放しだったカーテンを閉じる。そして寝られる準備を調え、浴室から少年を抱えてまた部屋に戻る。
「こんだけ動かして身動ぎ一つしないってすげぇな・・・」
出来るだけ丁寧に運んだり拭いたりしたつもりではあるが、少しくらいは反応しても良いと思うのだが。
「まぁ、いいや」
息は普通にしてるし、放っておけばそのうち目を覚ますだろう。少なくとも変な輩に襲われて殺されるといったことはない。
「さ、て俺も飯食って寝るか」
俺はでかい欠伸をして、風呂を沸かしにまた浴室へ行ったのだった。
そして、翌朝。昨日の雨が嘘だったかのように、外は晴天だった。
「まだ起きねぇな・・・・・・」
だが幾らかは顔色も良くなっているし、徐々に頬に赤みが戻りつつある。もう少ししたら起きるかもしれない。あ、そう言えばこいつが起きても食わしてやるものがねえや。多分起き抜けは消化のいいものがいいはずだ。仕方ない、俺も炒飯だけじゃ足りないし、スーパーに買いに行こう。まだ少年は起きないだろう。急いで行って来るとしよう。俺は財布を引っ掴むと、部屋を出た。






