17、死への序曲と欠陥再認識
この章は少しBL要素入ってる・・・・かも知れません。手緩いので、大したことないと思います。そしてやっぱり朔は可哀想な子です。暴力はいけませんね・・・。
俺が飲み物を買って表に戻ったときには朔の姿がベンチからなくなっていた。
「・・・・・・朔?」
動くな、というようなことを言っておいたのに、一体何処に行きやがった、と俺は思いながらベンチに近付き、
「?」
その上に四つ折りになった紙に気付いた。風で飛んでしまわないようにするためにか、ご丁寧にも錘代わりの石が載せてある。誰も触れていないことを不審に思いながら、俺は紙を手に取った。朔に関係するものだと何時の間にか思い込んでいることに、俺はこのとき気付いていなかった。
俺は慌てず騒がず(何かの標語みたいだ、)、紙を開いた。そして目を見開く羽目になったのは言うまでもない。
そこには黒の油性ペンで、
《朔は返してもらうからね》
と悪筆で書かれてあった。
「朔、」
朔の身に何が起きたのか、これで予想できるというものだ。
そう、朔は連れて行かれたのだ・・・朔の兄貴だという奴に。いや、連れ戻された、というのが正しいのかも知れない。
だが、どちらにしろ無理矢理なのは同じだろう。朔は兄貴に心底怯えていたのだ。そんなあいつが素直に兄貴の元に帰ろうとは思うまい。
やっぱり朔を一人にするんじゃなかった、と俺は臍を噛む。
俺は何を聞いて何を見ていた。朔は常に狙われているのだと知っていた筈なのに。
「何処行った、」
俺は紙を八つ裂きにしながら、周囲を見回す。当然の如く朔の姿は何処にもない。
既に周囲からは離れたと見て間違いないだろう。
どうする、走り回って探すか。俺がそう考え始めたときだった。
「やっぱり笙汰だ」
知った声に振り向くと、宝生雅がいた。いつものようにスウェット姿で、気だるそうな目で俺を見ている。
「宝生」
「何だ、変な顔して・・・・・あ、そう言えばさぁ、」
「何だ」
またいつもの無駄話か、と俺が苛付き始めたとき、
「俺あいつ見たよ。笙汰の知り合いとかいう奴」
「!?」
俺は思わず宝生の肩をガッと掴んでいた。普段の俺からは想像出来ないのであろう必死さが伝わったのか、宝生がギョッと目を見開く。
「笙汰?」
「何処だ、何処で見た!?誰かと一緒だったか!?」
俺の気迫に呑まれた宝生は目を白黒させていたが、どもりながらも応えてくれる。
「ほら、道路の向こうに“奈留木邸”ってあるだろ?そこで、」
「分かった。サンキュな!」
それだけ聞ければ十分だった。まだそこから離れていないことを願いつつ、俺は駆け出していた。
「お、おい笙汰一体どうしたんだよ!?」
宝生の呼びかけは、あっさり無視した。
「・・・・ん、」
「朔、起きた?」
「!」
朔は目を見開いて、目の前に広がる兄の笑顔を見つめる。唇を近づけてこようとする兄、陸を突き放すために手を前に出そうとするが、それが出来ないことに気付いた。何故なら自分の両手は後ろに回されてロープか何か紐状のもので縛られていたからだ。
「ん、んんっ・・・・!」
朔が抵抗出来ないのを良いことに、陸は弟である朔に深い口付けをする。
「っ、め、めて・・・・」
「トガノさんとも、こういうことしたの?」
唇が離されると同時に、そんなことを訊かれる。朔は涙を浮かべながら、必死に首を左右に振る。
「して、ない。あの人はこんなことしないっ・・・・!!」
「生意気」
不機嫌そうに呟き、陸はバシンッと音を立てて朔の頬を思いっきり平手打ちした。
「・・・・・っ!」
「お前はただ僕の言うことに頷いていれば良いんだよ。口答えするな」
朔の人権を頭から無視して、陸が言い放つ。
「そんな、」
「お前は僕の“玩具”なんだから」
耳元でそっと囁かれ、背筋を悪寒が這い上がる。逃げ出したくて身を捩っても、縛られた腕はビクともしない。それに陸が恐くて、どうしようもない。
陸が、恐怖に硬直する朔のシャツの下に手を入れてくる。
「やだ、止めてっ・・・・・」
「変な朔。前は僕にこうされること、凄く好きだったじゃない。あれは、嘘だったの?」
「す、好きじゃない!兄さんが、恐くて、」
抵抗できなかっただけだ、と続けようとした唇にまた口付けをされ言葉を継げなくなる。
嫌悪感に吐き気がした。
聞こえはしないと分かっているのに、心のなかで必死に斗賀野という青年に助けを求める。
「ほら、反応してる」
「っ」
涙が、頬を伝う。分かっていたのに。この兄からはどうしたって逃れられない。自分には“自由”などないのだと。分かっていた・・・・・筈なのに。
誰も、助けてはくれないのだと、分かっていた筈なのに。
どうしてこんなに、
「朔!!」
・・・・・・第三者の声に、朔の前を触ろうとしていた陸の手がぴくりと止まった。
でもその顔に浮かぶには、不遜な笑み。楽しみを邪魔された時の苛立ちは露ほども見えなかった。
「斗賀野、さ、」
どうやらまだ病院から遠く離れていたわけではなかったらしい。としたら此処は何処なのだろう、と朔は今更そんなことを思う。
居る場所は薄暗くて、様子が分からない。ただ無風なのと物音が殆どしないことから、屋内だと言うことは分かる。
「実際に会うのは初めて、かな」
朔から手を離して立ち上がりながら、陸は第三者・・・斗賀野笙汰と対峙する。
(ふうん、なかなか格好良いね。頼りがいもありそうだし、朔が好みそうなタイプだ)
そんなことを考えながら、陸は自分を睨んでくる斗賀野笙汰に向けて、場違いなくらいににこやかな笑みを送った。
こいつが鳴海を殺そうとした。こいつが朔に何らかのトラウマを植え付ける行為をしている。
それでも俺は冷静になろうと努めた。それほど目の前も子どもからは禍禍しい気配を感じた。恐怖は感じないが、何の構えもなく近付いてはいけない相手なのだろうことは伝わって来る。
「・・・・初めまして。トガノさん。朔の兄である来栖陸です。このたびは、」
そう言って、蹲る朔の前髪を引っつかんで無理やり立たせる。
朔の顔が痛みに歪む。
「・・・・・っあ、」
「うちの愚弟がお世話になったようで、感謝します」
にこにこと笑みを浮かべながら、朔を傷つけることに何の抵抗も感じないようだ。あまつさえ苦痛に歪む朔の顔を観察するように見つめだす始末。
「朔とはもう寝たの?」
「・・・・・・は?」
予想外の質問がふっくらした唇から発され、状況も忘れて俺は頓狂な声を出してしまった。早く朔を引き離してやらなければならないのに。
「だからぁ、朔とはもう寝たのかって訊いてるの」
返事がないことに苛立ったのか、陸が全く・・・とぶつぶつ呟く。
「寝た?」
「あ、もしかしてまだ?朔は良いよ〜?美味しいよ」
全く意味不明だが、寝る、というのがただの睡眠の意味ではないのだろうとは分かった。つまり、
「お前、実の弟のセックスしてるのか?」
「?変?」
そう言いながら、陸は朔の首筋を噛んだ。吸血鬼か、と俺は眉を顰める。
・・・・・・・そんなこと考えている場合じゃない。早く朔を助けないと。
首筋を噛まれた朔は、全く気持ちよさそうじゃない。苦しげに眉根を寄せ、俺を必死に見つめている。助けて、と無言で訴えられたと感じたのは、俺の錯覚だろうか。俺は一歩を踏み出す。ガラスの破片でも踏んでしまったらしく、足元がじゃらりと音を立てる。
「おっと、朔は渡さないよ」
その言葉と同時に、何者かの気配が俺の背後で発生した。
「!」
俺は勘だけを頼りに、咄嗟に横に転がった。コンマ五秒くらいの差で、俺の頭のあった場所をびゅっと何かが音を立てて振り下ろされていた。
「斗賀野さん・・・・んぅっ・・・!」
朔の呻き声に顔を上げれば、後ろに回った陸に口を押さえられた朔の姿があった。
「朔のことは諦めて早く日常に戻ったらどうですか?朔は今までどおり僕が可愛がりますから」
俺を殴ろうとした奴の姿はない。どうやらどこかに隠れたらしい。存在までが消えていないことは、俺に向けられたままの殺気からも分かる。
陸が命じて初めて俺を襲うように躾られているのかも知れない。
「お前の言う可愛がるっていうのは、朔をいじめることか?」
「・・・・苛める?失礼な人だね。朔、あの人に僕のことどういう風に説明したのかな?」
陸の口調に険が交じる。
朔の瞳から新たな涙が零れ落ちる。
その顔が鳴海と重なり、俺は思わず拳を握り締める。どうやら鳴海の存在は俺の中でかなり大きいらしい。
「おい、お前」
陸の注意が俺に戻る。
「お前じゃない。僕の名前は来栖陸、だよ」
「そんなことどうでも良い」
自分の名前をそんなこと呼ばわりされた陸は、眉間に深い皺を刻んで俺を睨みつけて来る。
「そんなこと?お前、僕の名前をそんなことって言ったな?!」
逆上し、口を覆っていた手を朔の首に回しグッと力を込める。朔が呻き声を上げ、目を白黒させる。
「・・・・朔もトガノさんも、どうも僕を怒らせたいみたいだね?」
顔を俯かせるから、陸の顔が見えなくなる。
「もしそうだったらどうする?」
「・・・・・・・・こうするんだよっ!!」
いきなり怒声を張り上げたかと思うと、陸はいきなり朔の頬を殴りつけた。悲鳴を上げることも出来ず、朔の体は無抵抗のままガラスの破片が散らばった床に倒れこむ。
「朔っ・・・・・!!」
俺が朔に近付くより、当然陸が次の行動に移る方が早かった。
陸は残虐な笑みを浮かべながら、どうにか起き上がろうとしている朔の脇腹を爪先で蹴り付ける。
「んっ、ぐ・・・・・!」
「どうしたの、いつもみたいに可愛い声で鳴いてみてよ?トガノさんに聞かせてあげたらどう?」
頭を上から勢いよく床に叩きつけた拍子に、ゴンッという物々しい音が響く。
「止めろ!!」
俺は陸に肉迫し、その細い体を突き飛ばす。陸は抵抗一つせず、後ろに下がった。大したダメージは受けていないようだが、俺を攻撃してきそうな気配もない。
「おい朔、朔・・・・・!」
俺はあまり頭を揺らさぬように注意しながら、朔を腕に抱えて揺する。
朔の鼻からは鼻血が出ており、床のガラス片で切ったのだろう、頬や目の下に赤い裂傷が走っていた。
「朔!!」
ビクッと腕の中の体が震え、瞼が震えた。
「朔、」
「・・・・・・斗賀野、さん?」
虚ろな瞳が俺を見上げる。途端に、恐怖とは別の意味を持つであろう涙が大きな瞳から零れ落ちた。
「斗賀野、さ・・・・こわか、恐かった、」
ボロボロと涙を零す顔はやはり鳴海に重なったままだ。
本物の鳴海も、車に轢かれる直前には恐怖を感じていたのだろうか。俺には感じ取ることの出来ない、“恐怖”という感情を。
「悪かった。一人にして悪かった」
「そんなこと・・・・!斗賀野さん、後ろっ」
「!?」
振り返るより先に、ゴッと後頭部に何かが押し付けられた。
「そんなに死にたいなら、殺してあげるよ。朔の目の前でね」
何の迷いもない、はっきりとした明確な口調。
「兄さん、止めてっ、」
朔の懇願も、涙も陸を止める材料になりはしない。陸は涙を浮かべて叫ぶ弟を見て、にっこりと微笑む。
俺はただそんな兄弟の様子をぼんやり眺めているだけだ。死の危機に瀕しているのに、恐れなど一切ない。やっぱり俺は欠陥があるらしい。
「さようなら、斗賀野笙汰さん」
「止めろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ・・・・!!」
朔の咽から血が出そうなほどに悲痛な叫びは、銃声によって遮られた。
笙汰危うし!・・・ですが“死への恐怖”はやはり感じていないようで。