15、外出
ここは繋ぎの意味合いが強いです。
さて、どうしたもんか……と俺は朔がこもったままの布団を見る。
今日が休みで良かったかも、と思う。だが鳴海の見舞いに行きたいし、ずっと家にいて朔を見守っている訳にはいかない。かといってこのまま放っておくのも、いかがなものかと思う。
「朔、」
「……何、」
掠れた小さな声で、朔が俺の呼び掛けに答える。
「…お前も、鳴海の見舞いに来るか?」
それが良案に思えた。鳴海がこそっ、と顔を覗かせる。蒼白な顔が俺を見つめる。こもる不信感。
「……僕も?」
「このまま部屋にこもってても、兄貴の影に怯えることに代わりはないだろ?それに……少しでも鳴海に悪いと思ってるなら、あいつに謝って欲しいんだが」
「……」
朔の瞳が惑う。外出が怖いであろうことは想像に難くない。
「………」
「昨日だって変な奴等が家に入って来て殺されそうになったんだから、何処に居たって一緒だろ」
電話の感じや鳴海をいとも簡単に殺そうとしたことから、朔の兄貴は人命を軽々しく考えているのは間違いない。
「でも、僕のせいで他の人も巻き添えに遭ったら嫌だ……から、」
徐々に小さくなる声音。だが外に出たいという気持ちはあるのか、ちらりと窓の方に目を遣る。
「じゃあずっとここにこもって、いつ来るか分からない奴に怯えたままで居るのか?」
「だって、」
朔は言葉を続けられないのか、くちごもる。出るか、出ないか。葛藤が痛いほどに伝わって来る。
朔の気持ちも分からないでもない。朔が外出し外で襲撃された場合と、家にいて襲撃された場合では危害を加えられる人間が多いのは外出の際に違いない。朔はそのことが不安なのだろう。結局襲われるのなら自分一人の方が絶対に良い。普通の人間ならそう思うのだろう。
「・・・・・分かった。無理にとは言わないから。朔の好きにすれば良いさ」
とりあえず朝飯だ。俺は台所に立ち、食パンを取り出す。
「とりあえず飯作るから。ちゃんと喰えよ」
「・・・・・・・・うん」
蚊の鳴くような声で、朔は頷いた。
食パンとハムエッグという簡単な朝食を摂り、俺は鳴海の見舞いに行く支度を整えていた。
その俺の視界の中では、昨日とは打って変わって食の全く進まない朔がいて、沈鬱そうな顔で皿の中の卵を眺めていた。気持ち悪いのか、口元を押さえている姿は半病人のようだ。
「朔?吐きそうか?」
朔は力なく首を左右に振る。
「じゃあ俺そろそろ出るから。一応鍵はかけていくけど、」
あまりあてに出来ないだろうな、という言葉は飲み込んでおく。これ以上朔を脅かす必要もないだろう。
「・・・・・・」
朔からの応えはなく、俺は軽く息をついて立ち上がる。携帯と財布と、鍵と、
「ま、待って」
囁くような声音で、朔が出て行こうとする俺を呼び止める。
「何」
「・・・・・や、っぱり、行く」
「え?」
「行って、ちゃんと鳴海さんに謝る、鳴海さんが死にそうになったの、僕のせいだから」
鳴海が死にそうになっているのは朔のせいではないと先に否定するべきか。しかし俺が幾ら否定したところで朔がそう思い込んでいる以上どうしようもない。
「大丈夫か?」
朔はためらいがちに頷き、
「きっと・・・・・、その、斗賀野さんといれば恐くない、から」
途切れ途切れなそんな言葉を吐き出した。
まあ要するにあれだ、俺を頼ってくれてるってことだな。
「遠まわしな告白みたいだな、」
「え?」
「・・・・・何でもない。じゃあ外に出られる格好に着替えないとな」
しかし俺の服は朔にはぶかついてでかすぎる。かといって小さいサイズの服なんかないし。
いや、待てよ?
俺はふと思いついてクローゼットを開けた。二つあるうち小さい方の箪笥に確か、
「お、あったあった」
以前鳴海が泊まりに来て忘れていった服をまだ返しそびれていた。服を忘れるなんて鳴海も意外に忘れっぽいなぁと思ったが、返し忘れたままの俺も俺である。
「これ、鳴海のだから丁度良いと思う」
「・・・・・鳴海さん、の」
受け取った朔はえもいわれぬ顔をしたが、着替えるために立ち上がった。
外へ出た瞬間に、朔の体が明らかに強張ったのを俺は感じ取った。
「・・・・っ、」
一体何を思い出して、外に何を見ているのか。俺には計り知れない。ただ知っているのは、刃物で傷付けられた裸体を毛布で包んで死んだように倒れている姿だ。
「朔、やっぱり、」
朔はぶるぶると首を左右に振る。
「大丈夫・・・・斗賀野さんが、いるから」
「・・・・タクシーの方が良いな、」
バスや電車など不特定多数の人間が使う公共交通機関は使わない方が良いだろう。
俺は小さく震える朔の腕を取り、大通りに出る。じゃないとタクシーは捕まらない。
「・・・・・・」
朔は何も言わない。鳴海の服を着て、俺に腕を引かれるままに足を運ぶ。
朔を医者に診せるために病院に向かっているような気がして、俺は変な気持ちになる。
タクシーが見え、俺は手を上げる。運転手は穏やかそうなおじさんで、笑顔でドアを開けてくれる。タクシー運転手も色々いるものだ。
「そっちの子、具合でも悪いの?」
よほど朔は酷い顔をしているのか、運転手さんがバックミラー越しに朔の様子を見ながら声を掛けてくる。気遣いは嬉しいが、今は無用の長物だったりする。
朔は顔を見られたくないらしく、俺の胸に顔を預けてくる。
「大丈夫です。人見知り・・・・・の酷い版、かな」
「大丈夫なら良いんだけどね」
運転手さんはそう言って運転に集中する。
「・・・・・朔。もし気分悪くなったら、直に言うんだぞ」
うんうん、と声もなく何度も頷く。やっぱり来い、なんて言うんじゃなかったのかも知れない。
鳴海がああなったのは自分のせいだと思っている朔にああ言えば、外へ出るしかなくなるのは理解していたはずなのに。
朔は俺を“策士”と銘打った。そうなのかも知れない。俺はきっと打算的な人間なのだろう。
「着きましたよ」
病院のタクシー乗り場で俺は朔を引きずるようにして車を降りた。運賃を支払い、
「朔、頼むからちゃんと自分の力で立ってくれ」
「あ、ご、ごめんなさい、」
そっと朔から手を放すと、どうにか朔は自分の力だけで立ってくれた。
「この病院は総合病院だから、特に人が多い。人に酔ったら、必ずすぐに言えよ。無理だけは、するな」
朔は俺の気迫に押されたのか、目を丸くして頷く。それを確認し、俺は朔に付いてくるように言い病院の自動ドアをくぐった。
朔は勇気を出し、“俺”と一緒に鳴海が入院する病院にやってきました。これからどうなるのでしょうか。