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14、陸の決意と迫る暗雲

鳴海はどうなったのでしょうか。

携帯電話が鳴ったとき、窓の外は白み始めていた。

朔が身動ぎしたが目を覚ますことはなかった。俺は手を伸ばして寝ぼけ眼のまま携帯を開いて液晶画面に目を落とす。

「!」

その瞬間、眠気は吹っ飛んだ。慌てて電話に出る。

「もしもしっ」

『あ、斗賀野君かい?』

安堵の滲んだ男性の声。鳴海のおじさんである章介さんの声だ。

『寝てたかい?』

「俺は平気です。鳴海は・・・あいつはどうなりました!?」

朔が俺の声に気付いて起き上がる。

『君にも心配かけたね。今は眠ってるけど、一度目を覚ましたんだ・・・先生の話だとヤマを越えたそうで、和晃さんはよく頑張りました・・・とまで言ってくれてね』

無事だった。鳴海は無事だったのだ。

「そう・・・ですか。良かった」

久しぶりに味わう心からの喜びに、俺は気が抜けて座り込んだ。どうして鳴海の存在は俺の心をこうも揺さぶるのだろう。他人のことなんて気にならない・・・筈なのに。状況による、のだろうか。

『和晃から君に伝言があるんだ』

「・・・・・鳴海から?」

『もう闇に身を任せてしまおうと思ったときに、先輩の声が聞こえたから、ちゃんと戻って来れた。先輩、有難う・・・・・と』

あいつらしい、と俺は思う。

「そうですか・・・・・。鳴海はまだ集中治療室に?」

『今はね。そのうち一般病棟に移るように手配してくださるそうだ』

「分かりました・・・連絡、有難う御座いました」

俺は離れた場所にいる章介さんに、心の中で辞儀をした。

『また何かあったら連絡するよ』

「はい・・・・失礼します」

電話は向こうから切れた。俺は朔を振り返る。

「今の・・・・・、電話は、」

「朔、鳴海・・・無事だった」

「!」

朔の目が見開かれ、ついでぼろぼろと大粒の涙を零し始めた。ぱた。ぱたた、と音を立てて涙が掛け布団の上に落ちる。ついで上がる泣き声。

「よ、よか・・・良かった、よか、良かったぁぁぁっぁっ!」

朔は純粋に鳴海の無事を喜んでくれているのだろう。目を真っ赤にし、鼻を垂らし、泣きじゃくる。

体についた無数の刃物の傷跡。実兄による言葉の暴力。そして、実際に行われているのだろう兄からの折檻。体も心も疵付いている朔。だからこそか、他人の痛みに敏感だ。

「朔、ありがとうな」

「お礼なんて・・・だって、鳴海さんが死にそうになったのは僕のせいだ。お礼なんて、しないで、」

「お前のせいなわけあるか、馬鹿。お前の兄貴が鳴海を殺そうとしたんだから」

「・・・・・・・」

朔は何度も首を左右に振る。

「・・・・・実際に手を下そうとしたのは兄さんだけど、でも」

咽に何かを詰まらせたかのように口を閉じ、苦しげに息を詰める。

でも、という逆説の後の言葉が続かない。朔の中の“理性”がブレーキをかけたのか。

「兎に角鳴海は無事だったってことだ」

朔がこくりと頷く、その瞬間

閉じてたばかりの携帯が再び着信を告げた。液晶では鳴海の携帯からかかったことになっているが、恐らく、

「・・・・何か用か」

『話す前から僕だって分かるんだ。大した進歩だね』

皮肉と怒りがない混ぜになったかのような不思議な口調で聞こえてくる、朔の兄貴の声。

「それはどうも」

『朔に代わってよ』

朔を見れば、一瞬ビクッと震えたものの細い腕を俺の方に伸ばしてきた。俺は朔に携帯を手渡す。

「に・・・いさん?」

『おはよう、僕の可愛い朔・・・・あの“手”の異能者・・鳴海だっけ助かったみたいだね?』

「・・・・連絡があった、よ」

『嬉しいでしょ?』

「それは・・・嬉しいよ」

『折角異能者を殺そうと思ったのに』

ビクッと再び朔の体が震える。

「でも鳴海さんは“あの人”たちとは違うんだ・・・!人を傷つけるために“力”を使ってたわけじゃないんだ」

『・・・いつから僕に口答えできるようになったのかな?朔?』

「口答えだなんて、僕はそ」

『分かった。そんなに僕に可愛がって貰いたいなら、会いに行ってあげるよ』

「!!」

『また、可愛い声で鳴いてくれるよね?』

「ひっ・・・・・・!」

朔が仰け反って携帯を取り落とした。

「朔!?」

朔はがたがたと体を震わせて両耳をふさいだ。目を限界まで見開き、荒く息を繰り返す。

「ごめ、ごめんなさい・・・兄さんごめんなさい、もうしません、もう兄さんを怒らせるようなことはしません、だから、だから許してください・・・・・・っ」

『幾ら謝ったってもう遅いよ〜、朔?今から会いに行くからね!?悪い子にはお仕置きが必要だもんねっ!?』

沸き起こる哄笑。酷くなる朔の震え。俺は携帯を掴み、電話機の向こうに耳を澄ませる。

『朔震えてるね、恐くて震えてるね・・・・・・ふふふ、とっても嬉しいよ』

一方的にそう言い、通話を終える。

「朔、」

朔は電話が切れても耳を塞いだままだ。何かぶつぶつ言っているので耳を近づけて聞いてみれば、

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・・・・」

と恐らく兄貴に対して謝罪の言葉を繰り返している。目は何処か遠くを見て、光がないように見える。

「朔!」

大声で呼んで肩を揺すってみても、朔は俺を見ずに今この場にいない兄貴に謝罪を繰り返すばかりだ。

「ごめんなさい、ごめんなさい・・・・・」

俺は密かに溜息をつく。だが無理矢理黙らせるのも違う気がして、どうすることも出来なかった。






春樹が部屋に入った瞬間に陸が電話を壁に向かって投げ付けたので思わず驚いてしまった。陸の奇行は今に始まったことではないと言うのに。

「朝っぱらから何暴れてるんだ、陸」

真っ赤な顔が春樹を睨む。春樹は降参、というふうに両手を軽く上げて溜息をつく。

「ムカツク」

ボソッと呟かれた言葉。

「・・・・・・何が」

分かっているが敢えて訊くあたり俺も懲りないな、と春樹は自嘲する。

「分かってるでしょ、朔だよ朔!!今まで大人しい顔して僕に従ってたくせに、僕から逃げ出した途端に掌を返したように口答えして!」

欲しいものを買ってもらえない子どもみたいだ、と春樹は呆れる。

「・・・・・陸、前から言ってるだろ?朔は朔。陸は陸だって。自分の考えを朔に押し付けるのは感心しない」

「良いんだよ!朔は僕に従ってれば!!」

恐ろしいまでの執着心。陸と朔の兄弟がどういう境遇に生まれどんな人生を過ごしてきたか知っている春樹には納得できないこともないが、余りにも病的過ぎる。「朔は僕がいなかったら今この世界にいなかったんだよ!?なのに、助けてやった僕を軽視して、」

「それは陸にも言えることだろう、陸だって朔がいなかったら、」

「煩いっ・・・・・・!!」

ビュンッと飛んできたものを、春樹は慌てて避けた。反応がもう一歩遅れていたら、重い広辞苑が鼻っ面に激突していたに違いない。

朔によって使い込まれた広辞苑は、哀れな事にドアに思い切り激突してドンッと床に落ちた。

「陸、」

「僕が朔と同じ!?ふざけるなよ、僕は朔なんか居なくたって平気なんだっ・・・・・!!」

強がりだな、と春樹は思う。陸は認めたくないのだろう。

「分かった、分かったから物を投げるな」

「その顔は分かってない!!」

「陸!!」

鋏まで投げてこようとしたのにはさすがに慌てた。春樹は陸の手首を掴んで止めさせる。

「危ないから止めろって!!」

「放せっ!!」

あっさり手を振り払い、陸は椅子から立ち上がる。

「おい、何処に行くんだ」

「朔のとこだよ、気配だけで何処にいるかは分かるもの」

「行ってどうするんだ」

嫌な予感がする。陸が本気を出せば人間なんて木っ端微塵である。朔をかくまっている人間が危ない、というかそれ自体はどうでも良いが、陸が一般人を手にかければ“上”が煩い。

「・・・・・決まってるじゃない。朔を連れ返すんだよ、僕のところにね」

狂的な眼光に、春樹は思わず息を呑む。陸の肩を掴む。

「待て!!」

何とかして止めようとする。だが次の瞬間、陸の鋭い蹴りが春樹の腹部にマトモに入った。

「がっ・・・!」

「あんたたちだって朔を野放しにしとくわけにはいかないんでしょ?お偉いさんたちが動かないから僕が先行した・・・・・そういうことで良いじゃない」

まだ肩から手を放さない春樹の頬を殴りつける。堪らず膝を折る春樹の脳天に、

「お休み」

強烈な踵落としが命中する。春樹はなす術なく昏倒する。

陸の目に一瞬後悔の色が浮かぶが、

(・・・・・・・・待っててね、朔。すぐに会えるから・・・すぐ、気持ちよくしてあげるからね)

朔を、弟を求める気持ちの方が強い。

陸は薄っすらと微笑み、部屋を後にする。朔を取り戻すため。

朔を、絶望に突き落とすため。








次は恐らく陸と朔が再会します・・・・すると思います。良ければ次回もお楽しみに♪

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