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11、死生観と朔の涙

サブタイが〜っ・・・・・!

とりあえず久しぶりに更新の本編をどうぞ!!

「面白いことが起こっているようですね」

シルクハットを目深にかぶった黒スーツの男は真っ赤な唇を弓形に歪めた。笑っているのだ。

「・・・・・本職よりこちらのほうが面白そうだ。軍配は・・・あっちに上がりそうだが一見の価値はあるだろう」

あるマンションをぶつぶつ呟いて見上げていると、音もなく誰かが彼の横に立った。眼鏡をかけた物静かそうな風貌をした男。

「これはこれは春樹さん。ご機嫌如何かな?」

シルクハットは鍔を軽く摘んであっけらかんとした声で挨拶をした。それを瀬尾春樹は渋面で受け止める。

「公衆の目前で俺を下の名前で呼ぶなって言ってるだろう、如月」

「ふふっ」

シルクハットは微笑で苦言を受け流すと、

「良いんですか?公衆の目前で私とお話なんかしても。・・・なんて言いましたっけね、あなたの家来のお名前・・・あの可愛い顔をした、」

「陸は家来ではないし、本人の前で可愛い顔なんて言おうものなら噛み付かれるぞ」

「そうそう、その陸くんです。彼、怒るでしょうねぇ。・・・・・ところで家来といえばもう一人いましたっけね。・・・今は、」

スッとマンションの一室に指を伸ばし、にこりと唇だけで微笑む。

「あの部屋に人間といる、ね」

「だから家来ではないと言っている。・・・それにあいつが逃げ出したのは、お前の差し金だろうが」

「お見通しで。どうします、私を殺すんですか?」

春樹は眇めた目でシルクハットを見遣る。シルクハットは決して顔を見せようとはしない。帽子を脱がそうとしても抵抗はしないだろうが、良い顔はしないだろう。付き合いの長い春樹は彼のことをよく知っている。

「・・・どうやら殺す気はないようですね。ただの散歩ですか?」

「そんな訳がなかろう・・・朔が懐く人間とはどういったものかと気になってな」

「おやおや、鬼の瀬尾と呼ばれた前所長の息子とは思えぬことを仰る。あの方は常に血の気盛んで一族でも抑制が難しかったと言うに」

「俺をあの人と一緒にして欲しくないな」

渋面を更に深める春樹に、シルクハットは言葉を重ねる。

「家来を取り戻しに来た・・・といった面構えでもないし・・・・・さてはあなた、迷ってらっしゃいますね」

的を射ていた。春樹は押し黙り、陸の実弟・朔がいるであろう部屋を見上げる。何故朔の居場所がわかったかというと、決して陸に聞いたわけではない。シルクハットが朔を捨て置いた場所を報告書で知り、後は現地に来て朔の匂いを嗅ぐだけで事足りる。春樹の鼻は犬の何倍も嗅覚に優れ、何処でも重宝されていた。そのことはシルクハットも承知していて、春樹がどうやって朔の居場所を掴んだのかを不思議には思っていないようだった。

「・・・・・朔にとどめを刺さなかったのは、何故だ」

「私がじわじわ相手を苦しめるのが大好きだというのはご存知でしょう?あの子も例外ではない。じわじわ苦しめて死に至らしめるつもりだった・・・・・なのに明朝に捨て置いた場所に行けばあの子の姿はなかった。・・・歓喜に震えました。もっともっと苦しんで然る後に死ねと思いましたよ」

「・・・・お前は朔を殺したいのか、殺したくないのかどっちなんだ」

「と、仰いますと?」

恍けたような声を出すシルクハットを、春樹は真正面から睨みつけた。普段温厚で所員から受けのいい彼にしては厳しい態度だ。

「陸のもとからの脱走を手引きしておいて、朔を殺そうとしてるじゃないか。お前の行動には一貫性がないだろう」

そう。然る後死ねと思った、じわじわ苦しめて死に至らしめるつもりだったと言いながら、しかし朔を虐待していた陸のもとから朔が逃げ出せるような手引きもしている。まさか朔を殺すためだけに春樹や陸を敵に回そうとしているのか?

「・・・・・・どうなんだ。お前は結局朔を殺したいのか、生かしたいのか」

シルクハットからの応えは暫く無かった。

そして人の往来も全くない。どうやら相手の術中に迷い込んだらしい、と春樹が思い出したとき、

「どちらかといえば殺したいのは陸、のほうですね」

「・・・・・・何?」

予想していた答えとはどれとも異なり、春樹は思わず怪訝そうな声を上げていた。

「・・・・・・と言ったらどうしますか?」

「っ、お前っ!!」

「私に手玉に取られるようではまだまだですね、瀬尾春樹さん」

愉快そうに咽の奥でくっくっくと笑いながら、シルクハットは歩き出した。恐らく本来の職場に戻るのだろう。

「待て・・・!」

「あなたはあなたの思う道を進めば良い・・・・・・たとえ元親友が目の前に立ちはだかろうと、あなたはあなたのなすべきことをすれば良いんです」

・・・・・・伸ばされた手は取られることなく。

感情の読めない濁った瞳が、一瞬だけ昔の奴に戻った気がして、

でもそれは自分の錯覚で。

「もう、交わる道がなくても・・・あなたはあなたの生を生きればよい。私も、そうします」

五年前の情景が重なって、胸が痛くなる。

届かない手、届かない声。それでもあいつには届いていると信じた。信じないと正気でいられなかった。親友が“狂気”に囚われてしまったのが自分のせいだから、尚のこと。

「如月!!」

シルクハットは春樹の呼びかけには応えず、颯爽と歩き去った。

「・・・・・・・・・・・くそ、」

シルクハットが春樹の視界から消えた瞬間、雑踏が戻ってきて、買い物帰り風の主婦が春樹の毒づきに不思議そうな顔を向けた。








・・・・・俺に似ず、可愛い妹だった。まあ男に余り可愛いとは使わないかも知れんが。

名前は斗賀野蛍(とがのほたる)。真ん丸い目と愛らしい笑顔の持ち主だった。

「お兄ちゃん、大好き!」

「パパもママもだぁ〜いすきっ」

笑顔でいつも俺たち家族を癒してくれていたと言っても過言ではないだろう。

わがままは滅多に言わないし、過剰に泣いたりダダを捏ねたりして両親を困らせることもない。

小さい頃から出来た妹だったと思う。

そう・・・・・・“だった”。過去形だ。

斗賀野蛍はもう居ない。三つ下の妹は、俺が十歳、妹が七歳の時に死んだ。

俺が、殺したんだ。

人は言う。あれは笙汰の所為じゃない。不運な事故だった。

両親もそう言っていた。でも、あれは俺の所為だ。

守ろうと思っていたのに。お兄ちゃんだから、蛍のこと守ってあげないとね。

父さんや母さんからそう言われたから。二人が俺を頼ってくれていると分かったから。それに、一緒に遊んだり絵本を読んでやったりすると蛍は物凄く喜んでくれるから。だから、守りたかったのに。

でも、結局守れなくて・・・・・・


あの時、まだ十歳っていうガキだったけど、“死”は何も特別なことじゃないんだ、と自棄に冷静に悟った。死は常に俺たちの直傍にあって、楽しいことも嬉しいことも辛いことも哀しいこともあっさり根こそぎ奪い取っていくんだって。蛍の笑顔が一瞬にして奪われたように。

だから死は恐いものじゃない。生と同じで普通にあるものだから、恐れる必要なんてない。

俺はそう知ったんだ。





だから、俺は・・・・・・・・・





「あの、大丈夫ですか・・・・・・?」

「・・・・・・・・」

俺は思わず朔の頭をポン、と叩いた。

「な、何するんですか」

「別に」

素っ気無く言って、俺の顔を覗き込んでいる朔を遠ざけるように手をヒラヒラと振る。

俺はどうやら過去に意識を飛ばしていたらしい。恐らく朔を守れなかった妹と重ね合わせて大義名分を得ようとしているのだ。朔を守るのは、妹を守れなかったから。その償い。

「・・・・・さて、もう仕事する気分じゃねぇなぁ、」

「あ、ごめ・・・なさい」

「朔のせいじゃないさ」

俺は時計を見上げる。午後六時。意外と時間が経ったな、と今更ながらに思う。

「何喰いたい?・・・って腹減ってないか」

昼飯は結構食べた筈だし、大して動いていないし。そう思って言ったのだが、

ぐうぅぅぅぅぅぅ〜、と朔の方から物凄い音が響いてきて俺は思わず目を細めた。眼光に怯んだらしい朔が、赤面して顔を逸らす。何処まで行っても素直な反応をする奴だ。

「・・・・・減ってるみたいだな。まぁ健康なようで結構、」

「・・・・・・・」

「んな顔すんな。減らないよりマシだ」

俺はどっこいしょと年寄りくさい掛け声とともに立ち上がる。夕食は何にしようか。

「朔ってスパゲッティって喰ったことある?」

コクコクと真っ赤な顔で頷く朔。

夕飯は決定だな。俺は支度をするために台所へ移動した。







陸は見るからに不機嫌そうだった。外から帰った春樹はその不機嫌さにまた頭痛の種が増えたと思った。

「どうしたんだ、陸」

「うっさい、触るなっ・・・!」

腕を跳ね除けられる。

「朔のこと?」

陸が不機嫌になるのは朔のことか食事のことくらいだ。だから春樹はそう訊いたのだが、

「だったらなんだ!!」

更に逆鱗に触れてしまったらしい。顔を真っ赤にして怒鳴る。

(・・・・・頭痛いなぁ、)

「朔の奴、今度会ったらただじゃおかない。・・・・・・僕のことを馬鹿にして・・・・・・」

ブツブツ呟きだす。こうなったらもう放っておくしかない。春樹は溜息をついて、流れ弾があたらぬように部屋を出た。








「…ごちそうさまでした」

こいつは本当によく食べる奴だな、と俺はしみじみと思った。当初はスパゲッティのみだった筈が、白米やら有り合わせの野菜炒めやら缶詰めのフルーツやら、食べる食べる。ただ鳴海にしろ宝生にしろ店の仲間にしろ、俺の周囲には少食な奴が多いからまぁ新鮮ではあるが。

「……」

そしてすぐに眠そうに首を傾ける。こいつは食べるとすぐに眠くなる質なのだろうか。

「朔、眠いなら寝ていいんだぞ?」

だが朔は首を横に振って、立ち上がる。何をする気なんだ、こいつは。

「お皿……洗う、」

何で片言なんだ。まさかもう眠りに落ちていて、寝ぼけてるんじゃあるまいな?皿を割られては堪らないので、俺は朔の腕を掴む。

「良いから。寝てろ」

「…でも、」

「寝ろ」

強く言うと、朔は頷いて大人しく布団に入る。だが横になろうとしない。

「寝ないのか?」

「………怖い、から」

「は?」

「寝て起きたら……鳴海さんが死んでしまっているような気が、して、」

ギュッと握りしめた拳が視野に入って来る。不謹慎な物言いに怒るべきなのかと思うが、出来ない。朔は自分のせいで鳴海が生死の境目にいるのだと、自分を責めているのだろう。

「……鳴海は死なないよ」

朔は顔をはねあげて俺を見る。俺は自分がどういう顔をしているか分からないが、朔は俺を見て息を呑んだのは分かった。

「あんないい奴が、死んじゃいけないんだ……死ぬのは、俺みたいな奴で良いんだよ」

それは心の底からの本音で。脳裏にちらつくのは、妹である蛍の笑顔。鳴海の力なく閉じた瞳。

「…どうして、そんなこと言うん、ですか?」

朔の乾いた声に、蛍の笑顔や鳴海の瞳が脳裏から霧消した。俺は朔を見る。大きな瞳が潤み、

「……死んで良い人なんて、いません。どんな人だって生きるべきです……僕だって、」

堪えきれなくなったように俯き、長い前髪のせいで朔の目は見えなくなった。

正直自分の言葉で朔がうちひしがれるとは思ってもいなかった。

「……僕、寝ます」

消え入りそうな声で言い、朔は布団に潜り込む。俺は自分でもよく分からない感情に、ため息をはく。時計を見やれば、まだまだ俺が寝るような時間ではない。だが近くに寝る者が居るのに、煌々と明かりを点けていても良いものかと迷う。余り迷わないと自負出来る俺にしては珍しい。まだ一日も一緒にいないのに、朔に影響され始めているのだろうか。

「……悪いな、朔」

朔からの返事は、なかった。





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