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第15話 はぁ。そうなるとやっぱりやらなきゃいけないよな~

 特別外周探索授業も最終日。

 この日はビッグアントと出くわす事も無く、ピクニックで終わりを迎えようとしていた。

 残すは今夜開かれる特別授業の終了式と、引率してくれた先生と諸先輩方への労いを兼ねた終了記念パーティーが済めば、完全に終了である。

 俺達も規定の4時間が過ぎたので、外壁の門前まで帰り着いた所だ。


「今日は何事も起きませんでしたね」

「いや、何を期待してたんだよ!安全圏の探索なんだから、これが普通なんだって。この数日でビッグアントに5回も遭遇したってだけでも珍しい事なんだからっ!」


 ユカリさんが完全に戦闘狂になりつつある。その内「今宵の我が刀は血に飢えている」とか言い出しかねない。まぁ、ビッグアントは血どころか体液さえ撒き散らさないけど。


「う~ん、アタシとしてはビッグアント以外が出てきて欲しいかな~。折角の魔法銃が全然効かないんだもん!」

「そうでゴザル!ミーの手裏剣やクナイもあれの前では無意味でゴザルよ!!」


 ミサキさんとキャロさんも鬱憤が溜まっているらしい。

 2人にしてみれば戦闘要員として成り立たなかったので、この4日間、ただ歩いてお弁当やおやつを食べていだけだ。

 楽と言えば楽かもしれないが、暇の持て余し過ぎは逆にストレスになるらしい。

 と、3人に責め立てられても、俺にはどうしようもない。ビッグアントが出て来ないのも攻撃が通じないのも俺の責任ではないし、俺が念じたからといって別種のモンスターが襲ってくる訳でも無い。

 ただこういうのは大抵フラグだったりする訳なんだが。


「あれ?なんか今日は混んでない?」


 ミサキさんが言う通り、街へ通じる門の前には50人くらいの人集りが出来ている。

 学生服を着ている者も多数いるので、原々高戦生なのだろう。前の方には宗村先生の姿も見える。


「ねぇねぇ、何があったの?」


 近くにいた学生戦士にミサキさんが尋ねる。

 加護を持たない平凡極まりないスクールカースト底辺の俺では歯牙にも掛けられない可能性が高いし、ユカリさんは状況は理解出来るのだが人に説明するのが苦手、キャロさんでは近付こうとしても避けられる。

 なので愛嬌もあり、聞いた状況を完全に間違いなく覚える事の出来るミサキさんが適任だった。特に相手が男なら、ちょっと目を潤わせて上目遣いで尋ねれば、なんでも教えてくれるだろう。

 尋ねた相手とミサキさんが楽しそうに喋っている姿にちょっと嫉妬しながら待っていると、ミサキさんが戻ってくる。


「なんか、森の奥からゴブリンの群れが向かって来ているのが見つかったんだって。その討伐隊を編成してるみたい」


 早速、フラグ回収かよ!

 どうやらミサキさんが聞いて来た話によると、引率していた上級生や卒業生と一部の生徒、特に戦闘系に特化した加護を持つAクラスやBクラスの生徒を集めて、ゴブリン討伐に出るらしい。

 ゴブリンと言えば有名RPGのザコモンスターとして知られているが、その実態はかなり厄介で危険なモンスターだ。

 常に複数で行動し、知恵もあるので道具を使ったり罠に嵌めたりもする。大きさは子供程度だが、凶悪な顔をしているので、人によっては姿を見ただけで萎縮してしまうし、魔法を使うゴブリンもいたりするという。

 しかもかなりの群れとなると統率するリーダーが存在するという事だ。

 総数は分からないが、宗村先生の表情を見る限り、100匹以上はいるんじゃないだろうか。

 それに対してこちらで戦う力を持つ者は約130人。数では上回っているが、その8割が数日前に初めて外周探索に出た新人であり、その内の約30人は探索レベルが足りずに地獄の特訓を受けている真っ最中か、俺達のように安全圏のみの探索を許された実力不足の者達だ。

 更に今回の特別外周探索授業で引率を任された卒業生は、基本的に遠方探索には力不足を感じたり、力が衰えて引退を考えている者が殆どであり、先生に至っては基本的に探索者を引退した身。

 上級生だって、成績が振るわず、補習授業の意味合いで参加させられている者ばかりだ。

 もし今が夏休みでなければこの3倍、しかもその多くが一騎当千の探索者だったはずだ。

 だが今はこの街には殆ど居ない。

 長期の休みを利用して地球の実家に戻る者もいれば、アスガリアで遠方まで探索に出る者。強者程、この地から離れた場所にいる事が多いからだ。

 つまり現状で戦力となり得るのは、今ここに集まっている50人くらいだろう。


「戦力的には圧倒的にこちらの方が不利でゴザルな」

「人数が多くても殆どが実戦経験に乏しいですからね。特に人型となれば躊躇いも生まれますでしょうし」


 ゴブリンは人語を話さないとはいえ、知恵と感情を持ち、人に似た姿を持ち、殺意剥き出しで向かってくる。

 その上、加護持ちの1年生はつい3ヶ月前にゴブリンの姿に似た上位種ともいえるオーガに殺された恐怖が刻まれている。

 戦闘経験は少ないし、集団戦闘の経験なんてものは皆無。加護だって有用的な使い方は身に付いていないだろう。

 恐らく最初は引率勢が奮闘するだろうが、時間が経って体力が落ちれば、数に押されて蹂躙されるのは間違いない。


「けど俺達に何かできる訳じゃないしなぁ」


 ゴブリンの群れを迎え撃つ場所は、安全圏より3kmも離れた場所だ。

 探索範囲制限のある俺達では手伝う事すら出来ない。


「出来るのは精々、街の周囲の監視くらいなもんだろうけど……」


 そう言いながらも俺はその後の事を考える。

 これから討伐隊が向かい、健闘したとしても俺の予想通りなら、討伐隊は全滅まではいかなくても壊滅はするだろう。そうなるとゴブリンの群れは3時間以内には安全圏にまで到達すると考えている。

 この街は10mを越える壁で覆われている為、そう簡単に越える事は出来ないし、中へと通じるのはここの門だけなので、ここさえ死守出来れば立て篭もるのは容易だ。

 物資も豊富だし、もし足りなくなっても地球側と行き来が簡単に出来るから足りない物資も補充出来る。帰省している学生をすぐに呼び戻す事も可能だ。

 だがもしそうなった場合、原々高戦の評判はガタ落ちするだろう。

 探索者を養成する学校なのに、時期が悪かった事を差し引いても、ゴブリン程度にいいようにされたとなれば、言い逃れは出来ない。

 街で待ち構えていた方が有利に戦えるし、被害も抑えられるのに、わざわざ討伐隊を編成するのはそういう理由がある。


「ここはアスガリアで一番安全で平和な場所だからという理由でスポンサーになっている企業や貴族が居るでゴザルから、至極尤もでゴザルな」


 そんな企業や貴族の資金援助のおかげで俺達は学費を払う事無く、通学出来ているし、生活出来ているのだ。

 もし評判が落ち、資金の援助を受けられなくなったらどうなるかは考えるまでも無い。


「はぁ。やっぱりやらなきゃいけないよな~」


 正直に言えば、立て篭もって不在の上級生を待つのが最良の策だ。

 だがそれが出来ない以上、俺がすべき事は侵攻してきたゴブリンを1匹たりとも安全圏内へ入れない事。


「ミサキさんは討伐隊に参加出来なかった連中に協力要請を。あ、人手は多い方が良いんで、戦闘能力のある無しに関わらず声を掛けてくれ」

「うん、分かった」


 ミサキさんは俺が何をやろうとしているのか分かっているのか、理由も聞かずに門の向こうへ走って行ってしまった。

 まぁ、頭の良い彼女ならきっと理解しているだろうし、上手くやってくれるだろう。


「キャロさんには監視を頼む。安全圏のギリギリの場所で木の上に登れば、ある程度状況を把握出来るだろ?」


 キャロさんは超ジャンプ力以外にも目が驚く程良いという特徴がある。

 俺が双眼鏡でようやく見えるというものをキャロさんは双眼鏡無しで見れるのだ。というかもしかしたらあの犬頭の目には望遠レンズでも仕込まれているのかもしれない。

 まあ、それはともかくとしてキャロさんには逐一、現状の報告をして貰う。討伐隊の敗走状況やゴブリンの進攻位置や速度が分かるだけでもかなり違うからだ。


「ユカリさんにはこれらを買えるだけ買って来て、俺の所まで持って来て欲しい」


 俺はメールで必要な物資のリストと共に俺の持つ全財産をユカリさんの端末に送る。

 正直に言えば、これだけあっても足りるかどうか怪しい。

 討伐隊が俺の予想を上回ってゴブリンを1匹でも多く倒してくれる事を祈るしかない。


「さぁて、気は進まないけどやるべき事をやるとするかっ!」


 討伐隊の出発と同時に俺も準備を始める為に駆け出した。



 *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *



 討伐隊の壊走の連絡がキャロさんから届いたのは2時間後。

 もう30分は早いと思っていたので、結構奮戦したという所だろうか。


『流石にゴブリンも疲れたようでゴザルな。追撃部隊以外は戦闘が行われた場所で休んでいるでゴザル。それと嬉しい知らせと残念なお知らせがあるのでゴザルが、どちらから聞きたいでゴザルか?』


 こういう時の良い知らせというのは、大抵が現状より悪くならないという知らせだ。そして悪い知らせはとことん悪い知らせだ。

 大体は良い方を聞いてから悪い方を聞いて打ちひしがれるので、それに逆らって残念な方から聞いてみる。


『そっちから聞くとは主様はなかなか通でゴザルな』


 何が通なのかよく分からない。


『残念なお知らせの方でゴザルが、討伐隊が交戦した100匹ほどのゴブリンは先遣隊だったようでゴザル。奥に大型のゴブリン2体に率いられた50体ほどのゴブリンの本隊を見つけたでゴザルよ。そしてその奥にゴブリンとは似てるけど違う雰囲気を持つゴブリン…いやあれは多分オーガでゴザル!?』


 恐らくはそのオーガがこの群れのリーダーだろう。

 だが精鋭らしき増援が居た上にオーガまで居るとなると中々に厳しい展開だ。


「それで嬉しい知らせの方は?」

『討伐隊の死者数は21人。ゴブリンの方は50匹程が倒されたようでゴザル。現在ポイントCを敗走中でゴザル』


 討伐隊はかなり健闘したようだ。

 俺の予想では全滅か数人が残るだけだと思っていたし、討伐数も30まで届かないと思っていた。

 きっとこの数日の外周探索授業で成長を遂げた生徒達が多く居たのだろうし、上級生や卒業生などの戦闘経験者がいた事も理由の1つに挙げられる。

 だがいくら奮闘しようが結果は俺の予想通り。

 それにこのまま追撃を受ければ、生き残った者達も危険だ。

 まぁ、放っておいて死んだとしてもどうせ生き返れるんだけど、その場合、一度、肉体が粒子レベルに分解されて校内にある医療カプセル内で肉体が再構築されて蘇るのだそうだ。しかも再構築された肉体は魂が定着するのに数時間を要するらしい。

 そうなると安全圏の手前に敷いた防衛線での戦力が減ってしまうので、なるべくなら1人でも多く助けたい所だ。


「ミサキさん、聞こえたね!防護班と撹乱班に連絡。すぐにポイントCに向かって、追撃してるゴブリンの注意を逸らしつつ、討伐隊の生き残りの救出を!」

『了解してるよ~♪あ、防護班は戦闘力が低いんだからなるべくゴブリンに近付かないようにしてね~。それとゴブリンの注意さえ逸らせればいいから、撹乱班は無理して倒そうとはしないでいいからねっ』


 ミサキさんの協力要請を受けて俺の立案した防衛作戦に参加した他パーティーに彼女は的確に指示を出している。

 このポイントに配置された人員は参加者の加護の内容を聞いてこちらが再編成したパーティーだ。

 殆どのパーティーが討伐隊の方に戦闘職の人員を派遣していたので最初は渋られたが、岬さんの説得とここで活躍すれば評価が上がるように俺が宗村先生を通して校長と交渉したので、なんとか従ってくれた。

 ポイントCと呼ばれる場所は安全圏と戦場の丁度中央辺り。

 派遣されるのは回復系加護を持った7名とそれを守る防御系の加護を持つ盾役の5名からなる防護班と、遠距離攻撃加護は持っているものの、威力が弱くて討伐隊には選ばれなかった8名による撹乱班だ。

 学校側が推奨する4人のバランス型パーティー構成では無く、ゲリラ戦で能力を最大限に発揮出来るように能力に特化した構成にしてある。

 殲滅能力は低いので正面から殴り合えば勝てないが、防護班の盾役が守りつつ、回復役が常に負傷者の回復を続けて逃げ回り、撹乱班が間合いの外から嫌がらせのように攻撃し続ければ、かなり時間が稼げるし、街まで逃げ帰ることも十分に可能だ。

 その間に討伐隊の生き残りを街まで下がらせる為に囮役になる事が彼らの役目だ。

 一応、形式上は4人ずつのパーティーで組んではいるが、班で1つのパーティーとして動くように厳命してある。

 機動力は落ちてしまうが、大抵の学生なんて義務教育課程で集団行動を強いられてきた影響もあって個別行動より集団行動の方が慣れているもの。そっちの方が上手く動けるだろう。

 それに撤退時だけパーティー単位になれば、機動力も上がる。

 まぁ、今の状況だと撤退するような事態にはならないだろうけど、念の為である。


「ユカリさん!ポイントTの状況は!?」

『はい。急いでいますが全部を設置するには後30分は必要です。やっぱりユウキさんがいないと設置効率が下がってしまいます』


 ユカリさんに指揮を任せてあるポイントTには、俺の今までの経験を生かした数々のトラップを仕掛けている。俺が全体の指揮をしなけりゃいけない為、設置方法を教えて後を任せたのだが、やはり慣れていないと時間が掛かってしまうようだ。

 ゴブリン達が疲弊して休んでいる為、30分程なら時間が稼げそうだというのは幸いと言って良いだろう。


「分かった。そのまま作業を進めてくれ。ただしもしゴブリンが接近している事が分かったら、例え途中でも作業を中断する事。いいね」

『はい。分かりました。その時は私が足止めしますから大丈夫です!』

「いや逃げろって言ったんだよ、俺は!」


 全然、全く分かってはくれなかった。

 トラップを設置している所を見られたら知恵のあるゴブリンは警戒して迂回するはずだ。だからポイントTにゴブリン達が着く時には、そこで作業されていては困るのだ。折角の大量のトラップが無駄になってしまうからだ。


「ユカリさん。絶対に俺の命令に従うんだ、いいね?そうじゃないと嫌いになっちゃうよ」

『は、はい!ごめんなさい!絶対に従いますからっ!だから嫌わないで下さいっ!!』


 正直、彼女の好意に付け込むようなやり方は好きじゃないけど、今回はどうしても引けない場面だったし、説明をしている暇も惜しかったので仕方がない。


『主殿!別動隊がポイントAからポイントCに向かっているでゴザル。このままだと防護班が挟み撃ちにあうでゴザルよ』

「了解。ミサキさん!」

『はいは~い。こっちでも状況は把握してるよ~。強襲班がもうゴブリンの別動隊を確認済みだから、いつでも行けるよ~』

「それじゃあ、背後から強襲してくれ。くれぐれもヒット&アウェイを忘れずに」


 時間の経過と共に戦況は刻々と変化していく。

 この群れをゴブリンより知恵のあるオーガが率いているからか、意外とゴブリン達は戦略的な動きを見せている。

 だけど俺の予想を上回るものではない。

 別動隊の動きだって予測していたからこそ、強襲班が待ち伏せする事が出来ている。

 強襲班には隠密性とスピードに特化した人員を配しているので、相手には見つかり難いし、見つかってもすぐに逃げ出せるようになっている。そして不意を付けるなら一撃離脱も可能な構成だ。


「さて、これで討伐隊の生き残りの方はなんとかなるか。後は本隊の動き次第だな」


 俺は姿の見えない敵指揮官であるオーガに敵意を向けるように森の奥を見据えるのだった。

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