第12話 俺は特に秀でた所の無い中途半端で凡庸な男だ
夏休みに入り、とうとう外周探索特別授業が始まった。
といっても初日は参加者全員が能力測定を行う事になっている。
一歩街の外に踏み出せば、そこには入学式の際に出会ったオーガのようなモンスターがうろつく世界だ。
基本的に上級生もこの街を拠点に探索をしているので、ある程度の強さのモンスターは狩り取られているので、あそこまで凶悪な奴は存在しないけど、それでも戦う術を持たない者にとっては脅威となるモンスターが存在する。
外周探索ではそういったモンスターに出会う可能性があるので、ある程度の強さを必要とする。
それを調べるのがこの能力測定の目的だった。
どのようにやっているかというと、一言で言えばよくある体力測定である。垂直跳びとか腹筋、背筋、腕立て伏せに100m走などなど。
ちなみに今、俺の前ではユカリさんが1分間懸垂の真っ最中だ。
背の高い鉄棒にぶら下がり、1分間で何回の懸垂が出来るかというのを測るのだ。
当然、回数を増やす為には素早い上下運動が必要であり、ユカリさんが1回懸垂を行う毎にぷるんと揺れる。それが高速で行われる為、ぷるぷると揺れる。
しかも夏用体操着で薄着になったので余計にその揺れが良く分かる。
ついついその揺れに見惚れてしまった俺は、年末年始とかにスポーツ選手や芸能人がよくやっている某怪物箱のように尋常じゃない高さの跳び箱の踏み台を踏み外してしまい、うまく跳べずに跳び箱に激突してしまった。
良いものは見れたが、おかげで俺の跳び箱の結果は17段で終了だ。まぁ、平均が15段だし、平均を越えたので問題は無い。
ちなみに言うと、この平均値は加護所持による副産物の身心能力向上が入っての平均であるので、こういう一般的な高校生ではありえないものとなっている。
ユカリさんのやっている1分間懸垂だって平均が60回だ。
鍛えていなくても平均的にそれが出来るのだから、身心能力向上はもう凄いとしか言いようがない。
しかも鍛えて基礎能力が高まっていればもっと出来るようになるのだ。
おっと、ユカリさんが懸垂を終えたようだ。全力を出し切ったという感じで鉄棒の脇で座り込んで、顔を上気させて乱れた息を整えている。
それがまたエロい。
ほら、順番待ちしていた次の男子生徒が前屈みになって、中々始められずにいるし。
まぁ、それはさておき、俺も次は懸垂をしなければならないので、ユカリさんに礼を…もとい労いの言葉を掛けるついでにそっちに向かおう。
「ユカリさん、ありがと…じゃなくてお疲れ様」
「あっ、ユウキさん。ありがとうございます」
俺がユカリさんの前に着く頃には、既に息を整え終えたらしく、普通に答えを返してくる。
くっ、こんな事ならもっと急いで来れば良かった。
「全力でやってみましたが、やっぱり100回の壁は越えられませんでした」
「えっ?な、何回だったんだ?」
「98回です。もう少しはやれると思ったのですが」
「えっ?!はっ?何回だって?」
俺は思わず聞き返してしまった。
「98回です」
どうやら聞き間違えではないようだ。
加護持ちでさえ60回が平均だ。確かにユカリさんは幼い頃から実家の剣術道場で鍛えていたので平均を越えはするだろうとは思っていたけど、まさかここまでとは。
「ユウキさんは?」
「あ、ああ。俺はこれからなんだけど……」
「そ、それじゃあ折角ですし見学させて頂きますね」
先程までの息が上がっていたのとは別の意味で頬を赤らめているのが俺にも分かる。多分、ユカリさんは俺の雄姿を見ていたいのだろう。けど、はっきりと言いたい。多分、俺、98回は越えられないからっ!!
恐らくユカリさんは俺が彼女の記録を軽々と越える記録を出すだろうと期待している。そんな期待の目を向けられているのが分かる。
確かに俺は毎朝のランニングで体力作りをしているし、加護も持っているので身体能力は向上しているが、この能力測定で体力と持久力が目立って向上している事がはっきりした。
その代わりという訳ではないだろうが、瞬発力とか敏捷力などの上がり幅は小さい。
100m走や反復横跳びでは後半になっても疲れなかったおかげで平均を余裕で越える結果を出せたが、垂直跳びではなんとか平均ギリギリだった。
そしてこの懸垂は1分間での回数を測定する為、筋力や体力と共に速さが求められる。つまり瞬発力だ。
順番が回ってきたのでとりあえず準備をするが、ユカリさんの期待の視線が痛い。というかいつの間にかユカリさんの隣にミサキさんまで居て、同じように目をキラキラさせて俺の方に視線を送っている。
くっ、こうなりゃやるだけやってやるっ!ああ、そうさ。0.6秒で1回やればいいだけだ!俺ならやれる!彼女達に良い所を見せてやるんだっ!!
「やってやるぜっ!!」
俺は気合を入れて1分間懸垂を開始した。
そして数分後。
俺は項垂れ、ミサキさんに頭を撫でられていた。
「ユウキはよく頑張ったって。こっちの筋肉女の方が異常なんだから、気にしない気にしない」
「誰が筋肉女ですかっ!1回で力尽きた人には言われたくありません!」
「加護を持ってない普通の女子高生はあんなの出来る訳ないってばっ!」
2人が何やら騒いでいるが、俺が落ち込んでいる理由は懸垂の結果だけが理由じゃない。
確かに俺の結果は63回でユカリさんには遠く及ばなかった。最初から敵わないと思っていたのでこれに関してはショックは殆ど無い。
問題があったのは他の測定値だ。
俺の測定値はその殆どが可も無く不可も無くの平均点丁度くらいだ。加護持ちの中でも完全に中の中のど真ん中だ。
俺としては加護を持っている事を他の人に知られたくないという理由から、悪目立ちしない程度の能力値に収まっているので良い事なのだが、加護を持たないはずのユカリさんが身体能力面で全て俺を上回っていたのだ。
そして俺を慰めてくれているミサキさんの方も、知力や、魔法への適正を数値化した魔力、気配や魔力を感知する感応力といった魔法能力面で高い数値を叩き出している。
ちなみにこの魔法というのは、加護とは別種の、適正があれば誰にでも使えるようになる、大気中に魔力が含まれているアスガリア世界でしか使用する事が出来ない万能な能力の事だ。
ライターやマッチ代わりに火を熾す事が出来たり、懐中電灯のように明かりを灯したり、扇風機代わりにそよ風を吹かせたりと様々な事が出来る。
ただし加護のように強力では無いので、魔法の炎で一瞬で燃え盛らせるような事は出来ないし、暴風を吹かせて吹き飛ばすといった事も出来ない。あくまでも日常生活に使える程度の威力しか無い。
まぁ、使えないよりは使えた方が便利なのは確かだが。
少々、脱線してしまったが、ミサキさんは身体能力面では普通の女子高生だが、魔法能力面では俺を遥かに越えているという訳だ。
全てにおいて平均的で平凡な俺に対し、ユカリさんは身体能力で、ミサキさんは魔法能力で俺を越えていたのだ。
俺が加護のおかげで身心能力が向上しているにも関わらずにだ。
うちのパーティーメンバーである最後の1人のキャロさんもちょっと様子を見に行ったら、垂直跳びで5mとか跳び箱で32段を軽々と越えて月面宙返りまでして見事に着地を決めていたりした。
得意げに着地ポーズを決めていたので、犬頭の中はかなりのドヤ顔だったに違いない。
あの様子だとパーティーメンバーの中で俺が一番弱いって事になりそうなので、そりゃ落ち込みたくもなるってもんだよ。
「あはははっ、うん、気にしてないから大丈夫だって」
正直、自分でも顔が引き攣っているのが分かるし、強がりを言っている自覚もある。ただ結果は結果なので真摯に受け止めるよ、俺は。
「あ、ほら。ゲームとかだって、勇者って主人公なのに能力的には平均だったりするじゃん!ユカリっちは攻撃に特化した戦士系で、アタシは魔法使い系だって思えばっ!それにほらほら。こんな美少女が慰めてあげてるんだから元気出そうよ~」
どさくさに紛れてミサキさんは俺の頭を胸に抱いて押し付けてくる。
ユカリさんには到底敵わないが、彼女も女子であり、15歳という成長期だ。男子にはない特有の柔らかさでちょっと別な所が元気になりそうだ。
「…っと、ほら!元気になった。元気になったからもう離れてっ!!」
このままだと本当にヤバそうだったので俺は慌てて、ミサキさんを引き剥がす。
俺自身がクラスから無視されているとはいえ、2人の美少女に囲まれている状況を疎ましく思わない者はいない。その上でミサキさんの過剰なスキンシップは爆薬庫で花火をしようとするものだ。
更に言えば、今以上にミサキさんがベタベタしてくると、今は人目のせいで大人しくしているユカリさんがどんな行動を起こすか分からない。
今にも爆発する爆薬庫に核弾頭を追加するようなものだ。
だから俺は甘く柔らかい誘惑を強引にでも振り払わなければならないのだ。
「…あ、ほら。そろそろキャロさんも全部終わりそうだし、今の内に集計を済ませておこう!うん、それが良いと思うぞ」
「あ、それもそうだね。キャロっちが来たら、すぐに計算出来るようにしておけば楽だもんね」
「そうですね。時間は有用に使いましょう」
こういう引き際をしっかりと見極めているミサキさんは有能だし、感情を抑え、空気を読んでくれるユカリさんにも感謝だ。
ただ先程の俺とミサキさんの遣り取りで少し不満が募っているようなので後でケアしておかないといけないかな。
さて、それはともかくとして測定値の算出である。
今回の能力測定では各人のレベルを算出する事が目的だ。
ゲームや最近よくある転生モノには、世界そのものにレベルとかステータスとかが一目で分かるシステムが存在しているが、いかに加護と魔法のあるこのアスガリアでもそんな便利なシステムは存在しない。それ故に原々高戦では独自にレベルを設定しているのだ。
今回の能力測定の平均値をレベル1として、平均値の2倍を越えればレベル2、更にその倍を越えればレベル3という風に倍々でレベルが設定されているのだ。
そして全ての測定結果の平均値が各人の現在のレベルになるという訳だ。
測定結果は、どういう原理かは不明だが勝手に俺達に与えられた携帯端末に記録されているので、後は自分達で計算するだけだ。
どうせならその計算も自動でしてくれてもいいのにと思うのだが、出来ないのは何かしら理由があるのだろう。まぁ、電卓アプリが内蔵されているので不便ではないけど。
ユカリさんとミサキさんが一所懸命に自分のレベルを計算する中、俺はそれを眺めながら、小さく溜息を吐く。
2人の自分に好意を寄せる行動には大分慣れてはきているけど、それが周囲に及ぼす影響を考えると心労は絶えない。
既にこちらの世界に来てから3ヶ月以上が経っているのに、彼女達の俺に対する熱は冷えるどころかどんどん増していっている。どうやらその想いは、命や貞操の危機を救った吊り橋効果による一過性のものでは無かったようだ。
ただ俺自身、彼女達の想いに対して何も返せていない。
好きかどうか問われれば好きと答えるだろうが、それは恋愛感情とは別の意味の好きだし、美少女2人に言い寄られて悪い気分にはならない。
けれどどうしても俺は自分に自信が持てずにいた。
今の測定結果からも分かる通り、俺は特に秀でた所の無い中途半端で凡庸な男だ。
俺より強い奴、俺よりイケメンな奴、俺より彼女達をよく見ている奴。こんな俺なんかより彼女達に相応しい奴がこの学校には山程居るはずだ。
そう思うとどうしても一歩を踏み出せない。決して童貞で恋愛経験が殆ど無いからじゃないぞ!
「難しい顔をしてどうしたでゴザルか?」
いつの間にか測定を終えたキャロさんが目の前に立っていたので、俺は浮かんでいた不安やら何やらを頭の隅に追いやり、何事も無かったかのように応対する。
「え、ああ。レベルの平均値を計算していたんだよ。そろそろ2人も終わるだろうから、キャロさんも自分のを計算してみてくれ」
外周探索にはある程度のレベルが必要となるが、それはパーティー単位での総合値で判断され、総合レベルが高ければ高い程、街から離れた場所の探索が可能になる。
そしてパーティーの合計値が一定を越えていないと外周探索の許可が降りないという仕組みだ。
ちなみに先程彼女達に計算を促した言い出しっぺの俺だが、さっきから彼女達を眺めて考えに没頭している事から分かる通り、実は計算する必要がなかったりする。
なぜなら全て平均のオールレベル1。だからレベルも1より多くも少なくもならないのだ。
「私は出ました。0.6ですね」
ユカリさんはレベル2以上のものはなかったが、運動系に関しては軒並みレベル1であったこともあり、苦手な魔法系が全滅でも、加護を持たない身としてはかなり良い結果と言えるだろう。
「えへへっ、勝ったね~。アタシはギリギリ0.8ってところだよ」
ミサキさんはユカリさんとは逆で運動系は全滅だが、魔法系でいくつかレベル2にまでなっているおかげで、総合レベルで越えたようだ。
これで3人の合計レベルは2.4。
外周探索に参加する最低パーティーレベルが3なので、後はキャロさんが0.6以上なら条件を満たす事になる。
キャロさんはCクラスだし、加護も持っているし、チラッと見た垂直跳びや跳び箱の様子から考えて、最低ラインは余裕でクリアするだろう。
「って訳でキャロさんも平均レベルを計算して貰えるかな?」
俺がそう言うと、何故かキャロさんはいきなりその場にしゃがんで地面にのの字を書き始める。犬頭にもどこか影が差していて哀愁が漂っている。
「…ミーは……ミーは……皆さんに合わせる顔が無いでゴザルよ……」
キャロさんは何を言っているのだろうか。元々犬ぐるみのせいで顔を合わせた記憶が無いので、今更………って、そういう意味じゃないとしたら!?
「キャロさん!悪いけど端末借りるよ!!」
「ああっ!プライバシーの侵害でゴザルよ~」
そんなこと今は知った事ではない。
借りるというか半ば強奪して、キャロさんの計測結果に目を走らせる。
俺が見た垂直跳びと跳び箱、そして幅跳びはなんとレベル3というとんでもない記録が記されていた。そしてそれ以外の記録も信じられない数値だった。
「この3つ以外……全滅?!ちょっ、ちょっと待てよ!そうすると……」
手早く計算した結果は0.56。
「ユカリさん!ミサキさん!小数点第2位…いや第3位まで計算し直してくれ!!後、0.04足りないっ!!」
「ミーの能力向上は跳躍力特化なんでゴザルよ~~~~!!!!」
キャロさんの嘆きの叫びの中、ユカリさんとミサキさんは再び計算をやり直すのであった。
あけましておめでとうございます。
昨年末はご迷惑をお掛けいたしましたが、今年も宜しくお願い致します。




