おっさんのお見合い相手がおっさんだった場合
三十歳を超えて童貞の男は魔法を使えるようになるという。
では童貞とフリーターと薄毛を兼任しながら今年四一歳になる俺は何だろう。大魔道士か何かだろうか。
どちらかというとアンデッドとかグールの方が近い気がするが。
昨年、二十年以上勤めていた会社をクビになった俺は最近アルバイトを始めた。
主に厨房で皿を洗ったり、皿を割ったりしている。
バイト仲間達は俺のことを親しみを込めて「終焉の使者」「Mr.末代」「顔面死体」などと呼ぶ。
大学生のバイトリーダーだけは俺を庇ってくれていて、俺がミスをしたときは「死人さんだって頑張ってるんだぞ!」と言ってくれた。
そんなどうしようもなく孤独死街道をひた走る俺だが、最近何かに憑りつかれたかのように結婚願望が湧いてきた。
きっかけは同い年の友人が結婚したことである。彼の結婚相手は人間かどうかも怪しいクリーチャーではあったが、奴の幸せそうな顔を見ていると、どうしようもない虚しさと焦燥感に囚われてしまったのだ。
よし婚活しよう。婚活サイトに登録だ。
俺はスマホをぽちぽち押しながら自分の個人情報を入力していく。
とは言え、こんな底辺擦り切れ一杯アラフォーおじさんの元に嫁いでこようとする女なんているのだろうか。ちょっと盛っとこうか、とも思った。
だが後に嘘だと分かったら面倒なことになる。ここは正直に嘘偽りなく答えよう。
名前:飯田 浩司
年収:200万円以下(100万円以下が無かったため)
職業:飲食業(嘘はついていない)
自己PR
『確かに私の年収は確かに少ないし、女性と付き合ったことは無いし、髪の毛も薄いかもしれない。でも二十年間同じ会社に噛り付いて頑張った根性があります。
もしあなたがとんでもないDV女でも、口から塩酸を吐く化け物だとしても、ゴキブリのようにしぶとく結婚生活を続けていく自信があります。
あとシールを剥がすのが得意です』
以上の条件で検索した結果、ヒットしたのは四人だけであった。
おかしい。いくら俺が絶命的だとしても少なすぎる。あと百人くらいヒットしてもおかしくないはずだ。
そして俺はきっと自己PRがまどろっこし過ぎるのだと思い至った。そこで短く
『薄毛だお★』
にしてみた。
三人減った。
ここまで来ると残りの一人が気になって仕方なくなる。
一体どんな物好き女なのだろうと思ってプロフィール写真を見てみると、なんと可愛い。
名前:金田 昌美
年齢:二十五歳
職業:薬剤師
え? 本当に? これ絶対サクラだろう。いやいや、さすがにこんな分かりやすい罠に引っかかる奴なんて猿以下の知能しか持ち合わせてないぞ。
俺は速攻でお見合いを申し込んだ。
※※※
見合いに指定された場所は高そうな料亭で、なんと相手の親が俺の分まで奢ってくれるというのだ。
先に着いた俺は和風の個室でソワソワしながら待っていた。
果たして来るのは写真通りの女の子なのだろうか? 詐欺だったらどうしようか、とこの後に及んで怖くなってきた。
いや、もし本当に二十五歳の薬剤師が来たら、それはそれでコチラが詐欺みたいになるだろうか。
でもこちらは写真とプロフィール通りのヨレたおっさんのだから問題ない。
そんな事を考えていると、フスマが開いた。
「こんにちは」
顔を出したのはにこやかに微笑む女性だった。
写真の通りショートカットの髪型の色白美人だ。
ウッヒョー若い娘だ! やったぜ! もうサクラでも何でもいいや!
「どうもはじめまして。わたくし飯田と申します。ええ、どうぞ中へお入りください」
俺は無駄に低い声で挨拶したあと、自分が金を出したわけでもない席に金田昌美さんを招き入れる。
ふと昌美さんの後ろにもう一人いることに気づいた。
「はじめまして飯田さん。私は昌美の父の啓司と申します」
恰幅の良い、白髪混じりの男は笑顔でそう名乗った。
そうか。この人が俺のお義父さんになるわけか。
「どうも今日はよろしくお願いします、お義父さん」
二人が俺の向かい側に座ったところで俺も席に着く。
すると、昌美さんがおもむろに立ち上がった。
「じゃあ私は席を外しますね」
え?
「化粧直しですか?」
すると昌美さんは父親の頭を指差して思いがけない事を口にした。
「いえ、私は保護者です。父の付き添いで来ただけなんです」
ごめん。全然意味が分からない。呆けている俺を若干不憫そうな目で眺めながら昌美さんは続ける。
「飯田さん、騙してごめんなさい。本当のお見合い相手は私じゃなくて、そこに座っている私の父なんです」
「え? え!? いやちょっと状況が……!」
「じゃあ後は、枯れた者同士でごゆっくり」
「なに? 枯れた者同士って!?」
しかし昌美さんは有無を言わさずフスマを閉めて立ち去ってしまった。
どうするんだ、これ。と思っていると今度は昌美さんの父親である啓司が口を開く。
「あの、飯田さんの趣味は?」
おい続ける気かこのおっさん!?
俺はしばらく沈黙していた。これは完全な契約違反であり、この場で俺が怒って帰っても何ら非難される筋合いはない。
だが、これが昌美さんによるテストだとしたら……?
ひょっとしたらこの理不尽な状況で、自分の父親に優しく接してくれる人を見極めているのかもしれない。いや、そうに違いない。
美女を一目見てしまった俺はどこまでも楽観的だった。
「わ、私の趣味は釣りです」
「ほう、なにをお釣りになるんですか?」
「最近はスズキを釣るのにハマってますね」
「田中は釣れないんですか?」
「いや釣れないですね……」
何この会話……?
ギャグでボケてるのか本気の痴呆なのか分からねえ。
「飯田さんはどんな仕事をされてるんですか?」
来た来た。俺が最も聞かれたくない質問が。婚活サイトでは「飲食業」としか書いていなかったからな。
だがここは素直に答えよう。
「ああ僕、実はファミレスで働いてるフリーターなんです」
すると啓司は豪快に笑い始めた。
「ああフリーター! どおりで冴えない顔をしてるわけですね!」
はっ倒すぞこのオッサン!!
俺は喉まで出掛かった汚い言葉をどうにか飲み込む。
「ところで飯田さんの好きな動物はなんですか?」
好きな動物か。特に動物好きってわけでもないけど、昌美さんのプロフィールに
「犬好き」って書いてあったからな。犬好きって答えとこう。
「犬が好きです」
「じゃあ好きな料理はドッグフードですね?」
「何その帰納法」
この人アルツハイマーが進行しているんじゃないのか?
啓司は少し間をおいて、今度は少し落ち着いた口調で喋り始めた。
「飯田さん、この料亭に来て正直おどろいているでしょう?」
「いや、それはもうビックリですよ」
「私もフランス料理の店とどっちにしようかすごく悩んだんですよ」
「そこじゃねえよビックリポイントは! 俺が驚いてるのはなんで俺の見合い相手がオッサンなのかってことだよ!」
「なんだそんな事か」
「そんな事!? こっちは人生掛かってるんだぞ!」
「見合いの相手が男か女かなんてどうでもいいじゃないですか」
「じゃあアンタ男と結婚できんのかよ!」
「はい」
「はい!?」
これが幾ら昌美さんの与えた試練だとしても、もう無理だ。
俺は勢いよく席を立った。そして啓司に一瞥もしないまま外に出ると、そこには申し訳なさそうな顔をした昌美さんが立っていた。
※※※
昌美さんがお見合いをセッティングした理由はこうだ。
昌美さんのお母さんは娘を生んですぐ亡くなっており、啓司さんが一人で自分を育ててくれたのだという。
娘がグレていると分かれば真正面から向き合い、娘が学校でイジメられていると知れば学校まで乗り込んでいき、また娘が熱を出すとどんな大事な仕事でも休んで面倒を見てくれた。
そんな父親の愛情と支援を受けて無事薬剤師となった昌美さんは、昨年結婚することになった。
ところが娘の結婚式が終わったとたん、風船がしぼむかのように父、啓司さんの元気がなくなっていったのだという。
「そこで私は思い至りました。『そうだ、子育てというやり甲斐が父を支えていたのなら、どうしようもなく駄目なオッサンの世話をさせたらまた元気になるんじゃないだろうか』と」
「アンタ発想ぶっちぎってるな」
昌美さんは真っ直ぐ俺の目を見て言う。
「飯田さん、あなたに強制をするつもりはありませんし、できません。でも、もしよければ父に世話させてもらえませんか?」
こんな特殊なお願いをされているのはおそらく日本で俺だけだろう。
嫌だと即答したかったところだが、でもタダで飯が食えるんなら悪くないかもしれない。
オッサンのひもがオッサンっていうのもすごい絵面だけども。
「分かりました。引き受けます」
「本当ですか! 良かった! これでお父さんの結婚相手が見つかったわ!」
昌美さんは嬉しそうに顔をほころばせた。
「ちょっと待って。一緒に住むだけですよね? 結婚ってどういう?」
「だってウチの父親はゲイなんですもの」
俺は全力で逃げた。
おわり
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