第99話 ■「依頼1」
七月も中旬となり僕達は四度目の夏休みに入った。
僕の告白からも三か月経ち、皆の中で日々の行動に変化があった。
リスティとメイリア、ユスティ。そしてアリシャとリリィについては本を読めるようにとベルから日本語を教えてもらっている。
僕が教えたほうが早いのでは? と思ったが、ベルによるとそうでもないらしい。
僕の場合、日本語が当たり前の社会で生きてきたからだそうだ。
――日本人は英語を苦手としている――
これはよく言われる事だ。
理由としては完璧主義者だからとか恥の文化だからとか色々あるが、その中でも
『日本では高等教育を日本語だけで学ぶことが出来るから』
が大きいと言われる。
例えば僕たちが普通に使っている『経済』『哲学』『歴史』『小説』といった言葉。
これは明治時代に創作された言葉と言われている。
そして海外ではこれらの言葉に該当する単語が無いという国が多い。
なのでそれらの国にとっては高等教育を受けるためには世界共通の言葉である英語が必須なのだ。
さて、ここで我々日本人に『哲学』とは何ぞや? を尋ねたら果たしてどう答えるだろうか?
そう聞かれたら僕はこう答えるだろう。
『人生・世界、事物の根源のあり方・原理を、理性によって求めようとする学問。または経験からつくりあげた人生観』
だと。………………んなわけあるかい。
正直、『哲学は人生の有り方を考える学問』がひねり出して精々だろう。
もっと言えば『哲学は哲学だろ?』だ。
つまり僕にとって単語自体をイメージで持っているから、他人にこの国の言葉で説明する事が出来ない。という事らしい。
五人ともやっぱりギフト持ちのベルに比べれば修学速度は遅いものの小学生レベルの文章であればある程度理解できるところまで来ているそうだ。
さすがに専門用語だらけの技術書は読むことすら出来ないらしいが、焦る必要はないからね。
まぁ本人たちは、早く色々な本を読めるだけの読解力が欲しいらしい。
まったくもって本の虫だね。
一方、早々に日本語の勉強をあきらめたアインツやレッド、ブルーは、より実践を想定した剣術の訓練をしている。
もちろん今までも真面目にやってきていたが、『人類の滅亡回避』という大目標が出来た事は気持ちの部分で大きな事らしい。
まぁ、彼らも僕の話を全面的に信用する……までは行ってはいないだろう。
むしろ盲目的に信じられた方が引いてしまう。
それでもオーバーテクノロジーで作られた本はインパクトとしては十分だったようだ。
なんかよく分からんが、まぁそうなんだろう。の感覚で今日も元気に訓練中だ。
……うん、単純なことがうらやましい。
さて、僕はと言うと……ここ最近は数字とのにらめっこだ。
バルクス伯国の人口、各種生産量、魔物の被害状況など詳細な数字をファンナさんがまとめてくれた資料確認である。
正直、表計算ソフトが欲しい。
けどいずれ領主となる身としては細かな数字はともかく自領の長所・短所は知っておく必要がある。
避けて通れぬ儀式として諦めるしかない。
――――
そんな七月も終わるある日、予期せぬ来客が訪れていた。
「……その客人はファウント公爵の使いと言っているの?」
「はい、ファウント公爵から内密に。と」
前にも同じようなやり取りをしたなぁ。と思いながら僕は対応に出たフレカさんに尋ねる。
横を見ると前と同じように執務の手伝いをしてくれていたバインズ先生が嫌そうな顔で僕を見ている。
「バインズ先生……」
「はぁ、わかったよ」
「すみません、しかし今回の訪問は理由が全く分からないですね」
「レイーネの事件から一年以上。さすがに貴族達の玩具になるには鮮度が低いわな」
そうレイーネの事件は既に過去の話と言ってもいい、貴族たちの話題は連邦との戦争で手いっぱいのはずだ。
「ただお茶会に誘ってくれたんですかね?」
「ははは、笑えないジョークだな」
「ですよねぇ……」
とはいえ、どちらにしろ断るというのは無理な話だ。
ということでバインズ先生を伴って応接室に向かう。
「これはエルスティア様、お久しぶりでございます。」
「そうですね。お久しぶりですロイド殿」
そこにいたのは、前回と同じくファウント公爵の執事であるロイドだった。
既に自己紹介は済ませているので、そのまま僕とバインズ先生はロイドの前に座る。
「それで本日はどういったご用件でしょうか?」
「はい、エルスティア様と……レイーネの事件で活躍された方達に内密に依頼したいことがある。と……」
「依頼……ですか?」
今回は僕だけでなくレイーネ事件に関わったアインツ達にも……と来た。
それを考えるとなにか魔物関連での厄介事だろうか?
「それはどういった依頼ですか?」
「申し訳ありませんが、機密性が高い内容となりますので直接主人からお聞きいただけますでしょうか?」
「了解しました。皆を連れて行っても?」
「ええ、かまいません。むしろその方が話が早いかと」
うーむ、ファウント公爵も僕以外は男爵もしくは平民である事は知っているだろう。
公爵家の当主が男爵や平民に会うなんてほぼありえない。
にも関わらず会うという。それだけ面子にこだわっている場合ではないという事だろうか?
「それでは直に準備をしますので、お待ちいただけますか?」
「了解しました。よろしくお願いします」
応接室を出た僕は、外で控えていてくれたメイド二人に皆を執務室に呼ぶ事と馬車の準備をお願いする。
―― 十分後
執務室にはレイーネ事件に関わったアインツ、ユスティ、ベル、リスティ、メイリアが集まる。
レッドとブルーについては、今回は御留守番だ。
「エル、ファウント公爵の使者はどの様な用事で来られたのですか?」
その中でリスティが僕に尋ねてくる。
最近は状況整理については、リスティが積極的にしてくれるようになっている。
「うん、機密性が高い依頼がある……だって。
皆も呼ぶという事は、貴族同士の話ではないと思う。
ファウント公爵としては皆が実戦経験があって腕も立つという事を考えると魔物関係じゃないかと思うんだ」
「そうですね。ファウント公爵ほどの力がある方でしたら私たちがエルのスカウトを受けたという情報位つかんでいるでしょう。
であれば、機密情報も洩れない……と」
リスティの言う通り公爵ほどの力があれば僕達の関係はある程度把握していると見ていいだろう。
「ですが、魔物関係としてもなぜ私達を? というのが気になりますね。
公爵家であれば私設の騎士部隊は幾つか保持しているでしょう。
もしくは傭兵ギルドに依頼するという事もプランの一つになりますし」
そう、そこが疑問なのだ。
単純な魔物討伐を頼むのであれば、まずは私設の騎士部隊を動かせばいい。
それでも兵力が足りないのであれば傭兵ギルドに依頼するのが普通なのだ。
貴族社会では他の貴族に対して恩を作るのは弱みを作るに等しい。
にもかかわらず僕に依頼してきた意味は何なのか?
「戦争のせいで傭兵ギルドの傭兵の数が足りないという事は考えられませんか?」
話を聞いていたベルが疑問を口にする。
確かに、戦争は数の戦いだ。足りない数を補うために傭兵を雇う事は普通にあり得る。
「うーん、今回の戦争の場合、民兵として二十万人を動員しているからね。
金を喰う傭兵を雇う段階まではいっていないと思うんだ。」
今回の戦争は兵力だけでみれば、エスカリア王国軍は連邦の三倍近い兵力を動員している。
民兵だから士気や練度と言う部分に関しては傭兵の足元にも及ばないだろう。けれど数は力だ。
傭兵を雇うにはそれなりの金が必要になる。傭兵一人雇う金があれば民兵を五人くらい動員できる程に高額な。
戦況が不利になっているのであれば分からなくはないけれど、今の所は有利に戦況が進んでいると言われている。
もちろん実際の戦況は情報統制されていれば分からないけれどね。
「なら、公爵自らが動いたらまずいからなんじゃないの?」
ユスティが(机の上に置いてあるナッツを摘まみながら)発言する。
「公爵が動く事で何かがあるとしたら……やはり後継者問題が関わってくるのでしょうか?」
とメイリアもユスティの発言を受けて言う。
「……なるほど、ユスティとメイリアの意見は合っているような気がするね。
けどなんで僕なんだろ?」
後継者問題が根本理由だとしてもなぜ僕なんだろうか?
「そりゃ、エルが……いやバルクス伯爵家が後継者レースからほぼ関係ない末姫を支持しているからじゃないのか?」
ユスティと同じくナッツを頬張っていたアインツが言う。
「なるほど。僕に弱みを握られても後継者問題には影響しないか」
考えてみれば単純だ、一周どころか数百周位遅れている後継者レースのビリである僕達に弱みを握られたところで大勢に影響はないのだ。
ファウント公爵も前回の僕との面会で、漏れる心配が少ないと判断したのかもしれない。
「その線が強いとして。エル、どうしますか? 依頼を受ければ後継者問題に巻き込まれる可能性がありますが?」
「いや、とりあえず受けようと思うんだ。
ファウント公爵に恩を売っておくのもいいだろうし、もしかしたらこの事が切っ掛けになる可能性があるからね」
「九十年後の人類滅亡……ですね。それを言われると仕方ないですね」
リスティは苦笑いしつつも同意してくれる。
それに続くように皆も同意の声を上げる。
「それじゃぁ、公爵の所に行きますかね」
こうして僕は、二度目のファウント公爵館を訪れる事になるのである。




