第96話 ■「エルスティアの告白2」
その日の夕方、僕の家にはリスティに呼ばれた皆が集まっていた。
リスティ、アインツ、ユスティ、メイリア、レッド、ブルー、そしてバインズ先生とファンナさん。
アリシャとリリィも何時ものように僕の両隣に座っている。
ベルに関しては、そそくさと皆のお茶を入れている。
リスティ以外の七人は呼び出された理由がよく分かっていないっぽいけどね。
「さてと今日皆に集まってもらったのは、リスティからある質問を受けてね。
この際だから全員に知っておいてもらおうと思ったんだ」
「質問? リスティはエルになんて質問したんだ?」
アインツが僕に尋ねてくる。
「『あなたはいったい何者なのですか?』だよ」
その答えに一瞬皆がざわつく。
その雰囲気は『何を聞いているんだ?』みたいな疑問を匂わす感じではない。
むしろ、『リスティも気になっていたのか?』みたいな感じだ。
「うん、やっぱりみんなに集まってもらって正解だったね」
その雰囲気に僕は苦笑いする。
「今から話すことは、他言無用にしてほしいんだ。
無用な混乱をもたらしたくないからね」
その言葉に、皆は戸惑いながらも頷く。
集まってもらったのは僕が信頼する人たちだ。問題ないだろう。
とはいえ、いつの間にか僕の口の中はカラカラになっている。
知らないうちにかなり緊張していたことに自分自身も気付く。
分かっている。皆に拒絶されることが怖いのだ。
僕の話は、一つ間違えれば皆との関係を崩しかねない諸刃の話。
けれど……そう、覚悟を決めていたはずだ。いずれは皆に話すと……
僕は一度大きく深呼吸をし、口に水を含む。
……うん、大丈夫。
「まずはみんなに見てほしいものがあるんだ」
そう言って皆の前に何冊かの本――分かりやすいように動物図鑑を置く。
「エル、なんて書いてあるのかさっぱり読めないぞ」
「悪いが俺もさっぱり読めん」
アインツとバインズ先生はペラペラめくりながら聞いてくる。
それはそうだろう、今この世界でこの文字――日本語――を読めるのは僕とベルだけなのだから。
でも本質はそこじゃない。
「……うそ、知らない……こんな技術……私は知らない」
「この絵、いえ、絵じゃない。なんなんですかこれ……」
リスティとメイリアから呟くかのような動揺が漏れる。
うん、二人ともどちらかというと本の虫だ。
普段、自分たちが読んでいる本との違和感に真っ先に気付いたようだ。
「エル様、この本は手書きではないですよね?」
「うん、『活版印刷』と呼ばれる。この世界には無い技術だよ」
「活版……印刷……」
今見てもらっている本は実際の意味では、活版印刷ではない。
現代日本は写真植字とデスクトップ・パブリッシング(DTP)といったデジタル製版が主流となっている。
まぁ日本語の場合、漢字文化で活字(文字判子)が膨大に必要だから廃れてしまったんだけれど。
とはいえ、説明する分には活版印刷技術でもインパクトはでかいだろう。
「エル様、この絵の様で絵じゃないものは?」
「うん、『写真』という技術だよ」
「写……真」
リスティとメイリアの表情にアインツやユスティ、バインズ先生も本質の大きさを理解する。
レッドとブルーはいまいちよくわかっていないみたいだけどね。
彼らについては仕方がない。平民である彼らにとって本は貴重品だ。
この学校に通えるくらいだからそれなりに裕福な家庭とはいえ、殆どの家が本とは無縁だ。
とはいえ、徐々に皆の空気からすごいものらしいことは理解しつつある。
「さてと、皆に見てもらった所で、僕が何者なのか? だったよね
僕は、此処とは違う世界に生まれ、育ち、そして……死んだ人間の生まれ変わりだよ」
「生まれ変わり……だと?」
アインツは呟く。
普段のアインツであれば何をバカなことを……と突っ込んできただろう。
けれど目の前にある物――未知の技術で作られた本が、口を閉じさせる。
「そして生まれ変わる際に神様からこう言われたんだ。
『転生先は百年後に人類が滅びる世界だ』ってね」
それに皆の雰囲気が大きく変わったことを感じる。
それはそうだ、百年後に人類が滅びるなんて今まで一度も考えたことが無いだろうから。
せいぜい考えていても『この国は大丈夫なのか?』程度、国が亡びるかも?
が考えたとしても精々だろう。
そこにきての人類滅亡はさすがに話が大きすぎる。
けど僕は続ける。皆が真摯に話を聞いてくれるという信頼があるからだ。
「だから僕はこう決めたんだ。『その未来を抗おう』ってね。
それが出来る力を僕にくれると神様が言ってくれたのだから……」
そして僕は語る。
これまでの事をこれからの事を。
皆はただ黙って聞いている。
殆どの内容が皆には理解、いや受け入れがたい内容だろうけれど……
「……いやぁ、正直、言ってる事の半分も理解できたのか分からないな。
けどよ、先に聞いていたベルはエルの話を信じたって事だよな。」
アインツは、ベルに問いかける。
「はい、だっていくらエル様だからってこれだけ壮大なドッキリを仕掛ける意味がありませんし
それにエル様の言動の幾つかは前世の記憶があると言われた方がしっくりきます」
あれ?僕ってそんなキャラに思われているのか?
それに、アインツは大きく深呼吸をする。
「うしっ、ぶっちゃけ頭ん中はグチャグチャだけど、エルと一緒にいればこれからも面白い事がいっぱいって事だよな?」
「アインツ兄は単純でいいねぇ。でも……うん、私もエル様に付いて行くって決めたんだ。
それならば面白い事が多い方がいいからね。人類が滅びる? だったら私も抗うよ」
まったくこの兄妹はすがすがしいまでに単純だ。
でもその方が僕としても気兼ねしない。
「私はあの日、エル様と共に頑張ると決めてますので……」
ベルはそう言って僕に微笑みかける。
「俺も正直分かんないことが多いです。けどエル様と一緒に頑張れば、俺みたいな平民でも人類が救えるかもって事ですよね?
ならば一生付いて行きますよ!」
「私も、レディアンドと同じ気持ちです。」
レッドとブルーもそう言って笑う。
「私もエル様に付いて行きます。ベルと共に技術の面でエル様を助けられるように。そうあの日誓いましたから」
メイリアも改めて僕に誓う。
不意に僕の両袖が軽く引っ張られる。
目線を下げると不安そうに僕を見るアリシャとリリィの顔がある。
「「にぃに……」」
「うん、何だい? アリシャ、リリィ」
「にぃには、アリィ達のお兄ちゃんじゃないの?」
そう、二人は僕に見放される。それを恐れているのだ。
そんなはずないのに……いや、言葉で態度でちゃんと伝えてあげないとな。
僕は二人に微笑みかけ二人の頬を撫でる。
それに二人はくすぐったそうに、でも少し安心したかのような表情になる。
「ううん、そんなことは無いよ。確かに前世の記憶はある。
けどね、母さんや父さん、アリシャにリリィ、クイにマリー、僕にとってはとても大事な。大事な家族だよ」
「にぃにはアリィの事、好き?」
「リリィの事も好き?」
「当たり前だろ、大好きな、本当に大好きな家族だよ」
「「やった、にぃに大好き!」」
その答えにアリシャとリリィは何時もの笑顔で僕に抱きつく。
その二人を僕は強く抱きしめる。
「私は、エル様が一歳の頃からお傍にいます。信じられない話ではありますが、合点がいくことの方が多くて……逆にスッキリしました」
ファンナさんはそう僕に微笑む。
「……まったく、ガキどもは単純でいいな。
こちとら、常識をぶち壊されて大混乱だってのに……
……だが、まぁ、今までのエルを思い返せば無くは無い話かもな」
「バインズ先生……」
「まぁいいさ、この年になって馬鹿をやるのも悪くない。
改めて、エル、これからもビシビシしごくからな。覚悟しておけ」
「はい! よろしくお願いします。バインズ先生!」
バインズ先生は何時ものように僕の頭に手を乗せると乱暴に撫でる。
皆の僕への信頼がたまらなく嬉しかった。




