第93話 ●「御前会議」
ガイエスブルク王城
王都ガイエスブルクの北部に小高い丘の上に位置しており、王都の一部――高い壁に囲われたレザーリア――以外からであればその姿を見ることが出来る王都のシンボルである。
もちろん、シンボルというお飾りなだけではない。
エスカリア王国の政治の中枢部であり、この場で国の方針が決められる。
王族が住む場所でもあるが、その面積は高層階の三割程度。
それ以外は文官達の執政の場所と、武官達の練兵所が殆どを占めている。
会議室も大小合わせて十二か所存在する。
その一つ『御前会議室』、別名『蒼の部屋』と呼ばれる会議室である話し合いが行われていた。
名の通り、国王の前で国の方針を決める重要な会議のみで使用される。
そこに集まったのは二十名ほど。
その誰もがエスカリア王国において重職もしくは公爵位に身を置く者達である。
円卓の後ろに設置された座に身を置くは、アウンスト・エスカリア・バレントン
エスカリア王国、第二十四代国王その人である。
御年六十八歳、かつては『小覇王』と呼ばれ才気の溢れる名王であったが、晩年は影を潜め、家臣からの報告に『良きに』のみ語るようになっていた。
その政治への興味を失った様が遠因となり既に十五年にも渡る後継者問題を発生させていた。
恐らく後世の歴史書には愚王として名を残すことになるだろう。
今も王座に座りながら手すりに片肘を乗せ興味無さげに円卓を見つめる。
円卓の上座に座るは、宰相キスリング。
この会議における進行役も兼ねていた。
「この度の会議の議題は、ベルカリア連邦への侵攻の是非という事でよろしいか?」
キスリングが議題について参加者に確認する。
その声に一人の――右隣に座る小太りな男が口を開く。
「ええ、連邦とは二・三年に一度の頻度で小規模戦闘を行っております。
されど、我が王国にとってもいい加減決着をつけるべきでは?」
「ですが、ウォーレン公爵。わが国では先にレイーネ事件が起きたばかり。
この混乱のさなかに外征をする意味が分かりませんな」
キスリングは小太りの男――ウォーレン公爵に問いかける。
それにウォーレン公爵は我が意を得たりと話し出す。
「今回のレイーネ事件にてパソナ男爵公子という前途ある若者を失ったこと断腸の思いである!」
(ふん、微塵も思っていないくせによく言う)
キスリングの左隣に座る男――ファウント公爵は鼻で笑う。
聞こえているだろうがウォーレン公爵は無視して話を続ける。
「そう! 今回の事件も魔物による災害である。
我々人類にとって魔物の殲滅は宿願!
我々の日々は常に魔物の脅威にさらされている。
それは人類にとっての大いなる損失にしかならん。
私の最終目標は魔陵の大森林を制圧し、魔物襲撃問題解決と新大陸の開拓である!」
ウォーレン公爵の宣言に「おぉ」「すばらしい」といった喝采が上がる。
だがそれはウォーレン公爵派からのみ……
それに著名な演説家にでもなったかのように片手をあげ応じる。
一方、ファウント公爵が抱いた感想は『馬鹿かこいつは?』のみである。
魔物の殲滅が人類の宿願であるという事は認めよう。
だが、言うは易し。
人間は脆い。将級魔物ですら六十名の訓練された兵が必要なほどに。
魔陵の森は、人類が未だかつて分け入った歴史のない場所。
恐らく天災級魔物がゴロゴロといるだろう。
現状は、群れから一匹はぐれて魔陵の森を超えてきた程度の事で人類存亡の危機にすらなりえるのだ。
魔陵の大森林を制圧するなど、どれだけの犠牲を産みだすか想像すら出来ない。
それが本当にできると盲信しているなら。直にでも長期養生をお勧めする。
いや、ウォーレンは自分が戦場に立つことが無いとわかっているから、こんな大言壮語が吐けるのだ。
「ウォーレン公爵、そなたの目標は大変結構。
だが、それとベルカリア連邦の平定がどう結び付くのかね?」
キスリング宰相も大言壮語に頭を痛めているだろうに平静を装いつつウォーレン公爵に尋ねる。
「魔物を討伐するにあたって、邪魔になる物がおる。
帝国は国王のご威光の元、良好な関係が築けておるから問題なかろう。
グエン領は王国の歴史的に見ても交流どころか騒乱もない。
だが、ベルカリア連邦だけは火事場泥棒をしてくる可能性がある。
実入りは少ないとは言え、平定して後顧の憂いを無くす必要がある」
ベルカリア連邦は王国に比べると人口も半分以下、資源的にも魅力が無いと言われている。
平定後に内政投資を行ったとしてペイできるのはかなりの時間を要するだろう。
ゆえにベルカリア連邦は王国東部の資源が豊富にとれるレスト候領を執拗に奪おうと紛争が起きているのだ。
ファウント公爵は、一考する。
ウォーレン公爵の考えには抜け(グエン領への希望的観測)があるがベルカリア連邦へ侵攻するという事については、否定的ではない。
ファウント公爵としてはもう三年ほど国内体制を整えて……という想いではあったが。
ベルカリアと戦争をすることは、後継者争いを大きく変化させる可能性も含んでいる。
派閥の貴族が戦果を上げればそれは後継者争いに有利に働く。
もう三年と考えていたのも、より自派閥が戦果を上げれる体制を作るためでもあった。
それが今年になったとしても、多少の戦果をウォーレン派に譲る事になるだろうが、大局的にはこちらが有利である。
(ウォーレンはそんな勘定すら出来んのか?)
ファウントは訝しむ。
ウォーレン公爵家は実は三年前に代替わりしたばかりだ。
先代のウォーレン公爵は、用意周到、老練を絵にかいたような人物だった。
だからこそ後継者問題がもつれてしまう結果になったのだが……
だが先代は三年前に急死。先代の長男である現公爵が当主となった。
お世辞にも先代の足元にも及ばない人物が……
ウォーレン公爵への評価がファウント公爵に決断させる結果になる。
「ウォーレン公爵の考えには少々納得できないところもあるが、ベルカリア連邦への侵攻については私も賛成する。」
ファウント公爵の意見に、会議場の空気がざわつく。
まさか対立派閥の筆頭公爵が賛成するとは予想していなかったのだろう。
ウォーレン公爵も一瞬、驚いた顔をファウント公爵に向ける。
(感情の機微すら誤魔化せんのか……だが、都合がいい)
ファウント公爵は、ウォーレン公爵にそんな感想を抱きながら宰相に語る。
「現状、動ける騎士団。民兵はどれほどいるのか?」
「うむ、治安維持を考慮すれば第三・第五・第六騎士団が投入可能。
民兵は、東部の貴族が協力すれば二十万かの」
ウォーレン公爵はその時になってファウント公爵にイニシアチブをとられたことに気付く。
だが、既に遅い。
「各騎士団に四万の民兵を付け残りの八万は遊撃部隊として後方支援とする。
第三騎士団の指揮は、ベルティリア殿下
第五騎士団の指揮は、イグルス殿下
第六騎士団の指揮は、ルーザス殿下
とし先陣として第五騎士団がでる。
続けて第三騎士団とし、第六騎士団を本陣付とする。
キスリング宰相、こちらで立案できるだろうか?」
長女を除く長男・次男・三男に指揮を任せそれぞれの顔を立てる。
それでありながら、自派閥のイグルス殿下を先陣として功績を多くあげさせる陣形を提案する。
「……なるほど、それであれば問題なかろう。
すぐにでも軍部にて検討しよう」
この場で最高の執政権を持つキスリング宰相が『問題ない』と言った事で反対意見を述べようとしたウォーレン公爵の思惑は早くも崩れる。
そんなウォーレン公爵を無視して歴戦の公爵と宰相は話を進める。
「兵站については?」
「即時であれば二年分は問題ない。だがそれ以上に延びるのであれば対策が必要であろうな」
「であれば領地を占領次第、屯田制にて対応を実施する。次は……」
主導で進めていくファウント公爵をウォーレン公爵は苦々しく睨みつける。
すでにこの会議室の空気は提案者がウォーレン公爵であることを忘れているかのようですらあった。
この辺りが愚者と南方の黒獅子と称される人間との違いであった。
「それでは採決を。こたびのベルカリア連邦の平定に賛同する者は挙手を」
一通りの計画を立案した後にキスリングは採決を行う。
ファウント公爵とウォーレン公爵という二派閥の長が賛成している時点で却下されることはありえないのだが。
現にキスリング宰相の言葉に過半数を大きく超える手が上がる。
「賛成過半数超え。よって採択とする。アウンスト陛下ご裁可を」
「……うむ、良きに」
アウンスト国王は、興味無さげに裁可を下すのであった。
――――
「ファウント公爵、少々よろしいでしょうか?」
「キスリング宰相、問題無い。何かご用かな?」
会議終了後、ファウント公爵にキスリング宰相が声を掛ける。
すでに会議室からは参加者の姿はほとんどない。
会議の後の晩餐会に向かったのであろう。
ウォーレン公爵は退席する際にファウント公爵を睨んでいたようだが隙を見せたほうが悪いのだ。
キスリングは声のトーンを落としファウント公爵に告げる。
「此度の遠征、本当に公爵には益があるとお思いか?」
「益があるか? と尋ねられればあるでしょうな。
それが、どれだけ薄い益だったとしても」
その答えにキスリングは溜め息を吐く。
今回の会議は元々、茶番でしかなかった。
会議が始まる前からベルカリア連邦への侵攻は既定路線だったのだ。
たとえファウント公爵派が否定に回っていたとしても……
それほどまでに主戦派の勢いが増していた。
キスリングとしては無謀な計画にならない様にする事のみに注力していた。
「……ファウント公爵が主導して立案していただき助かりましたな」
「はて? 何のことですかな?」
キスリング宰相にとってはウォーレン公爵が主導しなかった事は
大成果であった。
「いやはや、申し訳ない。独り言が過ぎましたな。
それでは失礼させていただきます」
「こちらも失礼する」
そして二人は廊下に出るとそれぞれ逆の方向へと歩き出す。
――――
王国歴三百三年二月一日 御前会議にてベルカリア連邦への侵攻が決定
王国歴三百三年三月十日 ベルカリア連邦に対して宣戦布告
それは本来の歴史では王国歴三百六年の出来事
本来、起こる事が無かったレイーネの森襲撃事件がトリガーとなった。
十年後の三百十三年に王国内では初めて使用され町一つを滅ぼす予定だった禁呪聖遺物『湧き上がる悪夢』が使用された事件。
忌まわしき禁呪聖遺物は王城の奥深くで封印され向こう数十年は使用されることは無いだろう。
エルの登場で彼の気付かぬ内に大きく歴史は変わり始める。
その先にあるのは明るい未来か?
歴史の強制力による避けられぬ滅亡か?
今は誰もわからない。




