第87話 ■「カード2」
――ファウント公爵館――
それはガイエスブルク城の南方に居を構えている。
つまり王が住まう城の目の前に居を構えることを許されている。に等しい。
公爵十四家というが、やはりその中でも上下関係は存在する。
ファウント公爵家はそのなかでも第二位となる。
敷地面積はバルクス伯館であれば六つほどがあっさり入るほどに広い。
庭からして大庭園だ。
その一室に僕はバインズ先生を伴って通される。
「……バインズ先生、この部屋は面白いですね」
僕は小声でバインズ先生に囁く。
「ん? 何がだ?」
「恐らくですが、壁の中に鉄板が埋め込まれています。
魔法が全く起動しなくなっていますから。
魔法による公爵の暗殺を防ぐため……ですかね」
「なるほどな、警護兵なのに殴打系武器だったのはそういう事か……」
魔法が起動しないという事は、魔法の刃も例外ではない。
つまり銀の剣が使い物にならないのだ。
だから魔法の刃を必要としない殴打系武器を持っているのだろう。
鉄板による魔法阻害の有効範囲は今までの実験から三十㎝ほど。
距離としてはかなり短いように思えるがそうでもない。
まず詠唱を行う際にその範囲にいるとそもそも魔法が発動しない。
この部屋も床自体に鉄板が入れてある。
その床から三十㎝離れながら詠唱する……ジャンプなんて一瞬しか範囲外に出る事が出来ない。
三十㎝のシークレットブーツなんてバレバレすぎる。
かといってこの部屋にある家具は全てに鉄板が仕込んであるようだ。
何かを踏み台にするというのも難しい。
結局理論上はこの部屋内での魔法発動は不可能と言える。
そして壁に埋めてある鉄板は外部からの魔法攻撃を防ぐためだろう。
この部屋は魔法に関しては完璧な対応が出来ているといっても良い。
「上にいれば、そう言った暗殺にも備える必要があるみたいですね……」
「いやな生活だな」
雑談をしていると扉(高さが三m位と無駄にでかい)がノックされ、一人の男性が入ってくる。
その姿は僕が想像していた――公爵だから良いもん食ってぶくぶく肥った爺さん――とは全く異なっていた。
思ったよりも若い、四十代後半くらいだろうか?
均整のとれた体つき、騎士――つまり常に鍛錬を欠かさない職業――だと紹介されても違和感がない。
体全体が年不相応なほどにあふれ出るほどの生気に満ちている。
その髪は黒く輝き、目は海のように深い青。
ふと昔、うわさで聞いたファウント公爵の異名を思い出す。
『南方の黒獅子』
なるほど、言い得て妙かもしれない。
僕とバインズ先生は立ち上がりお辞儀をする。
公爵は軽く手を上げると、僕たちの対面の椅子に座り
「呼び出したのは私のほうだ。どうか楽にしてくれ」
と声をかけてくる。それに僕は顔を上げ挨拶をする。
「お初にお目にかかります。エルスティア・バルクス・シュタリアと申します。
本日はお招きいただき有難うございます」
「うむ……なるほどな。レインフォードにそっくりだな」
「父をご存じで?」
「あぁ、かつて何度か酒を酌み交わしたことがある」
……いや、公爵と対面で酒を酌み交わすって、父さん何者だよ……
「私はエルスティア伯爵公子の教育係をしております、
バインズ・アルク・ルードと申します」
「ほぅ、元第三騎士団長、『疾風バインズ』が教育係か……エルスティアよ良き師を持ったな」
「はい、私にとっては最高の師です」
かつての騎士団長であるバインズ先生の事も知っているのか……どれだけの記憶力なんだ。
「さて、エルスティア。
今回来てもらったのは他でもない、レイーネの事件を最小限の被害で抑えてくれたことに感謝を伝えたいと思ってな。
レイーネの森の南方はわがファウント公爵領。
そなたがいなければわが領にも少なからぬ被害が出たであろうからな」
「いえ、私の力だけではありません。仲間がいてくれたからこそです」
「……ほぅ、面白いな。その話を聞かせてはくれんか?」
そして僕は公爵に語る。僕が知るレイーネの事件を。
公爵も話の腰を折らない絶妙なタイミングで質問し僕はそれに答えていく。
「……うむ、なるほどな。そのような事があったのか。
やはり文章で見るのと体験談として聞くのでは違うものだ。
だが、やはりお主の働きは大きかったようだな」
「いえ……ですが……」
僕はそこで言葉が途切れる。
「? どうしたエルスティア」
僕の異常に気付いたのだろう。公爵が僕に問いかけてくる。
「僕は……僕は……ピスト男爵公子を助けられませんでした!
級友を僕は見殺しにしてしまったんじゃないかって……
僕がうまくやっていれば助……助け……られ……たんじゃないかって……
僕のせいで死んでしまったんじゃないか……って……」
僕は顔を両手で覆って俯く。
その僕の肩にバインズ先生が優しく手を乗せる。
「ファウント公爵閣下、申し訳ありません。
以前に比べれば大分落ち着いては来たのですが、今でも事件を……ピスト男爵公子を助けられなかった事を思い出すと後悔の念に苛まれるようで……やはり十歳の子供にはかなりショックだったようです……今回は、公爵自らがお話を聞きたいとの事で頑張ったようですが……まだ無理だったようです」
「うむ、そうだな。確かに酷なことをしたようだ。
エルスティアよ。すまなかったな。
だが、此度の件、お主たちのおかげで被害を最小限に抑えられたのは偽りのない事。
パソナ男爵公子の事は残念ではあるがお主だけの責任では断じてないぞ」
「温かいお言葉、ありがとうございます。ファウント公爵閣下。
ただ申し訳ありませんがこれ以上、この話をするのは難しいです。
退席のご許可をいただけますでしょうか?」
「……そうか、無理をさせたようだな。
今日は帰ってゆっくりと休むがいいだろう。
また改めて感謝の気持ちを伝えさせてもらう」
「はい、それでは申し訳ありませんが、失礼させていただきます」
そうして僕はバインズ先生に支えてもらいながら退室し、用意してもらった馬車に乗りこむ。
ずっと顔を覆っていた両手を放し……顔を上げる。
その顔は……安堵の顔
「……はぁ、なんとかうまくいった」
公爵の前での取り乱しはもちろん演技。
僕自身もパソナ男爵公子の事は、残念ではあるけれど、ぶっちゃけ、そこの責任をとれと言われてもどうしようもない。
なんせ彼等が発見されたのは、僕達が必死にアストロフォンと戦っていた場所からさらに奥に進んだところだったらしい。
こちらの防衛ラインより外まで責任は持てない。
ただ、彼の死を利用したことは謝っておこう。南無南無……
「まったく、俺を同伴させたのが演技をするためだとは思わんかったぞ。
しかし……まぁ、なんとか騙せてよかったな」
あ、うん、そう思うよねぇ。
「あー、すみません。バインズ先生……多分、公爵にはばれてます」
「なっ!まじか……」
「僕の意図はくみ取ってくれたので大丈夫だとは思います。
公爵としては『当事者と真っ先に会う』と『今後口外しない様に口止め』が目的でした。
欲を言えば『バルクス伯も派閥に入れたい』があったかもですが……
今日会ったことで一つ目の目的は達成、さらに当時の話をするだけで取り乱すというのであれば二つ目も達成ですから」
「……単純な口約束では信用が出来ない。
それが精神的外傷であれば今後、事件を聞いてくる者は無遠慮と噂が立つ。か」
「はい、これが大人であれば『腰抜け』と嘲笑出来たかもしれません」
そこで一口、準備してあった水を飲む。うん、おいしい。
なんだかんだで緊張していたようで口の中がカラカラだったようだ。
「ただ、幸いなことに僕はまだ未成年の十歳ですから非難も出来ません。
公爵にとっては茶番だったとしても当初の目的は達成できる。
僕としても早いうちに退席できたので派閥取込に巻き込まれず、かつ、この事件でのめんどくさい貴族同士の駆け引きから解放される。
うん、両方に利益があったいい会談でしたね」
「……いやはや、お前は大物になるよ……」
バインズ先生は呆れながらも僕の頭に手を置くと手荒く撫でてくる。
……うんうん、これで僕の周辺が静かになってくれればいいね。
「さてと、ベルやリスティ達も心配して待っているでしょうから、さっさと帰りましょう」
こうして僕達はバルクス伯館への帰路につくのだった。




