第86話 ■「カード1」
十月ももうすぐ終わるとある日、バルクス伯館に来客が現れた。
「うん? 本当にファウント公爵の使いだって言ったの?」
僕は、応対に出たアーシャに尋ねる。
「はい、ファウント公爵から内密の用がある。と……」
「……分かった、直接会うから応接間にお通ししておいてくれないか?」
「かしこまりました。エル様。それでは……」
アーシャは一礼して出ていく。
「バインズ先生、何だと思います?」
僕は横で雑務の手伝いをしているバインズ先生に尋ねる。
大体予想は付いているんだけどね。
「まぁ、どう考えてもレイーネの森関連だろ」
「やっぱりそうですよね……」
レイーネの森の事件については、メイリアからファウント公爵派の間で『ラズリアが、エルスティア伯爵公子を殺すために起こした事件』という噂が広まっているという事は聞いている。
まさかという気もするけれど、事件前のラズリアの行動を見るとそれもあり得るかもしれない。という微妙な感想を抱いたけれどね。
「うーん、特に何かしようなんて思ってもいないんですけどね……
変な異名を付けられたからむしろ忘れたいってのが正直な所で……」
「むしろ何もしなかったからこそだろうな」
「どういう事です?」
「例えばだ、お前が父親が大事にしていた物を壊したとする。
父親に怒られるのが怖かったお前は、黙っていることにした。
それから何日・何週間たっても父親からは何も言われない。
壊れた事に気付いていてもいい頃を過ぎているにも関わらず。だ」
「あー、なるほど。僕は父親がどう考えているのか探りを入れる。
その状況ですね」
後ろめたい事がある状況が続くとさらに不安になるのと一緒か。
「犯人は事件現場に戻ってくる」っていう心理に近いのかもしれない。
「とすると、僕としてはどう動くのが良いですかね?」
「まぁ、公爵からの内密とはいえ用だ。断るってのは難しいだろうな」
「……ですよね」
「公爵としては、この事件についてお前から口外されることが無いという確証を得たいんだろう」
「とはいえ、口約束なんて貴族社会では無意味ですしね」
「まぁな、相手が嫌なことを利用する世界だからな」
かといって念書なんて形に残すのもいずれ問題になる可能性がある。
「とりあえず使いの人に会いますか。バインズ先生も付き合ってもらえますか?」
「めんどくさい……と言うところだが仕方ないな」
そして僕はバインズ先生を連れ添って応接間へと向かう。
応接間には老齢の男性が一人待っていた。
公爵の使いだけあって、着ている物はパッと見でも高級なのがわかる。
「お待たせして申し訳ありません。エルスティア・バルクス・シュタリアです」
「シュタリア伯爵公子の教育係のバインズ・アルク・ルードです」
僕とバインズ先生はそう挨拶をする。
バインズ先生の立場は説明が面倒なので教育係という事にしている。
使いの人は立ち上がると、綺麗にお辞儀をする。
「急な来訪申し訳ありません。ファウント公爵の執事をしております。
ロイド、と申します」
「初めましてロイド殿。それで本日はどの様なご用でしょうか?」
「はい、先ごろのレイーネでの事件。バルクス伯爵公子が大活躍をされたという事でファウント公爵が大層ご興味をお持ちなのです」
「いえ、僕なんて大したことないですよ。
皆の手助けが無ければ今ここに居ないでしょうから」
その僕の回答に僅かにロイドの眉が動く。
ロイドは恐らくまずは僕と言う人物を探るために来たと言っていい。
でなければ公爵が執事レベルの人材をわざわざ使いとする理由が無い。
その彼が僕の謙遜に僅かながらも反応したのだ。
まぁ、分からなくもない。
殆どの貴族がレイーネ事件を解決したならば自分の功績を大きく語るだろう。
貴族にとっては名声は、甘露なる美酒に等しいのだから。
それは子供であってもそうだ、自分の名声が高まれば一族の名声に等しいのだから。
ファウント公爵ほどの権力があれば、今回の事件に参加したメンバーでバルクス伯家以外はせいぜい男爵、あとは平民ばかりという情報は既に手に入れているだろう。
つまり伯爵家の権力ですべての功績を独り占めする事も容易、むしろ貴族であればそうすべき、なんていう発想が普通なのだ。
……本当にバカバカしいけどね。
その中で自分の功績を誇らず、皆の功績と語る。
それは僕と言う人間をやや計りかねているのだろう……
悪く言えば、僕の事をバカなのか?と思っていてもおかしくは無い。
いや、むしろそう思ってもらえた方が今後はやりやすいんだけどね。
公爵家と伯爵家。
伯爵家と男爵家。
階級を見るだけであれば共に二階級の違いとなる。間は侯爵と子爵だね。
だけれど、その間の溝の深さは雲泥の差だ。
公爵家は現在十四家存在している、そしてその数は三百年間不変。
つまり建国以降三百年間変わらない『根元貴族』として別格扱いなのだ。
つまりは伯爵家や侯爵家ですらその高みまで至るのは至難の事になる。
そしてそれに伴う力、言ってしまえば武力・財力を持っている。
伯爵家なんて、ちょっと手強い程度の雑魚でしかない。
後継者争いで公爵家同士が後ろ側で争っている状況ではあるけれど出来れば僕としては全ての公爵家とは事を構えたくはない。
全ての公爵家とは適度な距離感でいるのがベストだ。
本音を言えば、後継者争いに出来るだけ関わりたくないんだけれど、これが人類滅亡のトリガーになる可能性があるからややこしい。
であれば第三者の立場にいたいという気持ちが強い。
どこかの派閥に属するとしがらみで動けなくなる可能性があるからね。
なので派閥を脅かしかねない野心家として見られるよりも野心が少ないバカ位の評価をしてもらっておいた方が都合がいい。
「……いえいえ、ご謙遜を。
今回の事件はファウント公爵領も近く運が悪ければ領内に被害を出す可能性がありました。
そのため、公爵自ら感謝と事件の詳細をお聞きしたいとのことです」
なるほど、直接面談の要請か。実際の思惑は違うだろう。
考えられるのは口止め、あとは派閥への勧誘もあり得るかもしれない。
レイーネの森事件は既に貴族間でも話題になっている。
その事件を解決したバルクス家の子息が自分の派閥に入る。
それがどれだけの効果があるのかは僕には分からないけれど、無視できないインパクトはあるのだろう。
……さてとまず公爵家の誘いを断るのは難しいだろう。
とすると面談の猶予がどれだけあるか? だね。
「公爵様に満足いただけるお話が出来るかは分かりませんが、喜んで。
それで、いつお伺いすればよろしいでしょうか?」
「申し訳ありませんが、可能であれば本日、これからではいかがでしょうか?」
「本日……ですか……」
貴族同士の面談にしては本日と言うのはあまりに早急すぎる。
これは裏を返せば早めに動かざるを得ない何かがあると見ていい。
考えられるのは別の派閥も僕に接触しようとしている……だろうか。
僕はどうやらいつの間にやら後継者問題のカードの一枚になったようだ。
「申し訳ありませんが、以降の用事を確認してくるので少々お待ちください」
そう言って一旦、僕とバインズ先生は中座する。
「……どうやら、裏で何か動いているようだな」
「はい、僕もそう思います。恐らくですがファウント公爵家は今回の事件の首謀者がルーティント伯爵公子の疑惑がある事を他の派閥にばれてしまう事を恐れている……と言った感じでしょうか?」
「被害はファウント公爵派のみから出ているというのが表向きの情報だ。
それが、実はファウント公爵派の自作自演だった疑いがある……まぁ、ダメージはでかすぎるわな」
そう、それが真実かどうかは貴族社会では関係ないのだ。
疑いは敵対派閥によって、さも真実のように流布される。
ファウント公爵派に同情が集まっているのは、当事者の情報が無いからだ。
そこに事件の当事者である僕から語られる真実……いや真実は必要ない。
――僕が別派閥に何かを語る――
その事実を別派閥は求めるのだ。後はいくらでも曲解できる。
その前にファウント公爵派は先手を打ちたいのだ。
「で、どうする? エル」
「勿論行きますよ。そして出来れば今回で手打ちにしたいと思います」
「と言うと?」
「今後、僕からこの話はもう誰にもしたくない。と思ってもらいます」
「なるほどな、ファウント公爵としては口止めできる。
別派閥も既にファウント公爵が先手を打ったからエルの利用価値を失う。
そういう事だな」
「はい……うまくいけばいいですが……」
「まぁ、そこはお前次第だな」
「十歳の子供には重すぎますね……とりあえず、頑張りますよ」
そして僕は、応接室に戻ると笑顔でロイドに告げる。
「お待たせしました。都合をつけましたので今から喜んでお伺いします」
と――――




