第83話 ■「誓いの花月(ヒューネ・ミスティ)」
八月になり僕達は三度目の夏休みに突入した。
当初はやっぱりぎくしゃくしていたメイリアと僕達の関係もようやく以前のような雰囲気に戻っていた。
「それにしても、ここ最近色々ありすぎたから少しはのんびりしたいな」
アインツのボヤキを切っ掛けに今日は皆で街に買い物に行く事になった。
とはいえ、僕達は十歳の子供だから大金を持ってはいない。
いわゆるウィンドウ・ショッピングというやつだ。
他の伯爵公子であれば血税を湯水が如く使っているんだろうけれどバルクス伯爵家は両親ともにそこらへんは厳しい。
毎月の小遣いを、伯館の大蔵省であるメイド長のフレカさんから貰ってそこからやり繰りしている。
ほとんど学校と訓練場を行き来している僕は蓄えもある。
今年は特に皆に迷惑をかけたから黙ってあるものを用意していた。
タイミング的にも出来ている頃だから良かったかもしれない。
ガイエスブルクの商店は東南部に集中している。
北部は王宮と貴族の館が集中していて、一般人が通る事を許された門が南にあるからそうなるんだけどね。
僕が初めてガイエスブルクに来た際に通った道が主要道路という事だ。
エルスリードに比べると人口も六倍以上だからやっぱり商店も規模が違う。
各地からの食料や工芸品も集まってくるからエルスリードでは見た事もない物があふれている。
「嬢ちゃん、どうだい、この果物甘くておいしいよぉ」
「坊や、こっちのアインストン牛の串焼き、ほっぺが落ちる程うまいよぉ」
多分、貴族の子供がこんなところに来ているなんて思っていないのだろう。
僕達に店員たちは気軽に声を掛けてくる。
僕達のグループは貴族とは言え、ほとんどが平民と同じような生活をしてきていたから違和感はないんだろうね。
僕は伯爵ではあるけれど、前世はただの一般国民。
普通にコンビニやスーパーで買い物をしていたからむしろ安心する。
(……うーん、やっぱり水田作物は見当たらないよなぁ)
その国の商店の品揃えを見れば、その国の基盤や技術力が見えてくる。
店に並ぶ食物は、大麦や小麦を主体とした穀物はあるけれど、やっぱり稲などの水田作物は見当たらない。
逆に言えば、無い物は非常に魅力的な商品になる可能性を秘めている。
流通技術も低いのだろう、足が速い果物や野菜の多くが干してあったり燻製したりと保存が効くようにしてある。
物価を見ても物によっては驚くほどの高額になっている。
特に砂糖やハチミツといった甘物は僕の常識(前世記憶)から十倍以上だ。
たしか江戸時代も砂糖は貴重品だったって話だし、工業化されていない中世レベルの技術であれば精製の難しさを考えると仕方ないのだろう。
僕としてはこういった不便な部分こそ商機の可能性を秘めているからね。
「エル様、熱心に甘物屋を眺めているようですが、何か欲しい物でもあったんですか?」
そう、ベルが声を掛けてくる。
まったく欲しい物をアピールする子供じゃないんだから……あ、子供だった。
「違うよベル。こういった商店の品揃えをみて、バルクス伯で今後どういった農作物を育てようか考えていたんだ」
「あぁ、本に書いてあった『市場調査』というものですか?」
「うん、そうだね。ベルはこの品ぞろえを見て何か思わない?」
「そうですね……バルクスに比べると乾物が多い感じでしょうか?」
「そう、バルクスは周辺で取れる作物だけが販売されているのに比べてガイエスブルクは各国の特産物が集まってくる。
そうすると日持ちしない物はどうしても干したり燻製にして長期保存が出来るようにしないといけないからね。
それを解決できれば、バルクスの特産になるんじゃないか?ってね」
「本に書いてあった『冷蔵庫』『冷凍庫』という『機械』ですか?」
「それがベストだけれど魔法、アイスボールを使った氷室もいいと思うんだ」
「なるほど、確かに『機械』の構造を考えますと難易度が高いですが、魔法を使えばある程度の簡易性が確保できますね……」
そうして、僕とベルは技術談義を始める。
それをアインツやリスティ達は呆れたような、けど楽しそうに眺める。
それは僕達にとって今後も続いて行くだろう風景だ。
……けど、そろそろベルには誤魔化せないところまで来ている気がする。
ベルに読ませている本は、この世界ではオーバーテクノロジーだ。
そこら辺についてちゃんと話しておかないとな……
っとそうだ、元々の目的を忘れるところだった。
「そうだ、みんなちょっとついて来てくれないかな?」
と皆を誘って一つ裏の通りに入る。そこは表の市場とは一変する。
ずらりと並ぶのは職人街。建物の中から金槌の軽快な音が響いてくる。
その中の一軒、鍛冶屋に僕は入店する。
「いらっしゃ……おう、この間の坊主じゃないか」
「どうも親方。頼んでおいた物は出来ていますか?」
「ああ、勿論だ。いま持って来させるから確認してくれ」
その店の親方と雑談をしていると、弟子であろう若者が品物を持ってくる。
大小形様々な六品。
綺麗な白い布が巻かれているから何かは分からない。
初めて目にした僕以外の五人の頭の上には疑問符が見えそうだ。
そんな五人に一つずつ渡していく。そして残った一品は僕が持つ。
「レイーネの森では皆に助けてもらったからね。
その感謝の気持ちとこれからもよろしくという気持ちを込めた品だよ。
僕のお小遣いから買ったものだから高いものではないけれど……できれば受け取ってもらえると嬉しいな。」
それに皆は驚いたように顔を見合わす。
「そうか、じゃ、遠慮なく」
こういった時、率先して動き出すアインツが布を剥がし出す。
そこから出てきたのは二対の剣――アインツが得意とする双剣だ。
その剣には、魔法の刃を生み出す魔法陣の他にある刻印が打ってある。
「ミスティアの花」と「三日月」の刻印
バルクス伯家の家紋だ――
そして他の四人も中身を見る。
ユスティには弓。
ベルとメイリアには同型の細身の剣。
リスティには彼女が愛用しているのと同型のロングソード。
その全てにバルクス伯の家紋が打ってあった。
「エル様? これは?」
リスティが疑問の声を上げる。
「うん、リスティはまだ保留ではあるけれど、これからも僕のため……
いや、僕と一緒にいてくれる事への感謝を込めて。
その家紋が入った武器を携帯していれば、バルクスに戻った時。
皆にはそれ相応の地位を約束する……そんな物になるのかな?」
「エル……ばーか、これからも一緒に面白い事をやっていくんだろ?
んな、地位とか名誉とか二の次だぞ。
……でも……ありがとな、この品、大事にするから」
「アインツ兄の言う通りだよ。皆でバルクスを繁栄させるんだから」
そして、皆はそれぞれなりの感謝を僕に伝えてくれる。
うん……それなりに高額ではあったけれど喜んでもらえて良かった……
――――
エルスティアの幼少期のささやかな贈り物を彼らは、生涯に渡り大事に扱ったとされる。
後世、彼等の生涯にわたる友情にあやかり、友情もしくは結婚を誓う際、装飾品を送り合う事が一般的な行事となる。
それを人々は、エルが刻印したバルクス伯の家紋「ミスティアの花」と「三日月」に因んでこう呼んだ。
――誓いの花月――と




