第61話 ●「蠱毒の暗躍」
あの魔法教練の出来事から一ヵ月が経った。
当初は僕の圧勝劇にクラスメイトも微妙な空気になったものの以降の魔法教練では「低級魔法のみ」「最大で二十詠唱まで」というハンデを付けられた。
それにより僕も勝ったり負けたり(勝率的には八割程度)といった状態になり、また日常生活でも暴力の行使が一切なかった事で元の空気感に戻った。
(僕が使った新規魔法は、バルクス伯家秘伝の魔法と誤魔化した。)
ただ上級生や下級生、同学年の別のクラスに尾ひれがついて伝わったらしい。
腕に覚えがある連中からしばしば対外試合を申し込まれるようになった。
いやいや、とっても迷惑……僕はそれら全てを丁重に断っていた。
僕だってあの時、ベルに初めて怒られて色々と反省しているのだ。
普段、怒らない子に怒られるのは想像以上に効いてくる。
さらに帰宅してからもバインズ先生にしこたま怒られた。
……アァ、ゴメンナサイ、モウシマセン、モウシマセン……
……はっ! なんか当日を思い出そうとして記憶が曖昧に……
あれ以降、ラズリアや取り巻き達が僕たちに絡んでくる事が無くなった。
僕たちとしてはありがたいけれど、それはそれで不気味だ。
話は変わって帰宅後の訓練にアインツとユスティ、メイリアが加わった。
アインツとユスティに関してはスカウトが功を奏して両親、特に母親の説得が上手くいったそうで兄に家督が譲られた後は、両親共々バルクスに移住して家臣になる事になった。
なので僕の家臣になるために、僕の傍に出来るだけ居るようになった。
メイリアについては、僕に……と言うよりかはベルと仲が良いので何時の間にか一緒に訓練をするようになっていた。と言う感じかな?
彼女の場合、肉体労働よりも頭脳労働の方が得意なようなのでいずれは、ベルの補佐役としてスカウトしてみようかな?
まぁ、ある問題があるからそれが解決したらではあるんだけどね。
訓練に参加した当初は、僕が当たり前のように上級魔法を使うことに衝撃を受けたようだったけれど、人間とは慣れる生き物である。
今では、僕の魔法量の多さにも慣れたようで、逆にリスティと併せて三人とも魔法の勉強を僕からも受けるようになっている。
うん、生徒が増えることはつまりは将来的な戦力強化だからありがたい。
「しかし、エルはよく今まで学校で爪を隠してきていたな。
すっかり騙された」
「そうだよね。こんだけ魔法を使えるのは上級生にもなかなかいないんじゃない?
あ、もしかして私たちを見下していたりとかあるかもしれないよ?」
アインツとユスティは、ぶうたれる。
僕に対して、もうちょっと敬ってもらってもいいんじゃないかなぁ。
……ま、あまり畏まれるのも嫌だから良いんだけどね。
「わ、私は、家が貧乏でしたのでこうして同級生からとはいえ勉強を教えてもらえるのはとてもありがたいです」
うんうん、メイリアは優しいねぇ。飴ちゃんあげようか?
本当にこの子はいい子なんだけどね……
「それにしても、ここ最近のルーティント伯爵公子の静けさ……エル様は気にはなりませんか?」
不意にリスティが僕に聞いてくる。
やっぱりリスティも気にしていたようだ。
「うん、自尊心の塊みたいな彼が何もしてこないってのは不気味だね」
とはいえ、こちらから何かが出来るか?といわれると何もない。
だからこそ不気味なのだ。
せいぜい、何かしてきた時に備えて警戒しているだけだ。
特にベルやリスティといった女の子に対して仕掛けてくる可能性がある。
出来るだけ彼女達は僕の傍、もしくは単独行動しない様に注意している。
まぁ、このまま何もなければいいんだけれどね。
――――
「おい! 例の奴からは何も連絡が無いのか!」
「そ、それが、本日も『特に変わったことは無し』と」
「くそ! これだから無能は!
もういい! あいつは切り捨てる!」
「で、ですが!」
反論しようとしていた少年に何か物が飛んでくる。
それは机の上にあったティーカップ。
運よく顔の横を通り過ぎ後ろで割れる音が響く。
その後は無音――誰ももう彼に反論はしない。
ただ、投げつけられた少年は小さくため息を吐き思う。
もう潮時だな。と
ルーティント伯爵公子がバルクス伯爵公子に無様にも負けた日。
あれ以降、少しずつ、だが確実にルーティント伯爵公子の取り巻き達の数は減っていた。
実家に対して情報が流れ、ルーティント伯爵家につくよりも、より高位のヒューネ侯爵家の取り巻きになったほうが理がある。
そう判断されたのだ。
彼の取り巻きはもう三名ほどしかいない。
遠い地元からの指示が未だ来ていないから成り行きで……
すでにそれだけの繋がりだ。
いずれは彼らも離れていくだろう。
その事がさらにラズリアをイラつかせていた。
「もういい! 下がれ!」
ラズリアの怒声に誰も何も言わずに部屋を出ていく。
ラズリアを占めているのは既に狂気の感情のみ。
「ラズリア様、よろしいでしょうか?」
その時、彼に仕える執事の一人が部屋に入ってくる。
これ程までに殺気を放っているラズリアを意に介した風もなく。
「なんだ、セルス。何のようだ」
セルス……そう呼ばれた執事は恭しく頭を垂れる。
その動きに合わせて胸元の赤い色のナイフを模したピンズが鈍く光る。
「ラズリア様にお会いしたいと申す者が来ております。
王立学校の教師……との事ですが?」
「なに? 教師だと? まぁいい通せ。」
その答えに再度、頭を垂れる。
その口元に浮かぶのは嘲笑。
だが、ラズリアの位置からはその様は見えない。
一匹の哀れな小物が蠱毒を受け入れた瞬間だった。




