第60話 ●「蠢動(しゅんどう)」
ガイエスブルクのとある普通の民家
そこにいるのは一人の男。
夜にも関わらず光量は少ない。彼の横で燃えている暖炉の火のみである。
男の周りには煩雑に積み上げられた本、本、本。
彼の前の机の上には各地から彼宛に送られてきた手紙が積み上げられている。
男は楽しそうに鼻歌交じりに1通ずつ目を通しては、暖炉にくべる。
その内容は、各地の有力者の周りに忍び込ませたスパイからの定期報告。
伯爵クラスは当たり前、中には公爵家の執事からの報告もある。
だからこそ、読み終えた手紙は燃やし後に残らないようにしているのだ。
報告を読み、分析すればエスカリア王国の状況を家に居ながら把握できる。
詳細な分析を行っているのは別の者であるから自分は気が楽だ。
とりあえず、身の回りの状況を把握さえすればいいのだから。
ここ最近の報告は後継者を巡っての裏側での争いがメインとなっている。
どこそこの貴族がどこそこの派閥に寝返った。
どこそこの貴族の子供がどこそこの派閥の手によって毒殺された。
中身はほとんどが血なまぐさい内容だ。
だが、男にとってはその報告こそ最良なのだ。
長男ルーザス殿下、次男ベルティリア殿下、三男イグルス殿下の三つ巴であったが、そこに長女ルーザリア姫が第四勢力として上がってきている。
その状況にしたのは彼の組織の手による部分も大きい。
それほどまでに男の組織は中枢部まで潜り込んでいるのだ。
男の組織の目的は、長期に渡る王国の混乱。
いや、すでに男の組織は帝国、連邦へも手を伸ばしつつある。
もっと先の目標はラスリア大陸全土を巻き込んだ混乱なのだ。
そして、男らは焦らない。目標達成が百年後であるならばそれでもよし。
男らにとって時間的な束縛はあまり問題ではない。
時間的な束縛を焦り、失敗する事の方が罪なのだ。
だから男らは蠢く。遠い未来の我らの勝利のために。
――――
男は次の手紙に目を通し始める。
王立学校の校長の周辺を探っている報告書である。
「ふぅーむ、周辺の動きの調査を始めた……と、これはまずいですねぇ」
どうやら校長が何やら気づいたらしく周辺調査を開始したようだ。
直ぐにとまでは行かないだろうが、いずれ辿り着かれる可能性がある。
校長を殺すという選択肢も一瞬浮かんだが、それを排除する。
ここの校長は貴族との繋がりも強い。
失敗すればこちらの動きを貴族たちにも気づかれる可能性がある。
失敗の可能性も高い今、無理をする必要もない。
「ここら辺が潮時か……」
この学校での男の役目も見切りをつける必要がありそうだ。
彼のこの学校での目的は、初等教育で魔法に対する誤った知識を認識させる事。
魔法とは認識の産物だ。
魔法詠唱は、認識により脳内で魔法陣が形成され発動するのだから。
その認識に間違いがあればその分、魔法は劣化する。
魔法は貴族であっても多くの場合、こういった学校で初めて習う。
つまり、学校での教育如何によって優秀な魔法師になるかが大きく変わる。
彼の組織にとっては、自分の組織に属さない者は優秀では無いほうが都合がいいのだ。
そのため、全ての学校に対してなんらかの手の者が入り込んでいる。
そしてそれは、男でなくてもまた別の者を送り込めばいいだけだ。
手紙を暖炉にくべながら退職時期の検討を始める。
そうしながら次の手紙に目を通し始める。
「うん? ルーティント伯館? あぁ、今日の噛ませ犬か」
そして思い出す。今日の魔法教練を。
男は、自身の教員部屋から眺めていたので細かなやり取りは知らないが。
そこで感じたのは歓喜、そして危機感だった。
エルスティア・バルクス・シュタリア
最初に彼と会話した時から、感じていた違和感。
それは気のせいだとずっと思っていた。
だが、それは違った。彼の使用した魔法。
その全てが男の見た事もない魔法ばかりであった。
そして歓喜した。やはり私の感じた違和感は間違いではなかった。と
そして恐れた、彼はいずれ我々の障害に十分成り得る。と
有力者の周辺に潜り込んだ彼らに在って、ぽっかりと影響が欠落している所がある。
王家中枢そして……バルクス伯。
今まで、幾度となく手のものを使用人として忍び込ませようと図った。
だが、それらすべてに対して不採用と宣告されたのだ。
であれば、既に採用された者を引きずり込む……がもう少しで結実する。
というところで何故か暇を告げられていた。
なので、バルクス伯については家族構成、平民たちからの評価といった上辺の部分しか情報を得ることが出来ていない。
とはいえ、後継者争いからほぼ脱落した末姫を懇意にしていた関係でそこまで問題視はされていなかったが……
それに比べてルーティント伯家はいとも簡単に潜り込ませることが出来た。
妙齢の女を裏金代わりにするだけで十分だった。
(女がその後、どうなったかには興味ない……些末なことだ)
潜り込ませたものの今までの報告では、取るに足らぬ情報しかなかった。
正直優先度的にはゼロと判断するほどに。
しかし、今日の報告は男に非常に興味を持たせる内容であった。
「『帰ってくるなりバルクス伯公子への怨嗟の声を呟き続けている』
……いやはや、面白いではないか、これほどの小物でも自尊心はあるらしい。
驚くほどくだらない自尊心が」
こんなのは後継者争いを無様にやっている現状、ありふれた出来事でしかない。
今日の出来事を見ていなければ、そのまま暖炉にくべられるほどの。
だが今回は違う、これは使える。
大物なら大物の、小物なら小物の使い方が。
エルスティアを排除する為の操り人形としての使い方が。
そして男は動き出す。
『エルスティアを自分の力で排除できる』
そんな魅力的な蠱毒を哀れな小物に仕込むために。




