第47話 ●「戦術教練してみよう3」
「ちっ、いい気になるなよ」
そう悪態をつきながらラズリアは私の元から去っていく。
やれやれ、初戦からとんでもない相手と当たってしまった。
と私は自分の運の無さにため息を吐く。
まったく、なにが正々堂々とだ。
取り巻きを使ってこちらの情報を漏らされたことに気づいていないとでも思っているのだろうか?
だから中盤から漏えい者を混乱させるための欺瞞行動をとる羽目になって実際ならばもっと早くに終われた試合を長引かせる結果になってしまった。
先生も気づいてくれていたらしいことが救いである。
正直、ラズリアの戦法は私からすれば下策ばかり。
こちらが仕掛けた罠にことごとく嵌るから、逆に何か考えがあるのか?を無駄に深読みしてしまった。
(『生まれからの貴族』ではない、か……)
確かに私は、平民だったお父様の騎士団での功績により十年ほど前に貴族になったばかりの家系だ。
男爵家の半数以上はそういった『生まれからの貴族』ではない、になる。
そして『生まれからの貴族』にとっては、平民がいない場では嘲笑の対象となる。
――平民上がりの下賤な血――
それが『生まれからの貴族』の普通の考え方なのだ。
正直、唾棄すべき思考だ。
この国は大きく分けて
・王族
・公、侯、伯爵といった『生まれからの貴族』
・子、男爵といった『新生貴族』
・平民
・下民
という支配階級思想が根強い。
上のものが下のものを虐げるという歴史は長期に渡る。
後継者問題を発端として表面化してきた腐敗、それが徐々に下の階級へと蔓延し王国は少しずつ、だが確実に凋落の一途をたどっている。
それは多くの者が薄々感じているだろう。
だがそれは最早止める術はほぼない、あるとすれば劇薬クラスの変化。
すでに堤には小さな蟻の穴が開いてしまっているのだから。
考えるべきは、王国と死すか別の宿り木を見つけ出すか……それとも……
ふぅ、と息を吐きとりあえず、嫌な思いを頭から追い出す。私にとってはこの戦術教練は一番楽しみにしていたのだから。
子供の頃から大好きなお父様の横で戦術教本を一緒に読むことが好きだった、それは子供の楽しみとしては特殊だったかもしれないけれど。
その結果か自然と戦術論が身に付いていった。
いや、むしろなぜこんなにも容易に理解する事が出来たのか不思議だったくらいだ。
そういえば、今では思い出せないけれど不思議な夢を見た後からだったか?
その事を話すとお父様から「神様からの贈り物かもな」と笑ってもらえた。
私も多分そうなんだろうなと思っている。
大きくなりお父様の書庫にある戦術戦略教本を一人で読み漁るようになった。
むしろそれだけでは満足せずに中央図書館に通い詰めてもいた。
私の家にとっても本は高価なもの、易々と買う事は出来ない。
その分、中央図書館であれば幾らでも読むことが出来る。
中央図書館は誰でも入れるという場所ではない。
原則、平民は入館すら許可されない。
なぜなら置かれている書籍は二度と手に入らない高価なものばかり。
その書籍に何か……破損や窃盗が発生すれば平民なんぞ一族郎党の命や財産を差し出したところでまだ不足するのだ。
男爵公女は、はっきり言えば平民に毛が生えた程度の地位でしかない。
それでも出自が分かるという意味では信頼を得ることが出来る。
男爵公女レベルでは閲覧さえ出来ない書籍の方が多く、閲覧エリアは中央図書館の入り口付近のエリアのみである。
その中で戦術戦略教本は価値が高くは無いから閲覧可能エリアに置いてある。
なので、今でも暇があるときには通っていたりする。
大きくなった時、騎士になりお父様の横で自分が献策した戦術で騎士団を勝利に導くことが夢だった。
けれど、お父様が大怪我をして、騎士団を退役したことでその夢は終わった。
一年半前、バルクス領に向かうお父様は、正直見るのも辛い程に憔悴していた。
けれど三か月前に戻ってきた時、前と同じ、ううん、前よりもイキイキとしていた。
それは嬉しかった半面、私に出来なかった事をバルクス領で(おそらくエル様だろう)成し得た事に嫉妬を覚えた。
それと同時に興味を抱いた。バルクス領には何があるのだろうか? と
だから私の中で新しい夢が小さく芽生えた。
いずれはバルクス領へお父様と一緒に行き、伯爵、つまりはエル様に仕えお役にたちたいと。
ここ三ヵ月、お父様と一緒にエル様の傍にいることが増えた。
エル様も言ってしまえば『生まれからの貴族』だ。
それでも彼は特殊だった。
私と同様『生まれからの貴族』ではないベルさんに対しても何時も優しく接していた。
それは私にも……
「二人には何時かは呼び捨てにしてほしい」
と言われた時には正直耳を疑ったものだ。
でもそう言った事を冗談で言える(エル様自体は本気かもしれないけれど)だけでも新鮮だった。
――――
「リスティ、ちょっといいかな?」
声を掛けられて顔を上げる。そこにはエル様がいた。
「はい、なんでしょうか?エル様」
ふと私の脳裏を嫌な考えが通り過ぎる。
『リスティは卑怯な手を使わずに正々堂々と戦うべきだった』
そう言われるのではないか? と。
嫌な汗が流れ、鼓動が早くなるのを感じる。
止めて、お願い。
エル様からは、エル様からだけはその言葉は聞きたくない。
エル様は私にとっては、一度は諦めた夢を別の形で叶えさせてくれるかもしれない人。
そんな人からは、他の『生まれからの貴族』と同じような言葉
――自分自身が正々堂々と戦ったかどうかは不問となる。
自分より地位が低いものだけに強制する――
そんな最悪な言葉を聞きたくなかった。
「うん、十六ターン目に一部隊を高台に進軍させているでしょ?
この場所だと相手から発見されるリスクがあるのに何でなのか?
が知りたいんだ」
その嫌な考えを払拭するかの如く、エル様から出てきた言葉は全く違うものだった。
「へっ?」
「ん? リスティ?
えっと、十六ターン目で高台に一部隊進軍させた理由が知りたいな。と」
私の口から出た変な声に、エル様は不思議そうに私を見る。
私が質問を理解できなかったと思ったのだろう。
改めて質問内容を説明してくれる。
「……あっ、十六ターン目の高台への進軍ですね。
これはどちらかと言えば寧ろ発見される事を想定とした配置なんです。
見てもらえば分かりますけれど、この高台へは相手からは高低差の激しい登りルートしかないんです。
そのぶん進撃は鈍ります。
一方で高台に進軍した部隊とは別の部隊は高い位置に配置してました。
相手がこちらに進撃してきていたら横からこの遊撃部隊による一撃により被害を与えた後、即離脱させて相手に罠の有無という疑心暗鬼を抱かせる事を目的としていたのです。
さらに言えばこの高台は、本陣を強襲させた部隊の逆位置。
こちらで活発な動きを見せることで相手の思考をそちらに誘導させる
意味もありました。
実際に、ラズリア伯爵公子はこの部隊に対して二部隊を向けています。
それによって本陣強襲部隊の進路上から部隊を除くことが出来ました」
「おぉ、なるほど。この部隊の動きだけでそこまでの意味があったのか。
勉強になるなぁ」
エル様は感心したようにメモを取っている。
私が一番恐れていた言葉が出てきそうな雰囲気はそこには無い。
だから私は恐る恐る聞いてみる。
「あの、エル様は私の戦術が卑怯だとは思わないのですか?」
「へ?」
エル様は私の問いかけにむしろ驚く。
頭の上に大量の疑問符が浮かんでいるのがまるで見えるかのようだ。
「なんで? 戦場において兵站と本陣は血液と頭脳みたいなもんだよ?
幾ら強兵であっても食事が無ければ力が出ない。
手足のように動く部隊でも指揮命令系統が無ければただの愚鈍な部隊。
そこをまず狙うのは常識。それを軽視したほうが悪いでしょ?
寧ろこれほどの芸術的な戦術を目にすることができて幸せだよ」
さらりとそう返してくれる。私が一番言って欲しかった言葉で。
あぁ、やはりこの人は今までの『生まれからの貴族』とは違っていてくれた。
これほど嬉しい事は無かった。
「はい、ありがとうございます。エル様……」
「? お礼を言われるようなこと言ったっけ?」
「いえ、私の気分の問題ですので」
「? まぁいっか。それよりも他にも聞きたいことがあるんだよ!」
喜々として私に質問をしてくるエル様。
それに私は、丁寧に答えていく。
気づけばベルさんやアインツさん、ユスティさん、メイリアさんも傍に来て私の話を聞いてくれている。
そこには私を否定する感情は無かった。
そして改めて思う。
お父様、神様、素敵な方と出会うきっかけをくれた事、感謝します。と




