第38話 ●「王都への旅路5」
「なんだあの集団は、碌な警備がいねえじゃねぇか」
望遠鏡を覗いていた男、ザデスは誰にともなく呟く。
彼が見つけた集団は、馬車六台と比較的規模が大きい。
にもかかわらず、警護兵は十人そこら。
それ以外は、人足数名と警護隊長らしき男が一人、子供が二人とメイドが三人だ。
夜が来る前に野営の準備を始めている。
ザデスは、「黒衣の鴉」と勢力を二分する盗賊「銀狼」の頭だ。
構成員は「黒衣の鴉」より多く八十人程度。
伯爵領の西部を「黒衣の鴉」が、東部を「銀狼」が狩場としている。
また、彼らがこうして傍若無人に襲撃しているのも後ろにルーティント伯爵とのつながりがあるからだ。
定期的に襲撃した際の一定の金品または生娘を伯爵に献上する事で騎士団の警戒ルートを事前に流してもらい活動をしている。
ザデスは、今月は思っていたより商人の往来が少なかったため、次の献品時期までに金品が十分に集まっていないことに焦っていた。
こんな状況になるとは予想しておらず、ストックしていた生娘は宴会の際に酔った勢いで全員犯してしまったためこちらも期待できない。
(犯した後に奴隷商人に売ったが、ほとんど壊れてしまって二束三文にしかならなかった)
そんな中で例の集団を発見したのだ。
数としてみた場合、美味しい鴨としか言いようがない。
だが、ザデスの長年の経験からくる勘が、何かがおかしいと危険信号を鳴らしていた。
この集団は、西部から来た旅団のようだ。であれば、「黒衣の鴉」が目を付けるはず。
やつらは、ザデスたちより人数が少ない分、各町に情報員をおいて、自分たちが狙いやすい弱者を襲撃対象としている。
だから奴らは自分達を「鴉」と呼んでいた。狡賢い鴉と……
その鴉からしたらこの集団は弱者以外の何物でもないのに、ここにいる。
そもそも襲わなかったのかうまく逃げおおせたのかは分からないが……
(この時点で「黒衣の鴉」が壊滅しているとは知る由もなかった)
だが、ザデスの中でその危険信号よりも献上品未達による伯爵との繋がりが切れる事の方が問題であった。
「まぁ、相手は十人そこら、こっちには八十人もいるんだ問題ねぇだろう」
その一言で自分を納得させる。
部下に指示を送りいつもの襲撃態勢をとらせる……
軍隊的な連携が取れない彼らでは包囲態勢しかできないが……
そして鳴らされる銅鑼に合わせて襲撃を開始する。
そんな彼らに水の塊が勢いよく襲来する。
「ちっ、魔法使いがいるのか! 各員! しょせんはウォーターボールだ! 盾で防げ!」
ザデスの対応はある意味正しい。
ウォーターボールの性質は水圧による殴打に近い。
そのため盾による防御で十分のはずだった。
そのウォーターボールが盾にぶつかると同時に拡散するまでは。
「おい! なんだこれ! 体が動かん!」
「だ! だれか! 助けてくれ!」
「ガボガボボボボ!」
ある者は全身に張り付いた水により動けなくなり、駆けていた勢いで倒れると同時に顔面を地面に強かに打ち付けた。
最も不幸だった者は顔面に水が纏わりつき呼吸困難になりながらもがき続け、顔を恐怖に歪めたまま窒息死した。
その水の攻撃だけで三分の二が行動不能に陥った。
それでもまだ数の上では有利。残った者達は、起こったことに動揺しながらも突撃を続ける。
そんな彼らを次に襲ったのが、足元に突如現れた魔法陣。
その魔方陣より勢いよく薄紫色に光る鎖状の何かが体に纏わりつく。
彼らにとって幸運だったのは、鎖が完全に体を固定したため顔面から地面に倒れこむことが防げたことだろう。
八十人もの盗賊はわずか数分の出来事で全員が行動不能に陥ったのである。
――――
「どうです?バインズ先生、なかなか上手くいったんじゃないです?」
そうして胸を張る僕に、バインズ先生はどう声を掛けるべきか悩んだ。
バインズ自身、エルが新魔法を開発するとは予想の範囲外だった。
「……そうだな。とりあえず生きている奴ら全員縛ってくるか」
と自分を納得させるために一言だけ告げ、警備隊に指示を出しに行く。
今回の結果は盗賊八十三人中、運悪く呼吸系を塞がれた事による窒息死三名と転倒時に頭を強く打ったことによる一名の計四名の死者。
そして重軽傷者二十三名だった。
うんうん、前回の五十名全滅に比べればかなり改善したもんだ。
窒息死も戦闘中暫く放置したことが原因なので訓練であれば基本問題ない。
ウォーターバインド(エル命名)とチェインバインド(エル命名)の両方ともかなり有効性が高いことが分かった。
いやぁ、やっぱり実戦におけるデータはどんな実験データよりも勝るなぁ
――――
生き残った盗賊は、猿轡のうえ縄で縛られて、俺たちの目の前にいる。
「バインズ先生、この後この人たちはどうなるんです?」
「まぁ、騎士団によって背後関係を調査後、全員処刑だろうな」
「えっ、この人たちは殺されるんですか……」
エルが尋ねてきたことに答えてやると、何かを考え込むように静かになる。
さすがに、殺されるという事実に同情しているのかもしれん。
だが、こういった盗賊たちは今までより多くの無辜の民を犯し、殺しているだろう。
その根元を絶つために死は免れない。
そう、エルを納得させようと口を開こうとしたとき
「なるほど……であればバインズ先生にお願いがあるんですけど……ある魔法の完成にリアルなデータが欲しいんです!
そのために人体じっ……彼らに協力してもらいたいんです。
大丈夫! ちゃんと騎士団に突き出すつもりなので命までは取りません!」
そう、爛々と目を輝かせながら訴えてくるエル。
今、人体実験って言おうとしていたよな?
しかも「命までは」と言ったか?
なにを取るつもりだ?
そして、ここまでのエルとの付き合いで察する。
こいつは自分に攻撃してきた相手に対しては容赦がない、そしてその出来事を最大限に生かそうとする。
今回はどうせ処刑になって死ぬなら貴重なデータを取りたいという事だろう。
異常に感じるかもしれないが、この世界では人の命の価値の捉え方としては別に珍しい事ではない。
相手も俺たちを殺そうとしていた、であれば生殺与奪はすでにエルの手の上なのだから。
それに逆に言えば、エルは自分に友好的な相手に対しては非常に寛容だ。
この世界において、いずれ伯爵として上に立つものの気質としてはあながち間違いではない。
狂気の部分は部下たちが抑えてやればいい。
場合によっては抑えきれずに愚王が生まれる可能性がある。だがエルはむしろ……
俺はため息を吐くとただ一言
「無茶はするなよ」
とだけ伝える。
「はい! もちろんです!」
そう言ってさっさとエルは盗賊たちの所へ向かう。
遠くから『大丈夫です。ほんのちょっとピリッとするだけですから。』と言うようなエルの声と猿轡越しのうめき声が響いてくる。
もう一度ため息を吐いた俺は、とりあえず酒を飲むか……と焚火へと向かう。
……翌日、そこには笑顔のエルと憔悴しきった盗賊たちの姿があった。
王国歴三百年二月中頃、ルーティント伯領内で多くの被害を出していた二大盗賊「黒衣の鴉」と「銀狼」は壊滅した。
だが、多くの歴史書において原因は不明、両盗賊による縄張り争いからの自滅と推測される。と記載された。
その記述には多くの矛盾があったが、地方のたかが盗賊の話であるためそのまま歴史に埋もれる事となる。




