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第21話 ●「お友達になりましょう?」

 ベルが書庫の住人となってから三日目。


 今日もファンナの愛用していた椅子に座りながら『楽しい日本語』を読んでいる。


 時たま、『えっと、これは……』『あっ、なるほど』といった独り言が聞こえてきていることを考えるとそれなりに順調そうだ。


 僕以外にも日本語が理解できる人がいれば、作業は捗るからね。


 誰か近づいてくるような足音が扉の前で止まると、ノック音が響き僕がそれに答えると扉が開かれる。


「ひさしぶりね、エル。元気にして……えっと、どなたかしら?」


 去年の十一月から四か月ほど中央に戻っていたクリスは、見慣れぬベルを見ると僕に聞いてくる。


「あぁ、久しぶりクリス。彼女は、イザベル・メル。

 ファンナさんの娘さんで、新しく僕の御付きのメイドになったんだよ。

 ベル、彼女はクリスティア・エルトリア。

 僕の友達で週に一度位のペースで遊びに来るから。よろしくね」


「は、はい、イザベル・メルと申します。クリスティア様よろしくお願いします」

「えぇ、よろしくイザベル。私の事はクリスと呼んでくれないかしら?」


「わかりました。クリス様。私もベルとお呼びください」

「わかったわ。ベル」


 うむうむ、とりあえずファーストコンタクトはうまくいったみたいだな。

 そこに再度ノックする音が響く。それに答えるとファンナが入ってくる。


「エル様、バインズ様が来られました」

「あっ、もうそんな時間か……ごめん、クリス、実は明日から剣術の講義を受けるから先生に来てもらっているんだ。ちょっと席を外させてもらうね」

「えぇ、問題ないわ。ここで待たせてもらうわね」

「ありがとう、ベル、クリスの対応をお願いするよ」

「はい、わかりました。エル様」


 僕はベルにお願いしてファンナに付き添って書庫を後にした。


 ――――


「クリス様、お茶の準備をさせていただきますね」

「ええ、ありがとう。ところでベル?」


 紅茶を淹れるために準備を始めたベルに私は声をかける。


「はい、なんでしょうか? クリス様」


 ポットに入れる為の茶葉を量りながらベルは聞いてくる。


 本当は目上(この場合は、私は客人だから目上の立場になる。)の人が質問してきたら、一度手を止めるというのが良いのだけれどメイドになって日が浅そうだから要改善ね。


 本来は、主がいたら(たしな)めてもらうのが良いのだけれど、波風が立たないように後でエルからそれとなく伝えてもらうようにしよう。


「あなた、エルの事は好きなのかしら?」

「え、えぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 ベルは素っ頓狂な声をあげ、入れようとしていた茶葉がポット外に零れる。

 正直、私の質問は、新しく入ったメイドに対して『主を敬愛しているか?』を聞くたわいもない会話の一つでそれに対してメイドが『もちろんでございます』と定型で返すことが慣習となっている。(真偽は関係ないけれど…)

 だが、どうやらベルは別の意味でとらえたようだ。


「あ、あの、その、もちろんエル様の事はお慕いしております。

 取り柄もないような私にもお友達のように優しくしてくれますし。

 ……ですが、私とエル様では身分が違いすぎます……」


 ベルの純粋な好意にチリッと胸に痛みを感じる…


 この国では「愛情」への価値は低い、「身分」の価値のほうが圧倒的に高いのだ。

 愛しあっていても身分の差で成就することは稀、いやほぼないと言っていい。

 

 その先にあるのは悲恋である。


 エルは伯爵公子、いずれは伯爵になる。それに引き替えベルはメイド、しかも平民だ。


 今のご時世、平民がどれだけ頑張ったところでせいぜい男爵止まり。伯爵なぞ天上の人に近い。


 そして、貴族にとってメイドは道具でしかない。

 中にはメイドを性玩具としか見ていない下賤(げせん)な貴族も残念ながら存在する。

 そして、悲しいことにメイドに拒否権などない。

 拒否すれば翌日にはボロボロに犯された後、遺体になっていることも間々あるのだ。


 バルクス家のようにメイドを家族の一員と考えているのは私個人としては正常で好ましい感覚だが、この国では逆に異常・異分子として見られる。


 正直この国は、二百年を超える歴史の中で根元の部分が腐ってきている。


 もしかしたら誰もが気づいて、だけれども見えないふりをしている。


 この状況をエルならばもしかしたら変えてくれるのじゃないか?と、この二年ほど彼を見てきた私はどこかで期待しているのかもしれない。


 本当に無責任な期待だ、むしろ私達が国を変えることを考えなければいけないと言うのに。


 その期待は、親友としての友情からなのか?

 女性(七歳の私が言うのも可笑しいけど)としての愛情からなのか?

 私自身よく分からないけれど、ベルの純粋な気持ちを聞いた時の胸の痛みが答えなのかもしれない。


(私も、違う理由でエルと結ばれることは無いのにね……)


 そう、私自身、自由は無いのだ。

 今、こうしてバルクス領で自由でいられるのは、八歳になって学校に入学するまでのうたかたの夢。

 もう間もなくこの夢が覚めることは避けられないのだ。


 ベルは身分の差、私は違う理由(広義的に言えば私も身分の差なのかもしれないが)でエルとは結ばれない。


 そこに私は共通の部分を感じ、ベルに対して親近感を抱く。

 バルクス領から中央は往復だけで早くても三ヵ月ほどかかるので一ヵ月弱の中央滞在だったがその間、近づいてきた同世代の女の子たちが、出世と言った打算に満ちていた事に嫌気がさしていたのかもしれない。

 そしてもう一つ思い出すことも辛い出来事もあったからなのかもしれない。


 素直な思いが口からこぼれる。


「ねぇ、ベル、私とお友達になってもらえないかしら?」

「えっ、そんな、貴族の方とお友達になど。私は平民の出です。変な噂が……」

「私からお友達になってとお願いしているのだから。そんな事気にしなくてもいいの」


 そう言って私はベルに微笑みかける。


「それに、断言できるわ。もし、エルが私とベルがお友達になったって聞けば喜んでくれるわよ?」


 ベルはおそらく、その状況のエルを想像したのだろう。クスリと笑う。


「はい、そうですね。エル様ならば……」

「このバルクス領ではエルが三番目に偉いのよ?

 その彼が認めた仲をどうして他の人が文句が言えるのかしら?」


 正直、今の言い方はずるいかもしれない。

 結局、エルの身分を利用しているようなものだ。


「それに、私自身があなたとお友達になりたいと思ったの? どうかしら」

「……わかりました。クリス様、私とお友達になってもらえますか?」

「ええ喜んで。それとベル。お友達になったのであれば『様』はいらないわ。

 私たち同い年なんだから、敬語もいらない」

「わかりま……、わかったわ。クリス」


 こうして、クリスとベルは友達になる。

 それが、八歳になるまでの短い間なのか、生涯にわたってなのかは今の彼女たちには分からない。


 もしかしたら傷の舐めあいのようなものになるかもしれない。

 それでも、彼女たちはこれから存分に友情を育んでいくことになる。


 戻ってきたエルが談笑するクリスとベルに最初は驚き、そして友達になったことを知り喜ぶことになるのは、三十分後の事であった。

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