第207話 ■「ただ一つの問い1」
「うーん、これでジャガイモの植え付け完了っと」
僕は、植え付けが完了した畝を見ながらそう呟く。
三月になり一年を通して温厚な気温の中でも一番過ごしやすい季節になった。
とはいえ、こうして農作業をした事でうっすらと汗をかいた所に吹き付ける風で若干肌寒さを感じる。
ジャガイモは僕にとっては一番期待している食物との一つといってもおかしくは無いだろう。
後は日本人の心、お米もいずれは作りたいところである。その為にはこの世界には無い水田を作る必要があるけどね。
ジャガイモは料理だけではなく、でん粉としての用途やお酒の原料としても活躍できる。
個人的に言えばポテトフライの味に飢えているから早く食べたいものである。
ジャガイモについてはオーソドックスともいえる『メークイン』と『男爵薯』の二種類を農試用の畑全体の一割を使用して育てる事にした。
つまり植えつけの面積も多いので暇そうな面子を捕まえてお手伝いをお願いしたわけである。
その面子はバインズ先生、アインツ、ユスティ、レッド、ブルーと言った普段から肉体労働になれた者が多い。
クリスも手伝おうとしたが、来月にも出産を控えるからとベルやリスティ達にやんわりと叱られてアリスも含めて、僕たちへのお茶の準備を進めている。
とはいえ剣術と農作業では感覚が違うのだろう。植え付けが終わった後の皆は疲れたのか畑の横の草原に座ってのんびりしている。
「ねぇ、エル君。これがエル君が食べたがっていた『じゃがいも』ってやつだよね?」
種芋を片手に見ながら手伝ってくれていたユスティが近づいてきて僕に聞いてくる。
「うん、そうだよ。僕にとってはものすごく馴染みのある食べ物だね」
「ふーん、これを見る限りだとどんな味なのかも想像出来ないや……」
この世界ではイモ類という僕にとっては馴染みの深い食べ物が存在しない。
だからこそ、ジャガイモの原型をほぼ留めている種芋にもユスティは興味津々なようである。
「順調に育てば六月くらいには食べれるだろうから、乞うご期待って事で」
「そっか、楽しみだねぇ」
ユスティは育った時を想像しているのだろうか、まだ土しか見えない畑をぼんやりと眺める。
「……ねぇエル君、今から少し時間もらえるかな?」
不意にユスティが僕に向かって尋ねてくる。その頬は農作業で火照っているのか若干赤い。
「うん、かまわないよ」
「なら、どうかな。久しぶりに模擬戦でもやってみない?」
ユスティとの模擬戦か。
学生の頃は良くやっていたけれど確かにバルクスに帰ってきてからは執務が忙しくてご無沙汰だ。
「あー、確かにご無沙汰だなぁ。うん、いいよ」
「それじゃ……うん、裏庭はどうかな? み、皆には内緒で」
「裏庭で? うん、構わないよ。それじゃ行こうか」
ユスティにしては少し緊張しているのか、少し噛み気味のお誘いに僕は頷く。
そして僕はユスティを伴って裏庭へと向かうのだった。
――――
「考えてみれば、久しぶりにここに来たなぁ」
模擬戦用の武器を持ち出すために訓練場に寄った後、僕は懐かしい裏庭の風景に自然と言葉が漏れる。
「ここでベルやクリスと魔法の練習していたんだっけ?」
「うん、それ以外にもバインズ先生に剣の稽古もね……懐かしいな」
ふと、あのころの事を思い出す。僕の原点は裏庭と書庫と言ってもいいだろう。
日がな一日と言ってもいいほどにここと書庫で勉強や鍛錬をしていたものだ。
バルクスに帰ってきてからはちゃんとした訓練場も整備されたため来ることは殆どない。
代わりにメイド達やクリス達が休憩をするためのオープンテラスが整備されている。
使わなくなった後も何だかんだとここには愛着がある。
寂れることなく皆の団欒の場所になっていることに僕は嬉しさを感じていた。
「それで、対戦形式はどうする?」
「うーんと、距離は五十メートル、殺傷能力の高い攻撃魔法は無し、相手に有効打を与えたと判断したら終了。でどうかな」
五十メートルは、ユスティが得意とする弓を考えた距離だ。実際には有効射程を考えると百メートルスタートがいいんだろうけど残念ながらこの裏庭には百メートルの距離を確保できるだけのスペースが無い。
まぁ、五十メートルの距離を取れるだけでも無駄に広いけれどね。
殺傷能力の高い攻撃魔法は無しということは転じれば、束縛系・防御系やけん制用の攻撃魔法はありとなる。
訓練場であれば、聖遺物『女神の加護』で武器や魔法のダメージを抑えることが出来るけれどここはただの裏庭。
ダメージを直接受けるから殺傷能力が高い魔法が駄目なのは当たり前だ。
ある程度の怪我であれば治癒魔法で治せるからそれなりに使用できる攻撃魔法もあるけれどね。
僕とユスティの単純な実力で言えば、武器による攻撃ではユスティに魔法では僕に分がある。
とはいえ、ユスティ自身も魔法力は僕に劣るとはいえ、平均からすれば頭が三つくらい突き出ている。
アインツよりもさらに魔法力は上であろう。そして射撃系の攻撃魔法については僕よりも優れている。
面制圧魔法といった僕が得意とする魔法は殺傷能力の高さで禁止となると、かなりのハンデを背負ったことになる。
単純な図式で言えば短期戦ならばユスティが、長期戦となれば魔法力が高い僕が有利と言ったところだろうか。
とはいえ模擬戦、しかもユスティとは久しぶりだから僕としては勝敗は二の次。
ユスティの現在の実力を見ることが出来るのは願っても無いことだ。
「その条件で問題ないよ。ユスティ」
「それでね。エル君。ただ単に模擬戦をするだけだと張り合いが無いからさ。ひとつ賞品をつけてもいいかな?」
「賞品……ものすごく高いものとかは無理だよ?」
僕の返しにユスティは苦笑いをする。
「そんな、高価なものとかは考えてないよ。……えっとね、勝った方が負けたほうに質問を一つ出来てそれに絶対に答えなければいけないっていうのは……どうかな?」
「……ほほぅ、それはユスティのスリーサイズでも?」
僕が冗談で返した言葉に、ユスティは瞬く間に顔を真っ赤にして両腕で胸を隠す仕草をする。
ふむ……ユスティ君。それは逆にこちらをドキドキさせる罪な仕草なのだよ。
「エル君のエッチ……でも……うん、いいよ」
マジデカッ! ……いや、クリス。これはお茶目なただのネタだからね。うん。問題ない問題ない。
何故かこの場にいないクリスの満面の笑顔が頭に浮かんで言い訳をする僕。
なんだかクリスなら何処からか話を聞きつけそうな予感があったりする。もし勝ったときに聞かなければセーフでしょ……だよね?
「んじゃ、その賞品で大丈夫だよ。それじゃ始めようか。僕が腕を振り下ろしたらスタートでいいよね?」
「うん、それで大丈夫だよ」
お互いにスタートの合図を決めた後、ユスティとの距離を広げる――その距離五十メートル――ユスティが指定してきた距離だ。
僕たちの模擬戦では昔から変わらないルールが一つある。
それは開始前から発動させなければ魔法詠唱しても問題ないというルールだ。
学生の頃は気にしても無かったけれど、今にして思えば皆が皆、複数魔法を詠唱できるだけのスキルと魔法力がある事が異常だったともいえる。
このルールゆえに初手から魔法での応酬から始まるのが通常だ。
僕も、チェーンバインドとウォーターダガー(ウォーターアローの殺傷能力低下版)の詠唱を行う。
遠めに見えるユスティも得意とする弓矢を構えながらも詠唱していることだろう。
十分に詠唱時間を取れただろうと判断した僕は左腕を空に向かって上げ……振り下ろす。
こうして、僕とユスティの模擬戦はスタートしたのだった。
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