第2話 ■「蛾への転生(予定)」
朦朧とした意識が徐々にはっきりしていく中で、背中に硬いものを感じた僕(雄一)は疑問を抱いた。
(あれ? 感覚があるってことは、あれだけの衝撃を受けたのに死ななかったってことか?
けど、障害が残る形で生き残ってたら、ゲームが出来ないとか絶望だなぁ)
若干ずれた感想を抱きながら閉じていた目をゆっくりと開け、「知らない、天井だ……」と、一度は言ってみたかったセリフを呟き、少し満足感を得る。
どうやら床に横たわっているらしく、ベッドに寝ていない事で担ぎ込まれた病院ではなく、天井がある事で自分が轢かれた事件現場でないことを理解する。
(ってことは何処だよここ……)
状況を確認するために上半身を起こし、あれだけの衝撃を受けて痛みなく上半身を動かせることに驚きながらあたりを見回す。
一辺が十mほどのかなり広い部屋の中央に僕はいるらしく、しかも物が何もない殺風景な部屋だ。
状況を確認しようとしてさらに状況がわからなくなったことに混乱する。
「ようやく目覚めたようじゃな」
不意に後ろからそう声をかけられ。僕はとっさに振り返る。
あまりに急に振り返ったので少し首が痛い……
「わしの姿は見えるかの?」
「えっと……某、毒薬で体が小学生になった探偵の物語に出てくる犯人のような全身黒タイツ姿の人影であれば」
「おっと、そうじゃった。人間にはこの世界は高次元すぎて認識できんのじゃったな」
そう言うと、全身黒タイツの人影は、好々爺然とした容貌に変わる。それと同時に殺風景だった部屋の風景も激変する。
いままであった壁が無くなり老人の背後に広がるのは、どこまでも広がる雲海。
ただ僕達のいる場所は、その風景に似つかわしくない四畳ほどの畳張り。
それだけでここが現実世界でないという事を思い知らされる。そして、この老人もただの老人でないことも。
「これでどうじゃ?」
「はい、とても気の良さそうなお爺ちゃんの姿で見えます」
「ふむ、ならばとりあえずこの姿でええかの。では、藤堂雄一よ」
「はい」
「お主は死んでしまったのじゃっ!!!」
「あ、はい、そんな事だろうと思ってました。」
「なんじゃ、もう少し驚くとか悲観するとかしてもいいじゃろうに」
と、老人は言うと少し残念そうにする。
「と言われましても、車に跳ね飛ばされた自覚がありますし。あのスピードで跳ね飛ばされて死んでいない方が無理がありますよ」
「うーむ、やはり死ぬときに意識があるようだと、衝撃の事実に対してのインパクトが落ちるのぉ」
「さらりと恐ろしいことを言われますね。」
僕は、心のノートに『この爺は、性格が悪い』と書き込む。
「まぁ、よいか……では改めて、藤堂雄一よ。お主は交通事故に巻き込まれ即死した。
つまり現世での生を終え、輪廻に戻った状態じゃ」
いわゆる神であろう目の前の老人は語り始める。
「とすると、次は転生をするのじゃが、お主は『蛾』に生まれ変わる予定となっておる」
「蛾……と言いますと、夜の街灯の周りを飛んでいるあの蛾ですか?」
「そうじゃ、あの蛾じゃ、ちなみに寿命は二・三か月といったところかの」
そう言われて真っ先に思ったのは、また二・三か月もしないうちにこの爺さんに会わなきゃいけないのか。である。
「えっと、何とかならないんですか?」
「何ともならんの……元々、人間が再び人間に転生できるのはガチャでURを一発で引く感じかのぉ」
その絶望的(雄一的私感)な確率を聞かされて目の前が暗くなる。
そんな落ち込んだ僕をみて、老人(神)は少し満足したように頷く。
やっぱり性格最悪じゃねぇかと僕は、心のノートにさらに書き込む。
「そんな蛾(予定)になるお主に一つ提案があるのじゃがな?」
と神は切り出す。
「畜生に転生予定のお主のような者に、人として転生する代わりにその人生をモニタリングする事を提案しておる。
実は、モニタリングしたデータを集積して分析するのが神の実務の一つとなっておるのじゃ」
「神の実務……」
「とは言え、ただ平穏な世界をモニタリングしたところで何にもならん。
転生先は百年後に何らかの原因で人類が滅びる事になっておる。
それに対して転生者がどう行動するか? をモニタリングするのじゃ。
神はある一定ルール下でのみ転生者に介入するが、それ以外は原則ノータッチとなる。
世界が滅びるまで気ままに生きても良いし、滅びに抗い立ち向かっても良い。
その者が死ぬまでに何をなすか? の多くのサンプルを取りたいのでな。
ちなみに百年後に滅亡するというのは一切の介入が無ければというのが前提じゃ。
滅亡の事実を知る異分子……つまりお主じゃな。を入れることで、そもそもその前提は崩れる。
以降はお主の行動次第で百年より以前に滅亡回避をする可能性もあれば、滅亡までの猶予が百年以上に延長されるだけで終わるという事もある。
最悪の場合百年を迎えることもなく滅亡……という事もあるじゃろうな。そのいわゆる歴史の分岐する様こそがサンプル対象なのじゃから」
そう言って神は、どこからか取り出した湯呑みに入ったお茶をすすりだす。
そのちょっとした時間で僕は、いったん状況整理のために思考を始めた。