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神様のモニタリング 第一章 ~人類滅亡回避のススメ~  作者: 片津間 友雅
バルクス辺境侯編

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第181話 ●「元王女の価値2」

「……不幸な事故で死んでいただく予定……でした」


 その衝撃の告白にもクリスは微笑んだまま動揺した雰囲気は全く無い。


「その事故の首謀者に担ぎ上げるのは……そうね……ルーザリア姉様派のエウシャント伯ってところかしら?」

「……はい……その通りです」

「やった、予想通り」


 アリスの答えにクリスは自分の予想が当たったことに喜ぶ。

 自分の命が狙われていたという話にも拘らずだ。


 それは無知な箱入り娘と話すかのような錯覚を抱かせるが、そうでないことをアリスが一番理解している。

 この八ヶ月ほど皆に混じってクリスという人間を見てきていたが、少なくとも彼女が馬鹿でないことは理解していたはずだ。


「今回の婚儀について提案したのはイグルス兄様派のファウント公爵。

 そしてベルティリア兄様派のウォーレン公爵も賛成していた。

 まぁ、ウォーレン公爵の事だから降嫁させると聞いたからだろうけれどね。


 けどルーザリア姉様派のメルカルト公爵達は是とも否とも言わなかった。

 そんな中で私が死にエウシャント伯に疑いが向けば……」


 そう、思い返せばエルに彼の真実を告げられた時、冷静に物事を分析する一端を見せていたではないか。

 しかもその会議の場に居なかったにも拘らず既にそれだけの情報……アリスと同等の情報を入手することが出来るほどに。


「……クリス様とエルスティア様の婚儀に賛成したファウント公爵とウォーレン公爵の面目がつぶれることになります。

 特に第一王女派と水面下で対立している第二王子派とはより対立を深めるでしょう。

 ウォーレン公爵という為人(ひととなり)を考えますとかなりの高い確率で……


 そうすればバルクスの北の情勢が大きく動く。

 上手くいけば北は内乱状態になる」


「それはバルクス辺境候にとっても無視できない状況……場合によっては武力介入する状況になり得る。

 妻の無念を晴らすためという御旗(みはた)と共に……

 内乱で消耗した伯爵程度であれば、バルクスの新装備があれば簡単に占拠できる。

 それはルーティント領を占領した時のように一時的には混乱するでしょうね。

 けれど将来的にはバルクスにさらに力をつけることに繋がる。

 そう、中央が容易にバルクスに介入できないほど……いえ、バルクスは公爵級の発言力すら持てるほどに」


 これは一種の賭けである。


 アリスにとってエルが所領するバルクス辺境候の状況を良くすることが第一。

 王国全体の状況なぞ正直、二の次なのだ。


 その状況というのは経済力もそうであるが、王国内での発言力の増大も含んでいる。


 特にアリスは王国の体制の変化もしくは崩壊を求めている。


 大胆なことを言えば、アリスとしてはエルに新しい国の王になってもらう事も考慮している。

 いや、エルの性格と転生前で暮らしていた政治体系を考えれば将来的には民主化も一考の価値はある。


 エル自身に自分が王になるという気は無いだろうが、結果として。であればいいのだ。


 その為であればアリスは何でも利用する。

 馬鹿馬鹿しい権益を巡っての後継者問題だって利用する。

 それによって疲弊し、救いを求める平民の心だって利用する。

 そして……人の命に対しての価値だって利用する。


 後に自分が悪名高い人物と言われようと……別に将来自分がどう評価されたって構わない。

 ただ自分を拾ってくれたエルが泥をかぶることが無いように……細心の注意をしながら……


 そういった意味ではウォーレン公爵の性格を調査した上で勝算は高い賭けであった。


 もちろん失敗したとしてもそれ以外にも複数の道筋は考えうる。

 一つの策に全てを賭けるなんて愚者のやり方だ。


 ただ、この賭けに比べれば時間がかかるのだ。

 それなのに……


「ですが本人にばれてしまいました。まだまだ私も甘いですね」


 アリスは苦笑いする。

 そう、本人に気付かれた時点でこの策は破綻したに等しい。


「どうなさりますか? エルスティア様にお伝えすればギフト持ちとはいえ解雇されるでしょう。

 エルスティア様はこの様な策はお嫌いですから……」


 自分はクラリス・バルクス・シュタリアと言う人間を、ただの世間知らずの王女と読み違えていたのだ。

 こういったところが自分の甘さなのだ。


「えっ? なんでエルに伝えるの?

 私がアリスの立場なら同じ事を検討するわよ?


 なんせ王位継承権をなくした『元』王女なんて利用価値が無いもの。

 バルクス発展を考える人からしたらただの厄介者。

 それなら排除しつつ、バルクスに有利に働く可能性がある策に利用するわ。

 もっとも効率よく、最高のタイミングで」


 だけどクリスの答えはアリスが全く予想していなかった言葉だった。

 罵倒されることも覚悟していたのだ。


「どう……してですか?

 なぜ怒らない、罵倒しないのですか?

 私はクリス様の命を!」

「でも、あなたはそうしなかったじゃない?」

「っ!!」


 そう、アリスは結局そうしなかった。

 実際にエルとクリスが面会し、そしてクリスがかつてからのエルの想い人だと分かった時点で自分の中で廃案になったのだ。


「できるわけ……ないじゃないですか……

 ただの王女では無かった……エルスティア様と……ベルの幼少期からの大切な人……そのような人の命を奪うなんて……」


 無意識のうちに目からは涙が溢れ出す。

 もしそのまま実行していれば……エルとベルが……悲しむのだから。

 それは自分にとっても受け止めきる自信が無い。


 この四年の歳月はアリスにとってはかけがえも無く、素晴らしい時間。

 それを自らの手で止めるなど、出来るわけがない。


 そんなアリスをクリスは優しく抱きしめる。


「本当にあなたは優しいわね。アリス」

「……そんなこと……それではいけないのです。

 私はエルスティア様のため、時には非情な決断をしなければ……」


「それを分かった上でも、やはりあなたは優しい子よ。

 ……ごめんなさいね。アリス」

「…………」


「あなたは()()()()()()()の執務長官として王国、いいえエルをも騙さなければいけない。

 そんな決断をしなければいけない」


 その言葉は、アリスの中に違和感無く入ってくる。

 そしてクリスはアリスに微笑む。


「ほんと、エルの周りにいるのはお人好しばっかりだから……

 王位継承権を失った元王女を正妻にするなんて何のメリットも無いのに皆が皆、諸手(もろて)を挙げて喜ぶんだもん。

 アリスみたいに一歩引いた所から状況を見てくれる子がいないと不安しかないわ」


 クリスは、ベルを筆頭としたお人好したちの顔を思い出したのだろう。

 クスクス笑う。


「だからこそあなたが私を利用しようとしていた事は、褒めこそすれ怒れる話ではないわ。

 ……まぁ、自分の命が危なかったってのは複雑ではあるけどね」


 それにはアリスも苦笑いする。


「だからこそ、心配なの」

「心配……ですか?」


 アリスは考える。だがクリスが抱いている心配事の見当がつかない。


「アリス本来の人格の磨耗がよ」

「えっ?」


「あなたは優秀な子よアリス。私が知る限り中央でもあなたほど仕事をこなすことが出来る人は見たことが無い」


 そう言いながらクリスは、アリスの頬を伝う涙を拭う。


「けれどあなたは優しすぎる。

 それは非常に好感が持てるし、これからも変わらないで欲しい。

 でも執務官として見た時、それは大きな弱点だわ」

「……はい、自分でも分かってます……」


「そう、あなたは自覚しながらもバルクスのため、エルのため非情な決断をしていく。

 それは少しずつ(よど)みと成って貴方の心をすり減らしていく」

「……」


 それは、あくまでも予想だ。

 今のところアリス自身、心身に変調を感じさせることは無い。

 もしかしたら取り越し苦労かもしれない。


「けれど今の環境では、あなたの苦しみを吐露することは出来ない。

 ……皆、優しいから……」


 それはアリスも分かっていた。

 自分の苦しさを聞いた時、その苦しさに気付いてあげられなかったと悔やむような優しい子ばかりだ。

 それはアリスの本意ではない。


「でも、私なら大丈夫でしょ?」

「えっ?」


「私ならあなたの非情を否定しない、責めない。

 だって、あなたがいなければ多分、その役目は私が果たすべきなのだから」


 アリスから見てもエルの周りは善意の塊みたいな子ばかりだ。

 そもそも政治という虚実の場に向いていないのだ。


 厳しい言い方をすれば、執務については子供のままごとレベル。

 だがそれも仕方ない。


 彼らの得意とする分野に必要とされる素質と政治に必要とされる素質は異質なのだから。

 ベルがアリスのように執務をする事が出来ないように、アリスがベルのように新たな技術を創造する事は出来ない。


 何事も適材適所なのだ。


 冷静に物事を見る視界の広さ。

 感情を上手くコントロールしながら喋る交渉術。

 そして、自分と同じく非情な策すら思いつくことの出来る知識。

 そういった意味では確かにクリスの能力は執務官向きだろう。


「……ですが……」


 けど、アリスは戸惑う。

 今までの彼女の人生の中で家族以外を頼ったことは一度も無い。

 強烈な男尊女卑の中で生きるためには、誰かを頼るわけには行かなかった。


「んー、なら……

 これからは私からの二人だけのお茶会の誘いを受ける事。

 そして、その際には忌憚無くおしゃべりする事。

 これは当主夫人からの命令よ。いいわね?」

「……エルスティア様の夫人ということは、私にとっては主人も同様ですか……

 それなら仕方ないですね」


 そうアリスは苦笑いする。

 それをクリスは満足したように頷く。


「アリス、これからもエルの事を支えてあげてね」

「……はい、エルスティア様のため、そして……お子様のために」


 その言葉にクリスは驚く。

 そして無意識のうちにお腹に右手を当てたことでアリスも確信する。


 それにようやく一本取ったとばかりにアリスは微笑むのだった。

いつも読んでいただき有難うございます。

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