第151話 ■「ルーティント解放戦争11」
一方でルーティント軍は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
見張り塔の倒壊により数十人の被害も出ており、さらに何時どこに砲弾が落ちてくるのかも分からない恐怖は、訓練で鍛えられた騎士であっても許容量をオーバーフローしていた。
それは、ラズリアも例外ではない。
なにせ最初の攻撃による一発は、偶然にも彼がいた部屋の隣に直撃。
近習を含めて数人の死者を出していた。
そんな大混乱により、ラズリアの周りにはお供の者もいない状況。
その中で彼は、執務室の当主席に座り震えていた。
「だ、誰か! 誰か居らぬのか!」
彼が振り絞るかのように上げる声に応える者はいない。
いや……
「これはこれは、ラズリア様。このような場所にいましたか」
今の状況に似つかわしくないほどに落ち着いた声がラズリアの耳に飛び込んでくる。
「おぉ、おぉルーディアス。そなたが居った! この状況を何とかしろ!」
その声に呼ばれたルーディアスはより目を細めながら自身の顎を触る。
「いやはや、どうしようもございませんな。最早、モレス要塞の陥落は避けられますまい」
「なっ! ふざけ……」
ラズリアの声は、直近に再び落ちたのであろう砲撃の破壊音にかき消される。
その破壊音に体を硬直させたラズリアのことをルーディアスは楽しそうに眺める。
「ラズリア様、あなたはとても素晴らしかった。
こうしてエルスティアの力の幾つかを引き出していただけました。
とても優れた当て馬でした」
「な、何を言っておるルーディアス?」
ラズリアにはルーディアスが語っている言葉が理解できない。
いや、理解したくないというほうが正しいか?
ルーディアスは確かに自分のことを当て馬と呼んだのだから。
「ですが、ま、ここまでですね。
私はここで失礼させていただきますよ」
「どういう、どういうことだ! ルーディアス!
此度のバルクスへの攻撃を唆したのは貴様であろう!」
今回のバルクス伯への攻撃はルーディアスの勧めと巨額な資金提供によって実現したといえる。
それを彼はあっさりと捨て去ろうとしているのだ。
それにルーディアスは、笑い始める。
最初は小さく笑っていたが次第にこの部屋に響き渡るほどの大声で。
「いやはや、馬鹿はどこまで行っても馬鹿だな。
お前など所詮使い捨ての駒にしか過ぎんというのに、自分が偉くでもなったつもりだったのか?
度し難いクズだな」
その口から発せられる言葉は、今までの口調と大きく異なる。
「ル、ルーディアス?」
それにラズリアは動揺し受け入れられない。
「本来であればこの場でエルスティアに殺されて……いや、実際には私が殺して口封じのつもりだったが……
ふむ、気が変わった。クズはクズなりに最期まで活用するとしよう」
そう言うとルーディアスは今までの様子からは想像も出来ないほどの速度でラズリアに近づくと……
「えっ……」
首元にチクリとした痛みをラズリアは感じる。
「ルーディアス、貴様なにヲ……ガッ、グゥゥウゥウゥウゥ……」
その痛みは瞬く間に熱さに変わる。それがラズリアの体を犯していく。
まともな言葉をしゃべる事すら直ぐにできなくなる。
その様を楽しそうにルーディアスは眺める。
「これは面白い聖遺物でしてね。
百八匹の蛇を殺し合わせて最後に生き残った蛇の生き血と毒を……蟲毒として吸わせることで人間を魔物にする事が出来るのです。
まぁ、再度同じ能力を使えるようにするのが手間ではありますけどね。
あぁ、私はそういった蟲毒や毒を使うゆえに仲間からは『蟲毒』の忌み名で呼ばれているのですよ。
あなたがもう知っておく必要もない情報ですがね。
その者の憎悪によって場合によっては王級魔物も夢では無いですよ。
最期は自分の力でエルスティアと決着をつけるとよろしいでしょう。
勝ち目があるとは思いませんがね。
さてさてお別れもさみしいですが、死ななければまたお会いしましょう」
そう丁寧なお辞儀をするとルーディアスは闇に混じるかのように消えていった。
残されたのは人外。もはや元の姿を想起させるものは何も無い。
ラズリア・ルーティント・エストは死に、一匹の哀れな魔物が誕生したのであった。
――――
「扉の破壊を確認しました! 内部に侵攻できます」
モレス要塞の状況を確認していた監視兵から声が上がる。
それを聞いたリスティは即座に指示を出す。
「第二・第三騎士団の進軍を開始。モレス要塞の要所を占拠してください。
投降してくるものについては、出来るだけ受け入れてください。
ですが、偽投降の可能性もありますから気をつけて」
「了解! 第二騎士団進発する!」
「よっしゃ、第三出るぞ!」
リスティの指示に合わせてフルード率いる第二騎士団とルッツ率いる第三騎士団が動き始める。
「鉄竜騎士団は待機。不測の事態に備えてください」
「おぅ」
「了解だよぉ、リスティ」
鉄竜騎士団のアインツとユスティがリスティの指示に答える。
難攻不落と信じていたモレス要塞が抵抗することも出来ず三時間ほどの砲撃で城門が破壊されたというショックはルーティント軍の慌てようからも十分に伝わってきている。
既に戦闘は最終局面に到達しているだろうから僕の出番ももう無いことだろう。
「うん、とりあえずこのまま行けば数時間で占領できるかな?」
「ですね。以降の処理は私達で行いますから、エルは明日にでも主都に戻っても大丈夫かと」
「はぁ、やれやれだね。ベルのお茶が懐かしいよ」
「帰ってから好きなだけ飲んでくださいね」
「いいよなエルは、俺たちはこれからも当面飲めないからな」
「ま、騎士団長としてしっかりお役目を果たしてきてよアインツ」
恐らくルーティント軍の最後の組織的な反抗になるであろう戦いの終わりが見えてほっとした僕達は軽口を叩き合う。
とはいえエルスリードに戻ったからといって僕ものんびり出来るわけじゃない。
ルーティントを占領した後の政策を考える必要がある。
王国内の戦争によって占領した領土というのは余程の――国王からの介入が無い限りは勝者が管理することが認められている。
もちろん敗者に戻すこともありえるけれどその場合には高額な賠償金を元に売却するという体がとられる。
今回の場合、ルーティント側にこれから占領するだろう領土を戻すのか? となると否ということになる。
そもそも、解放戦争を謳っているのだからルーティントに戻してしまうと意味が無い。
とはいえ、別の領主を新しく置くのか? となると王国法でそんな権限は伯爵には認められていない。
というよりかはせっかく手に入れた領地を他人に譲るなんて考える貴族がいないから法になっていないというのが正しいか。
つまりはそのまま僕が所領とすることになる。
かといって所領が二倍になれば何もかもが二倍になるとはいかない。
戦争によって平民に損害が出た場合は、生産力に直接的なダメージになる。
それをまずは補填して回復させる必要がある。
将来的には封領の生産力は増えるだろうけれど直近はむしろマイナスになると考えたほうがいい。
まだ、憲法や宗教といった政治思想の抜本的な変更が無いだけましといえるだろう。
今回は出来るだけ平民に被害が出ないようにしているけれど、そもそもが今までの重税によってルーティント伯の領民は消耗しているのだ。
税率を適値にしても回復するまでは当面の間は補填してあげる必要がある。
しかもバルクスの元々の領民から不満が出ないように注意しながら……
うん、正直面倒な話だ。
なにもかもがルーティントが喧嘩を売ってきたことが原因といってもいいだろう。
……少なくとももう少しバルクス伯の生産力が安定してからにしてほしかったものだ。
「……おい、エル。なんかこっちに向かってきているぞ」
不意のアインツからの声にこれからの政治政策にげんなりしていた僕は、現実に戻される。
そしてアインツが見ている方向に目を向ける。
「……なぁ、アインツ。僕達って中級魔物に好かれる性質なのかな?」
「悪いな、エル。俺も今、そう言おうと思ってたところだ」
向かってくるのは一匹の獣。
それは下級魔物とは異質の存在。
僕達はアストロフォン以来の中級魔物との遭遇を果たすのであった。




