第15話 ■「とあるイレギュラーな出会い」
クリスといったん別れ、一通りの挨拶が終わった僕は一人テーブルに置かれている料理を皿によそって一息つく。
今まで、挨拶ばかりで碌に食事もできていなかったのでお腹がペコペコだ。
「これは、エルスティア殿、ご挨拶させていただいてよろしいかな?」
不意に後ろから声をかけられる。どうやら食事はお預けらしい。
「はい、問題ないですよ」
と後ろを振り返る。
「お久しぶりでございます。エルスティア・バルクス・シュタリア殿」
「えぇ、五年ぶり、ですかね。お変わりなくお元気そうで。
それで、どういったご用件でしょうか。誕生日プレゼントはもう貰ったはずですけど?」
そこにいたのは、この世界には似つかわしくない着物を着た、僕をこの世界に転生させた神だった。
左手にはステッキを持ち、あの頃と同じように好々爺然とした微笑みを浮かべている。
着物姿の彼についても、周りは特に気にした様子が無い、認識操作でもしているのだろうか?
「ふむ、そこら辺を話すにしても少々回りがうるさいのぉ」
そう言うと、左手に持っていたステッキの先を床に打ち付ける。
その音が広がるのに合わせて世界は一変する。
周囲のさざめきがピタリと止まる。いや、それどころか人も動かない。
時も止めれるのか。ま、神様だからできるか…と考える。
普通に考えるとバカバカしいことこの上ない。
「これで話しやすくなったかの。少年。
前のように『藤堂雄一』で呼んだ方が良いかの?」
「いいえ、もうエルスティアで呼ばれることに慣れたので。
エルと呼んでください」
「ふむ、わかったぞエル。この世界にも慣れたようで良かったわい。
さて……五歳分の『ギフト』は既に与えたのに本日来た理由じゃが」
本来来るべきではない、今のタイミングで態々神様が動いたのだ。
よほどの出来事があったと考えるのが普通だ。人知れずゴクリと唾を飲み込む。
「いやの。同時期に転生した者達に『ギフト』を流れ作業のように与えておったら、お主には既に与えておったことをすっかりと忘れておっての。
もう来たもんはしょうがないから特例でお主にも与えようと思ってな」
あぁ、ダメな大人だ。
ダメな大人だけど。僕にとっては有利になる事を言ってなかったか?
「今、何と?」
「うむ? じゃから『同時期に……』」
「いえ、その後です」
「『もう来たもんはしょうがないから特例でお主にも与えようと思ってな。』かの?」
「はい、それです。今回も『ギフト』がもらえるんですか?」
「うむ、そう言ったの。
とは言え今までも融通しておるからただとはいかん。
とはいえ十歳あたりだとまた今回と同じようなことをしそうじゃから……うむ、百歳の時点の『ギフト』で賄う事にするかの。
おぉ、ナイスアイデアじゃ。どうせお主もくたばる手前じゃから望みもなかろうて」
ひどい言われようだが、こちらとしては直近の『ギフト』よりも終盤の『ギフト』を使われる方がありがたい。
百歳の『ギフト』が無いことで滅びるんだったらそれ以前に詰み状態ってことになるし。
とはいえ、これが引っかけでないとは言い切れない。
「今回の『ギフト』をお断りするというのは?」
「もちろん構わんが……なんじゃ、ワシが何か引っかけようとしているとでも思っておるのか?」
「そこまでは、まぁ念のための確認ですよ」
「安心せい百歳の時の『ギフト』が無ければ詰むみたいな意地悪はせんわ。
百歳の『ギフト』は滅亡を回避したことに対するご褒美と言った所じゃ。
とはいえ、ワシの裏を読もうとしたその対応は合格じゃ」
「お褒めいただき、ありがとうございます。
それじゃご褒美の前借りという事で」
「うむうむ。それでよい、で何を求めるか?」
さてと、引っかけではなさそうなので改めて『ギフト』について考えよう。
もともと十歳になった際に要求しようとしていたことは決まっている。
それを五年も前倒しでもらえることは非常に有利だ。
ただ実際にそれをお願いするタイミングになってふと湧き上がる『本当にそれでいいのか?』が躊躇させる。
もっと他にここでお願いしておかないといけないものがあったのではないか?
ここの選択肢を間違えたことで逆に詰みになるのではないか?
といったネガティブな思考ばかりが出てくる。
(これが実際に『ギフト』を求めるという事なのか。)
と思い知らされる。
ふと、妹たちの寝顔が頭をよぎる。(今もぐっすりと眠っているだろう)
そうだ、妹たちのためにこの世界を救うと決めて、ずっと考えてきていた事じゃないか。
人間って守りたいものがあると強くなるっていうのは本当なのかもしれない。
今は妹たちのためという気持ちがいずれは、妻のため、子供のため、
孫のためが増えていくのだろう。
そう思うと同時に今まであったネガティブな思考が無くなっていく。
「では、僕が求めるのは『転生前世界にある技術・知識が記載されている数多の書物』です」
「ふむ、了解した。
と言いたいところじゃが、『ギフト』で叶えられる範囲じゃと正直この屋敷の書庫では入りきるまい。
じゃからお主にはこの指輪を渡しておこう」
そういって神は僕に指輪を差し出す。
ほぼ何の装飾もないが、見る角度によって七色に色が変わる不思議な指輪だ。
「この指輪は『書庫の指輪』といって数多の蔵書がこの中に入っておる。
お主が読みたい本の名前もしくはジャンルを思えばそれに対応した本が具現化される。
名前の通り本しか収納出来ないのが欠点じゃが、お主が求めるものとしては十分じゃろう使い方は指にはめておけば勝手に理解できるから説明は省くぞ」
「はい、ありがとうございます」
「なになに……エルよ……」
「なんでしょうか?」
「以前も言うた様にワシはお主に非常に期待しておる。
期待を裏切らんように今後も精進せよ」
「もちろんです。
この世界に来て五年。まだほとんどこの屋敷から出たことが無いとはいえ、守りたいと思う物が増えました。
それらを守るためなら出来る限りのことはやろうと思います」
「そうかそうか、期待しておるぞ。
それでは、帰るとするか。エルよまた五年後に会おうぞ」
神は再びステッキの先を床に打ち付ける。それと同時にさざめきが復活する。
そして、僕の目の前にいた神は姿を消していた。
夢でも見ていたかのような出来事を、右中指にはまった指輪が本当の事であったことをアピールするかのように七色に光を発していた。




