第142話 ■「ルーティント解放戦争2」
王国歴三百九年六月二十四日
バルクス伯カモイの町から東に一時間ほど移動したところにある仮駐屯地。
いや、流民対応が始まってからは正式に『カモイ駐屯地』として建設が完了していた。
その駐屯地の会議室に今回の戦争に参加する皆が集結した。
軍令部長、バインズ・アルク・ルード。
軍令部副長、リスティア・アルク・ルード。
第二騎士団長、フルード・ゼクス。
第二騎士副団長、ミュラー・ロズダイク。
第三騎士団長、ルッツ・ヘイマー。
第三騎士副団長、アスタート・ネイク。
鉄竜騎士団長、アインツ・ヒリス・ラスティ。
鉄竜騎士副団長、ユスティ・ヒリス・ラスティ。
と僕の計九名。
皆が皆、鋼鉄で製造されたプレートアーマーを着ている。
女子の二人はフルプレートアーマーだと重量的に厳しいから軽装型ではあるけどね。
第二・第三騎士団の団長と副団長は父の頃から仕えてくれている歴戦の騎士。
バインズ先生は中央第三騎士団長として『疾風』の名を冠するほどの元騎士だ。
その中においては、僕達四人はまだ十七歳とひよっこといえるだろう。
それでも……
「さぁて、リスティ嬢。作戦を教えてくれ。俺たちはどう動けばいい?」
そうルッツ第三騎士団長は嬉しそうに口を開く。
ルッツ・ヘイマー。
御年六十二歳。
四つある騎士団の団長の中でも最古参となる。
金髪の中に白髪も混じり始めているが、肉体は四十代といわれても違和感が無いほどに整っている。
もともとバルクス伯においては第一が最上位という考え方は無い。
魔稜の大森林を警備するに当たりローテーションを分かりやすくするためにつけられた名称に過ぎない。
その中でルッツは最古参として自団だけではなく他団の騎士からも『御大』と慕われている。
まさにルッツ自身がバルクス伯騎士を体現していると言ってもいいだろう。
自分の孫としても違和感が無いリスティアという幼き少女が、騎士団を統括する軍令部の副長になる事を彼が真っ先に賛成したことは驚きをもって全騎士団に伝わった。
騎士団の中には当時、若干十五歳の少女に指揮を任せることを良しとしない者も少なからず存在した。
それは仕方ないだろう、騎士達はバルクス伯を守るため何度と無く魔物との死線をくぐってきた自負がある。
その自分達の上に戦場も知らない、しかも少女が副長とはいえ配属されたのだ。
面白いはずが無い。
しかし御大が真っ先に賛成したのだ、自分達がどう否定できるというのだろうか?
勿論、ルッツ自身は反対派に対して圧力などかけていない。
けれど、ほとんどの騎士たちが『まぁ御大が賛成するなら』という消極的な賛成に回ったことは事実である。
リスティ自身もそのルッツの行動だけに甘えていたわけではない。
各騎士団の元に時間があれば数え切れないほど訪れた。
そして自分の戦略論、戦術論について夜が更けるほどに論戦を繰り返した。
その努力により今では全ての騎士団にリスティを軽んじるものは皆無と言っていいだろう。
むしろ戦術教練の訓練で誰が一番最初にリスティに勝つことが出来るかで賭けになるほどに……
以前、ルッツ騎士団長になぜリスティ配属に最初から好意的なのか聞いた時には
「そうですな。しいて言えば爺の勘。ですかな?」
と笑ってごまかされた。騎士の勘ってのは馬鹿に出来ない部分はあるけどね。
……さて、そんなルッツ騎士団長の言葉を受け、リスティは微笑む。
その顔はまるでお爺ちゃんにこれから何かを自慢する孫のようにも見える。
「それでは説明させてもらいますね。
まず敵、ルーティント伯の軍勢ですが、二個騎士団と民兵二万。
二日前の二十二日にモレス要塞に入城したとの斥候からの知らせが来ています」
「ふむ、わしであればここから先は敵領。二、三日ほど兵に休憩を与えた後に進軍するかの」
ルッツ騎士団長は綺麗に揃えた顎鬚をさすりながら呟く。
「はい、私もそう思います。恐らく本日あたりに出兵でしょうね。
としますと五日後のカモイ大平原での接敵の可能性が高いです」
そうリスティは続ける。
その言葉にフルード第二騎士団長が口を開く。
「カモイ大平原が主戦場になるのであれば、ルーティント側はまず騎馬隊による陣形かく乱という得意戦術でくるでしょうね」
「ルーティントの黒騎兵隊……か」
フルード騎士団長の言葉にルッツ騎士団長が呟く。
ルーティント黒騎兵隊
ルーティント伯の騎士団における主力戦力の名前だ。
ルーティントでは黒銀と呼ばれる珍しい銀が産出される。
銀以上の魔力伝導に優れ、銀よりも硬い。
そんな希少な黒銀で出来た騎士鎧を装備した騎兵部隊。
それを皆、黒騎兵隊と呼んでいた。
通常、一騎士団三千人で構成されるが、その兵種構成は各領主によって特色が出る。
バルクス伯であれば、魔物討伐に主眼が置かれるため、歩兵が八割、騎兵が一割、魔法兵が一割といった感じになる。
一方、ルーティント伯は、歩兵五割、騎兵四割弱、魔法兵一割強と騎兵に重きを置いている。
今回の戦いで考えると歩兵三千、騎兵二千、魔法兵千、民兵二万の構成となる。
「騎兵に重点を置くルーティント伯としては、カモイ大平原のような障害物が少ない平原は兵種を最大限に生かせますから圧勝する事しか頭に無いでしょうね」
そうリスティは前面に置かれたカモイ大平原の地図の上に駒を置いていく。
まず先頭には馬のマークが印字された駒を二つ。
その後ろに旗のマークが印字された駒を五つ。
そしてその後ろにフルヘルムのマークが印字された駒を三つ。
そして最後に杖のマークが印字された駒を一つ置く。
「フルード騎士団長がおっしゃったように、カモイ大平原での戦闘を前提とした場合、ルーティント側は騎兵による突撃でこちらの陣形を崩そうとして来るでしょう。」
そう言いながら置かれた馬の駒を二つ動かす。
「そして陣形が崩れたところに民兵二万を突撃させてくると思われます」
「だがリスティ嬢、俺だったら陣形を崩したのであれば統率が難しい民兵じゃなく騎士兵を投入してより敵の陣形を崩壊させるぞ。
なぜ民兵なんだ?」
リスティの説明にルッツが疑問を投げかける。
もちろん、これはリスティの策への無条件的な反論ではない。彼の経験からくる疑問なのだろう。
それにリスティは頷く。
「はい、私であっても錬度の低い民兵ではなく、団長と副団長の指示に即時対応可能な騎士兵を投入します。
ですが今回の場合、ラズリア卿という人間の性格と心理から民兵を使うと考えます」
「ラズリアの性格と心理?」
「まず一つ、今回の自分達の戦争がエルスティア様によって『解放戦争』という意義になってしまったこと。
そしてもう一つは領民に対しての考え方です」
そう、リスティは話し始めるのであった。




