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神様のモニタリング 第一章 ~人類滅亡回避のススメ~  作者: 片津間 友雅
伯爵 新米編

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第134話 ■「新たなる法令2」

「それでは、昨今の収穫量の減少をどのようにして解決するつもりなのか?

 そちらについて話させていただきます」


 アリスが話す姿に二百人の目が集まる。

 その中には、こんなに若い()が? と言った視線も含まれている。


 まぁ、十六歳の女の子が執務官をやっているのは全国的に見ても珍しいだろう。

 執務官学校は門戸が大きく開かれているとはいえ八割以上が男だ。


 別に女性の入学を拒否しているわけではない。単純に文化的な問題だ。

 この世界は中世的な、つまりは『女子は家庭に入るべし』が主流なのだ。


 男女雇用機会均等法なんてあるわけ無いし、男尊女卑なんていう言葉すらない。

 それが当たり前なのだ。


 その中で激務もありえる執務官になろうと思う女子は少ない。

 領主の娘やそれに近しい娘が領主の仕事を手伝うため。というのが大体の理由なのだ。

 しかも領主の娘であれば実際には政略結婚で別の貴族の妻となるから実際に執務官になるものはさらに少ない。


 だから平民でありながら執務官であるアリスは天然記念物レベルの貴重さといっていい。

 うちの場合、先輩がベイカーさん他三人だけで、後は全員同期という特殊な環境だからこそアリスがすんなりと受け入れられたに過ぎない。


 アリスによって壁に設置された黒板(この世界にも黒板はある)に数字が書き込まれていく。

 王国歴三百二年 と書き込まれた横に数字の百と言う文字。

 そこから王国歴三百三年、王国歴三百四年……と王国歴三百七年まで書き込まれる。

 そしてその横には徐々に大きくなる数字が書かれ、最終的に王国歴三百七年の横には百四十二という数字が書き込まれた。


 とはいえ、代表者たちはその数字の意味が分からない。困惑した空気になる。

 すでに彼女のプレゼンの術中に(はま)っているとも気付かずに……


「こちらの数値ですが、バルクス伯の直領地の三箇所の村で試験導入したある対策の結果となります。

 試験導入の期間は、王国歴三百三年から三百七年の五年間。

 試験導入前の王国歴三百二年の数値を百としてどれだけ増加したかを分かりやすくしたものです。

 見てもらえば分かりますが、最終年の昨年は百四十二。つまりは四割ほど増えたことを意味しています。

 ……さて、そちらの方」

「え、わし?」


 不意にアリストンは、座っていた一人の代表に声をかける。

 さながら、生徒に質問する女教師のようである。


「こちらは何に関しての数値だと思いますか?」

「え……それは……わかりません」


「そうですか? 皆さんにとってもとても重要な数値になるのですが。

 どなたか分かる方はいらっしゃいますか?」


 アリスが尋ねるが、誰も答えるそぶりは無い。

 もしかしたら分かっている人もいるのかもしれないが、間違った場合、これだけの人間の前で恥をかきたくないという意識が強いのだろう。


「では、そこの、アルト村村長のラードリア様。

 あなたであれば分かりますよね?」


 その言葉にアルト村村長に周りの視線が集中する。


「はい、勿論です。アリストン様。

 こちらは大麦と小麦の収穫量となります」


 その言葉の意味が、代表者の頭の中で理解できると同時にざわめきが広がっていく。

 それを見つめながらアリスは再び微笑む。


「はい、そのとおりです。皆様。

 こちらは、魔法による地力回復ではなく、ある方法によって収穫量が四割ほど増えたことを意味する結果となります」

「そ、それは。それはどうやって行うのですか!」

「アリストン様! 教えてもらえないでしょうか!」


 その方法を聞こうと各所から声が上がる。

 いやぁ、アリスってほんとプレゼンが上手いよなぁ。と僕は感心する。

 すでにこの場所のイニシアチブは彼女が完全に握っている。


「皆様、今回発令された法令は一つだけではないのですよ?」


 アリスがその声に対して静かに口を開く。

 その言葉に各地の代表者たちは思い返す。今回の二つ目のインパクトが強かったためおざなりになっていたもう一つの法令を。


「まさか、そんな方法で?」


 その誰とも分からぬ声にアリスは頷く。


「場所や環境により期待していたよりも低かったり逆に高くなることもあるでしょう。

 ですが、こちらの数値は六年に渡る実値。効果があるわけが無いと反論できる方はいらっしゃいますか?」


 出来るわけが無い。彼らにとってはまさに藁にもすがりたくなるほどの魅力的な数値なのだから。

 いや、どうせ法令で義務化された事なのだ。騙されていた方がましなのだ。


 その反応にアリスは一息入れた後、再び口を開く。


「皆様、勘違いされていますが子供に対しての無償教育の義務化は二十年をかけて少しずつ進めていく事業です。

 現実問題として教育するための教師がまだ不足していますからね。

 まずはエルスリードの子供五百人を対象に教育を開始し、その子供達の何名かを教師として採用。

 収穫量が上がったことによって余裕が出来た農村の子供に対しても順次教育を実施していくことになります」


 一つの懸念がある程度解消されたからだろう。代表者の中にアリスの言葉はすんなりと入ってくる。


「そして、皆様は覚えておいてください。

 教育はそれだけで考えれば、飯の種にならないもののように見えるかもしれません。

 ですがそれは断じて違います。


 教育により読み書き計算が出来れば、その子供には多くの未来が開けるのです。

 計算が出来れば商人への道が開けます。

 さらに読み書きが出来れば、私のように執務官として高額な給料をいただくことが出来る道も開けます。

 『農民の子は農民にしかなれない』

 未来を担う子供達の未来を大人たちが狭めてはいけないのではないですか?」


 そのアリスの言葉を、誰も否定することは出来なかった。


 ――――


「いや~皆、お疲れ。無事上手く話が進んだよ」


 代表者たちが退席した後、ベルが淹れてくれたお茶を飲みながら僕は口を開く。


「ベイカーさん、今回の無償教育の展望スケジュールの検討してもらってありがとうございます。

 今回の農業改革と合わせて発表することが出来ました」

「レインフォード様にも手伝っていただけたお陰で学校の場所の確保などがすんなりと進みましたので」


 そう、無償教育については父さんとベイカーさんが主体となって進めてくれたおかげでこのタイミングで発令することが出来た。

 やらなければいけないことも多いけれど、取り合えず第一期生の五百人については四月から教育が進められる見通しだ。

 その子たちを五年ほど教育していく中で、教師候補を選抜して教育環境を広げていく予定だ。


「アリスも説明、お疲れ様。流石だったね」

「いえ、これが私の職務ですので」


 僕の(ねぎら)いにアリスは謙遜する。

 本当であれば六年目になる今年のデータもあればよかったけれど今までのデータでかなりいい数字が出ていたので一年短縮して対応することにしたが、代表者たちの感じを見る限り問題なかったようだ。


「それにしても最後の言葉、『子供達の未来を大人たちが狭めてはいけない』か。とてもいい言葉だったね」

「あれは……私は幸運にも平民よりはいささか裕福な商人の子として生まれることが出来ました。

 ですから執務官への道を選ぶことが出来ました。

 ですが、故郷の友達は親の跡を継ぐしか道はありませんでした。

 中には弁が立つ男の子や賢い女の子もいました。それでも……

 私は子供には将来を選ぶ選択肢があってもいいと思うのです。

 それは封建社会においては受け入れづらい事です。

 それでも……そうと知りながらもエルスティア様は制度を作ろうと動いていた。

 であれば私もお役に立ちたい。ただ、それだけです」


 それは、アリスの本心だろう。

 それにベルもうなずく。


「私も、騎士だった母から読み書きを教えてもらい、エリザベート様のご好意で学校に通うことが出来ました。

 ですが、もし母が騎士でなければ未だに読み書きが出来なかったと思います」


 勉強できるということが『幸運』という感覚を義務教育がある日本に生まれた僕は考えたこともなかった。

 けれど勉強が出来るということが幸運だと思う感覚が無くなる事が僕にとっての理想なのだ。


 こうして農業改革と無償教育はバルクス伯領での第一歩を歩み始めるのであった。


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