第130話 ■「響く音2」
響き渡った銃声。
それは僕が想像していたよりも大きかった。
遠くには銃声に驚いた鳥が一斉に飛び立つ姿が見える。
射撃場でイヤーマフやゴーグルをつける映像を見たことがあったけれど、理由が良く分かった。
一番近くで聞いていた撃った本人――アインツがもっとも被害を受けていた。
「やべぇ、耳がぐわんぐわん鳴り響いてやがる。
エル、これって自爆兵器か?」
「いや、そんなことはないんだけどね。
ベル、メイリア、今後のことを考えると耳保護用の耳栓とゴーグルが必須だね」
「そ、そうですね。やっぱり実際に使ってみないと分からないことだらけですね」
「後は、軍馬もこの音に驚かないように訓練も必要ですね」
リスティがそう口にする。
あー、確かにこの音に驚いて馬が暴走して隊列が崩れるなんて目も当てられない。
「うん、悪いけれど対応もお願いするよ」
「はい、軍馬については魔法による爆破音にも動揺しないように訓練されているのである程度は簡単だとは思います。
本当に今回で銃の特徴が分かっておけてよかったです」
いやぁ、本当だね。
サイレンサーみたいな消音装置が開発される意味を良く分かった気がするよ。
「ま、それはそれとして弾はどうなったんだろ」
僕たちはぞろぞろと的に向かう。
木の板に白い紙が張られた的には二cmにも満たない穴が開く。
本当に二cm。だがこれで生き物の命を奪うには十分な大きさなのだ。
「さすがアインツ、初撃で的に当てるなんて」
「音はあれだったが、撃った瞬間も反動自体は少なかったからな。
新兵でも何発か撃ってコツがつかめれば、槍剣を訓練するよりかなり簡単だろうな。
しかし……」
そういいながらアインツは自分の人差し指を開いた穴に突っ込もうとする。
けれど二cmにも満たない穴に入るはずはない。
「本当にこんな大きさで撃たれたやつは死ぬのか?」
「今回は木の的だったから弾痕は小さく見えるけど、人体だとかなり破壊力が増すからね」
エンフィールド銃は、十九世紀に開発され幕末において新政府軍の主力小銃となった。
それまでのマスケットと呼ばれる銃に比べて圧倒的な性能だった。
理論上、千人のマスケット銃兵を二十五名の小部隊で無傷で全滅させることができるといわれている。
また特徴として複雑な弾丸が高速回転しながら人体に命中するため、マスケットに比べて格段にひどい銃創が作られた。
その当時でも根強く残っていた密集陣形は格好の的に過ぎず数多くの兵が即死したと言われている。
この世界であれば、密集陣形は常套陣形になる。この銃の格好の的になるだろう。
できれば、この銃が向けられるのは人ではなく魔物であってほしいものである。
「とりあえず、発砲については問題ないみたいだね。
ベルとメイリアで心配なことってある?」
「そうですね。まずは耐久性の確認は必須かと。
十発くらい撃ったら壊れたり暴発するとかですと問題ですから」
なるほど確かに、銃の信頼性の一番の条件は耐久性といってもいいだろう。
撃つと暴発するなんて事になると、常時ロシアンルーレットをやっているようなもんだ。
「それと、弾丸の製造の難しさも改良しないといけません」
エンフィールド銃は砲身内にライフリングが施されている。
このライフリングにより銃弾が高速回転することで安定させ、直進性を高めることにより九百メートルと言う長距離有効射程を可能にしている。
逆に言えば弾丸をこのライフリングにうまくかみ合わせるようにする必要があり、それが結構手間なのだ。
「なるほどね。その二つとも何とかなりそう?」
「少々お時間をいただければ……できれば二ヶ月ほど」
「となると今の新兵が訓練しようとしている来年の三月に三百丁をそろえるのは難しいかな?」
「すみませんが、五月頃にすることは可能でしょうか?」
二人にとっては、もともと予定していた期限を延ばすことになる。
僕の期待を裏切ってしまった。その不安があるのだろう。
そんな二人に僕は笑う。
「大丈夫だよベル、メイリア。
僕としては最初に考えたスケジュールは、前提が『すべてが順調に行けば』なんだ。
二人にとっても実際に銃を作ることは初めて。いや、未知からのスタート。
すべてが順調に行くなんていう酷な事は考えてないよ」
そう、二人には銃以外にもいろいろな技術開発を平行してもらっている。
その中でここまでの物を完成させたことは正直凄いことだと思っている。
感謝してもしきれない。
「ということでどうですか。バインズ先生、リスティ
もしスケジュールを大幅に変更する必要があるというのであれば僕が謝りますけど」
僕はリスティとバインズ先生に問いかける。
そんな中で、リスティは僕とベル、メイリアに微笑みかける。
「たしかに現状考えているスケジュール通りに物事が動くことが理想です。
ですが、銃は私たちにとっては未知のもの。
スケジュールよりも安心して使えることの方が重要です。
こちらとしても新兵訓練はかなりタイトなスケジュールでしたので、むしろ通常のスケジュールにする事ができます」
「ま、そういうこった。延びた期間でみっちり鍛え上げれるからな。
ここまでのものをむしろ三ヶ月かそこらで完成させたことのほうが驚きだ。
ベルとメイリアにはどんだけ撃っても壊れないくらいの最高なもんを作ってもらわないとな」
「リスティ、先生……ありがとうございます。二人の期待に応えられるように頑張ります!」
リスティとバインズ先生もスケジュールの見直しが必要だから、少なからぬ労力をかけることになる。
多少の気遣いの部分もあるだろう、それでもベルとメイリアの頑張りを理解し期待する。
ベルもそれを分かっているからこそ二人に感謝し期待に応えると返す。
うん、いい関係だ。
「うん、それじゃこれからも技術班と実務班で密に連携をとりながら期待以上のものを作り出そう!」
僕の言葉に皆がうなずく。
そう、これは僕たちが生み出す新たな力の最初の一歩なのだから……
――――
王国歴三百八年五月に完成した三百丁の銃『エンフィールド』は二年後に実戦投入された『バルシード』に取って代わられたため、実戦での使用はあまり多くはない。
だがその間の故障率は一%未満という高保守性を誇り、現場においてかなり高い評価を受けたと残る。
近年においても基礎を築いた名銃として、またその造形美と希少性により愛好家の間でも人気は高い。
―― 『名銃 歴史二百年』 ボイド・ガン著 ――
 




