第129話 ■「響く音1」
視察から四日後の八月十二日。
僕たちは訓練場に集まっていた。
技術担当のベルとメイリア。
戦術担当のバインズ先生とリスティ。
実務担当のアインツとユスティ。
そして、予算担当のベイカーさんとアリストン。
……ま、いつものメンバーだね。
僕たちの前に置かれたのは、日光を浴びて黒く光り輝く三丁の銃。
銃の歴史を少し飛ばす形で火縄銃ではなく、パーカッションロック式、いわゆる雷管式で作成している。
日本の歴史上では幕末に主力小銃となったエンフィールド銃を参考にしている。
これがうまくいけば次は後装式、ドライゼ銃あたりを参考にして作ることになるだろう。
実際、この三丁は試作品でこれを量産するつもりはない。
とりあえず、アインツ達が率いることになる三百人分は製造するけれどね。
本格的な実装は後装式からだ。
「で、これが完成したって言う『銃』ってやつか。エル?」
初めて見るアインツが興味津々に銃の一丁を触っている。
その姿を見て、僕はちょっと意地悪を思いつく。
「うん、試作機で次世代の銃ができるまでの繋ぎにはなるけれど、アインツ達が率いる部隊には来年にも配備する予定だよ。
アインツ、撃ってみたい?」
「えっ! マジかよ。撃てるのか!」
「あっ、ですが……」
メイリアが話そうとするのをスルリと止める。
うん、アインツは聞いてなかったみたいだな。
「それじゃ、撃つときの構えから教えるね」
そうして僕は構え方と銃弾の装填方法を手取り足取り教える。
とはいっても、銃規制が厳しい日本出身の僕に実際に銃を使った経験はない。
本に記載があった基本に忠実な方法しか教えられないけど、基本こそ重要だからね。
「うん、良さそうだね。そこの安全装置を解除してトリガーを引けば撃てる。
けどその前に、アインツ……」
「? なんだエル」
僕の話す空気感が変わったことを感じ取ったのだろう。
アインツが僕に正対する。
「これは、殺人兵器だ。
たった一つ、トリガーを引くだけで撃たれた相手は死ぬ。本当に簡単にね。
そこには剣で斬った時のような感覚もない。ただ弾が打ち出されたときに感じる衝撃だけ。
そして弓矢と違って普通の人には銃から撃ち出された弾を視認することも困難だ。
だから冗談でも銃口を人に向けないで欲しい」
「あぁ、分かってるさ。これはほとんど訓練を受けていないやつでも人を簡単に殺せるようになる。
そんな武器なんだって事はな」
アインツの言葉に僕は笑う。
「うん、それが分かっているのであれば問題ないね。
よし、それじゃあそこにある的に向かって撃ってみようか」
僕は五十メートル離れたところに設置した的を指差す。
実際のこの銃の有効射程は九百m。それからしたらかなり近いけどはじめて使うからこのくらいでいいだろう。
「よっしゃ、待ってました!」
さっき少しだけ神妙になったアインツも一変、嬉々として銃口を的に向け、安全装置を解除してトリガーを…………引けない。
引き方が悪かったと思ったのか、力いっぱい引くがトリガーはビクともしない。
「ぐっ、エル、トリガーがぜんぜ、ん、ひけねぇんだが……」
顔を真っ赤にしながら聞いてくる事に……僕は満足してうなずく。
「うん、いいね、生体認識機能はばっちり起動しているみたいだね。
あ、アインツ、どれだけ頑張っても無理だから一旦あきらめて」
「ぜぇ、ぜぇ、なんだよその生体認識機能ってのは?」
「言ったようにこれはかなり強力な武器だからね。
絶対に他に流出しないように何重かのロックをかけているんだ。
生体認証はその一つ。認証登録されていない銃は誰であっても使用が出来なくなるんだよ」
「ってぇと、エルよ。使えないのが分かっていて撃ってみるかと聞いたのか?」
「…………さっきも言ったように生体認識機能がちゃんと動くかのチェックも兼ねてたからね。
もしかしたらうまく機能せずに撃てる可能性もあったし。
念のため言っておくとトリガーが引けない以外は嘘は言っていないからね」
「最初の間が気になるんだが、ま、いいや。
それで、結局俺は撃つ事はできないのか?」
うん、僕のちょっとしたいたずら心をそれだけで許してくれるアインツが大好きだよ。
「言ったようにまだ生体認識されてないだけだからね。
メイリア、アインツの生体認識登録してもらえるかな?」
「はい、分かりました。
アインツ君、ここの刻印に魔力を流し込んでもらえますか?」
そう言いながらメイリアはグリップの部分にある白い刻印を指差す。
「お、それだけでいいのか?」
「はい、それだけで問題ないです」
アインツが魔力を流し込むと刻印は淡い黄色になる。
これで生体認識は完了だ。
生体認識機能――
厳密に言えば魔力波長と指紋によるダブルチェック認証しているというのが正解だ。
鉄による魔力阻害を調査するために作った魔力検知器だったけど、思いもしない副産物をもたらしていた。
同じ魔法、たとえばウォーターボールでも詠唱者によって本当にわずかではあるけれど計測値に違いがあったのだ。
そう、それは指紋のように人それぞれで魔力の波長にパターンが存在していた。
なので学校にいる時、そしてバルクスに帰ってきてからも色々な人のデータを確認してみた。
その結果、魔力波長が完全に一致する可能性は、二千五百人に一人くらいの割合であることがわかった。
さすがに指紋ほどではないけれどこの低確率はかなりの有効性がある。
そもそも魔力に個人差があるなんて僕たち以外誰も知らないことだからね。
当初は指紋の呪文化だけで検討していたけど動作の不安定感は解消しなかった。
けれど魔力波長の呪文化であれば、かなりの高い精度を確保できた。
なので両方によるダブルチェック認証を採用した。
不安定――違っても通ってしまう事がある――な指紋認証の後に魔力波長認証をするのだ。
刻印に指を置き魔力を流入することで事前に一部を除き作成されていた魔方陣の欠損部に指紋と魔力波長による呪文が書き込まれる。
そして、一致しなければトリガーが引けなくなるというわけだ。
うん、我ながら渾身の出来だね。
欠点としては、一丁あたりに一つだけしか組み込めないから複数人で使用することができないって事だね。
つまり銃の使用者が死んだら一回リセットするまで誰も使えないって事だ。
ここはしょうがないとあきらめるしかないだろう。
今後、時間的余裕――できるのかな?――ができたときにでも検討してみよう。
「よし、それじゃ、撃ってみようか」
王国歴三百七年八月十二日 午前十時二十六分四十一秒――
この世界で始めて銃声が響き渡る。
それは歴史書において掲載は一つも存在しない。
だが、遠距離戦において魔法上位であった戦場に『銃』という兵器が割り込んできたことを確かに意味する出来事であった。




