第128話 ●「女子会」
とある日の午後三時を少し過ぎた頃。
伯館の裏庭にある休憩所は、黄色い声でにぎわっている。
エルの提案で午後三時からの一時間は休憩タイムとなっていて危急の仕事がない限りは休憩するようにと通達が出ているのだ。
かつては、エルが魔法の訓練や体力強化のために荒れていた裏庭は整備され、合わせてメイド達の休憩所もできていた。
エルが入学のために中央に行った後もアリシャやリリィ、クイやマリーの訓練場としても活用された。
エルが伯爵になって以降は、訓練場としての役目はほぼ終えたが、むしろ皆の休憩所としての意義が強くなっていた。
エルが魔法を放っていた庭には季節の花々が植えられ、季節ごとに風景を変える。
領花であるミスティアの花も植えられている。
休憩タイムはメイドたちにも適用されるので多くのメイドたちがお茶を楽しむ。
その一角に置かれたテーブルは指定席の様にメイド以外の女子達が集まる。
集まったのは、ベル・リスティ・メイリア・ユスティ・アリスの五人である。
考えてみればこの五人の境遇もなかなか面白い。
平民から男爵家という貴族になったばかりのベル。
親の代から騎士男爵となったリスティとユスティ。
男爵家の両親と絶縁し、平民待遇となったメイリア。
そして、平民のアリス。
場所が違えばこの五人がこうして同じテーブルでお茶を飲むなんて想像もできないだろう。
それほどまでに普通は平民と貴族の間には深い溝があるのだから。
けれど、貴族や平民とはいえ皆同い年の十五歳。青春真っ盛りの彼女達が盛り上がるものといえば……万国共通である。
「それでは、第三回。エル君大好き会を始めまーす」
この五人の中では一番活発的といってもいいユスティが高々と宣言する。
その声は周りのメイドたちにも聞こえるが、彼女たちは気にした風でもない。
自分より若く幼い五人たちのやり取りは微笑ましくすらある。
「ユスティ、何よその会。というか第一回と第二回はいつあったのよ」
リスティが至極真っ当な突込みをユスティに入れる。
それにユスティは口をとがらす。
「リスティは乗りが悪いなぁ。こういうのは雰囲気だよ。ふ・ん・い・き。
皆、こうして生まれ故郷から離れてエル君に付いて来ているんだから少なくとも好意はあるんでしょ?
あ、ベルは別ね。もともと好意マックスだし」
「えっ、そそっそんなことないですよ」
顔を真っ赤にしながら否定するベルを皆がジト目で見る。(これで誤魔化しているつもりなんだろうか?)と。
けれどその仕草に(本当かわいい子だな!!)という結論に皆が達する。
この中でも小柄なベルは皆にとってはかわいいマスコットなのだ。
「あのぉ、なぜ私もその会に入っているんでしょうか?」
この中では付き合いとして新参のアリスは異議を唱える。
「うーん、アリスは……大好き予備軍?」
「なんですかそれ……」
アリスはあきれながらも否定はしない。それにユスティはニヤリと笑う。
「でもさ、客観的に考えてもエル君ってかなりの良物件だよ?
身長はアインツ兄に負けるとはいっても結構高いし。
剣術もバインズ先生仕込み。魔法については独学でトップクラスの能力を持つ。
顔も超美形……とまでは言わないけれど整っているし、伯爵様と地位も高い、まぁ辺境だけどさ。
性格も威厳はないけど悪くない。これで好きにならないほうが珍しいんじゃないの?」
「それは……」
「まぁ……」
若干のディスりがある気もするが、ユスティの言葉にリスティやメイリア、アリスも同意せざるを得ない。
ベルはベルでなぜか誇らしげに頷いているが……メイドの感覚が抜けないらしく主人を褒められるのが嬉しいのだろう。
とりあえず、彼女は放っておこう。
リスティやメイリアも好意がないのか? といわれれば有ると答えるだろう。
でなければ、こうして故郷を遠く離れてついてくるわけがない。
リスティに関しては、エルが自身について教えてくれたときに覚えた感情は今もなお。いやそれ以上に強くなってさえいる。
ただ、それがベルと同じく恋愛感情なのか? が判らないというだけだ。
メイリアも同様だが、未だにエルを裏切っていた。という負い目のほうが強い。
それが抑止力になっている事もある程度の自覚はある。
アリスに関しては、長年男社会で生きてきたからか、恋愛感情というのが良くわからないというのが正直なところだ。
もちろん、エルには好印象は持ってはいるけれど……
「そういうユスティはどうなのよ」
仕返しとばかりにリスティがユスティに尋ねる。
「私? もちろん好きだよ。
でもねぇ、騎士団もまだこれからって時に子供はまだ早いでしょ?」
「っ!、ゴホゴホゴホッ!」
ユスティの返しに他の四人――いや、周りのメイドも何人か――が咽る。
十五歳の少女たちの恋愛話をしていたはずなのに、一足飛びになぜ子供の話が出てくるのか。
「な、なんで好意の話をしていたのに子供っていう話が出てくるのよ!」
さすがは統率に優れた才を持つ者。いち早く体勢を整えなおしたリスティが突っ込む。
「え? だって最終的には恋愛感情ってその人の子を成したいって事でしょ?
貴族にとって十五歳にもなれば婚約者がいてもおかしくない年齢だし」
逆に不思議そうに語るユスティにリスティは反論しようとして……口ごもる。
確かにユスティは一足飛びの話にはなったが、子孫を繁栄させるということも貴族にとっての義務なのだ。
貴族になってまだ二代目であるユスティは、貴族の義務として逆に両親に強く言い聞かされた可能性すらある。
エルも含めて自分たちの父親が正妻のみというほうが貴族社会では珍しいのだ。
伯爵家であれば側室や愛人が十人いるなんてのもざらにある。
そして正妻と側室という席は、貴族社会においては交渉条件として大きな意味を持つ。
なんなら生まれた時から正妻や側室が決まっているという事すらあるのだから。
しかし今の話をエルはもちろん、アインツ君が聞いていなくて良かった。
まさか自分の双子の妹がここまで成熟した感性を持っているなんて知りもしないだろうから。
そうリスティは安堵する。
「あ、でも絶対に正妻になりたいってのはないよ。
私としては昔から一緒にいるベルが正妻にはふさわしいと思うから」
そう語るユスティの言葉に、ベルは……首を振る。
「いえ、エル様が心に決めている人は……違う人ですから」
「えっ、誰々? 私が知っている人?」
それにユスティが食いつく。
リスティやメイリア、アリスでさえ積極的ではないが、興味がある雰囲気は隠せていない。
それにベルは微笑む。
皆が皆、バルクス伯の将来を担う人材だが、それでも十五歳の少女たち。
自分が少なからぬ好意を抱く人への関心は隠せない。
「皆が知っているか……と言われると知らないと思います。
七歳の秋に別の学校に入学するからとお別れしたので。
エル様と私の……大切な……大切なお友達です」
ベルはそれ以上は語らない。
けれど懐かしむように紡がれた言葉に皆はそれ以上聞くことは出来ない。
「そっか、また会えるといいね」
少し重くなりかけた雰囲気をメイリアの一言が溶かす。
それは、この中で一番仲が良い友からの偽りのない言葉。
それをベルは嬉しく思う。
「うん、いつか……また」
ベルが語ると同時に柔らかい鐘の音が響く。
それは休憩終了五分前の合図。それに周りのメイド達も職場に戻るための準備を始める。
「うん、よし! それじゃ第三回。エル君大好き会はしゅーりょー。
また次回をお楽しみにぃ」
「まだやる気なんだ……」
ユスティが明るく女子会終了宣言をし、リスティが呆れたように返す。
それは今回ばかりではない、いつもの解散の合図。
ただ、いつもと違うこと……自分が密かに抱いていたエルへの好意を改めて意識したこと……
それが彼女たちに何をもたらすのか? それは誰もわからない。
けれど幼き少女たちが女性へと変わる時、それが大きな成長をもたらす事は明らかだった。
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