第114話 ■「帰郷の途」
ガイエスブルクを旅立ち一月半、行程としては四分の三以上が過ぎた頃。
僕にとってはある意味因縁の場所、ルーティント伯爵領を通過中だった。
ルーティント伯……ラズリア・ルーティント・エスト伯爵公子とはどれだけ衝突しただろうか?
レイーネの森の事件が噂通りにラズリアが起こしたのであれば僕にも責任が…………いや、逆恨みにどう責任を取るべきなのか? うん? わからないぞ。
まぁ、関わると碌な事にならないってのは変わらないだろう。
さっさと抜けるに限る……んだけど……
「バインズ先生、なーんか昔来た時に比べると雰囲気が変わってませんか?」
僕はルーティント伯の町アスを通過中だった。
ただ以前に比べると空気というか雰囲気というかが重い。
そう、『不景気』と言うものを空気にしたらこんな感じかも?
と思わせるような。つまり町に活気を感じないのだ。
その疑問にバインズ先生とメイリアが顔を見合す。
「あくまでも噂だがな。ルーティント伯爵家はイグルス王子派閥から抜けたらしい。
そりゃ、レイーネ事件を起こしたのがルーティント伯爵公子って言う噂が派閥内に拡がれば居づらいだろうからな」
「それと領内の雰囲気に何か繋がりがあるんです?」
「エル、こういった派閥争いがなぜ起こるか分かるか?」
「えっと、自分がこの人を王にしたいという思いがあるから……ですか?」
「そりゃ建前だ。本心は?」
「推した人が王になれば、おこぼれがもらえるからですよね。
貢献したものはより大きなペイとなって」
そう、後継者争いなんてハイリスクハイリターンのギャンブルと同じだ。
より掛け金を掛ければそれは何十倍にもなって返ってくる可能性があるほどに。
ただし失敗すれば掛け金は返ってこない所か下手をすれば粛清の対象になる。
そんな危険性を含むが……
「そうだ。貢献ってのは結局のところ『金』だ。
ルーティント伯爵家もこれまでイグルス王子派閥に少なからぬ貢献をしてたんだろうな。
ところが派閥に居づらくなった結果、今までの貢献は全てがパー。
けれど一度後継者争いのレースに乗っかった以上、別の派閥に乗るしかない。
だが新しい派閥で一目置かれないといけない。貴族のプライドが許さない。
一目置かれるためには、貢献を見せる必要があるっていう状態になる」
そこまで話してバインズ先生は横に置いてある水筒から水を一口飲む。
先生以外が口に含むことは禁止されているから本当に水かどうかはさて置く。
「なるほど、より貢献するために領民からさらに搾り取ったって事ですね」
「まぁそうなる。税なんて限度を超えて徴収すれば瞬く間に破たんする。
それは将来的に自分に大きな痛みになって返ってくるというのにな……」
その言葉は遠まわしに僕に対しての戒めなのだろう。
このままバルクス伯に戻れば、領民から搾り取る立場に僕はなるのだから。
――――
アスの町から南西へ十数キロ。広がる森の中に集団があった。
かつて存在した「黒衣の鴉」と「銀狼」の生き残り達で構成された賊の集団「黒狼」である。
何者かによって本体を完膚なきまでに潰された彼らはそれ以降、壊滅の危険と常に隣り合わせながらも戦力の拡充を図った。
あれから七年、ここ数年は税の締め付けが強くなった事で賊に身を窶した者達も増え、かつての勢力に近い七十人程の集団にまで成長していた。
そんな彼らの前に馬車の集団が遠方から向かってきていた。
四台と普段であればそこまで多くは無いが、ここ最近の領内の状況を考えれば破格の獲物だ。
日暮れも近く次の町までの距離を考えるとこの辺りで野宿を始めると見ても問題ない。
そう見ていた矢先、馬車の集団は速度を緩め野宿の準備を始める。
人の数は二十程、その中の少女二人は、どこかの貴族の女のようだ。
貴族の女であれば戦力としては除外できる。
残りの半分ほどは人足の様な恰好をしている事を考えると戦力としては十名ほど、数で言えばこちらが圧倒的に有利といえる。
「親分、どうしますか?数ではこちらが圧倒的に優位ですが?」
部下の一人が親分――ボルデ――に聞いてくる。
ボルデは少し考え込む。
確かに数の上では圧倒的に優位だ。
だが自分たちの先代、「黒衣の鴉」や「銀狼」はなぜ壊滅した?
彼らが攻撃をしたという事は数の優位があったはず――でなければ攻撃しないというのが決まりだったはずだ。
にも関わらず彼らは全員死ぬ、もしくは捕えられ、後に処刑された。
今回は大丈夫なのか? という不安がよぎる。
だが、彼らも生きていくためには奪う必要があった。何もしなくても飯は食うのだ。
「攻撃はする……だが、それは奴らが寝静まるまで待つぞ」
ボルデは消極的な……だが常識的な判断を下す。
なにも全員が起きている時を狙う必要はないのだ、寝ずの番だけになった所でそいつを殺せば一気に楽になるのだ。
その事は部下も分かったのだろう。
「わかりやした。それでは奴らが寝静まるまで何人かに監視。
それ以外は襲撃まで休憩という事でよろしいですかい?」
「あぁ、それでいい」
ボルデはそう判断を下すと、襲撃まで仮眠をとるため自らの寝床へと戻って行った。
――
夜も更け、周囲は旅人の付けた焚き木の灯り以外は暗い闇が広がる。
旅人達も眠りについたのだろう、焚き木の傍にいる寝ずの番以外に人の姿は無い。
そんな姿を遠巻きにしながらボルデや各団長は最終的な打ち合わせをする。
「いいか、まずは四方から静かに接近して寝ずの番を殺す。
その後は馬を殺して足を奪い、護衛を倒す。
護衛を相手する場合は必ず三人で囲め。数の有利を崩すな」
その指示に団長は頷く。
その中の一人が口を開く。
「それで女はどうします? 犯してもいいんですかい?」
「いや、相手は貴族だ。傷もんにしたら後々面倒だ。今回は我慢しろ」
貴族の娘は多くの身代金を要求する事が出来る。
そこまでであれば貴族のプライドとしてこちらに部隊を向けてくることは少ない。
身内が攫われたという醜聞を嫌うからだ。
だが、レイプして傷物にされたとなれば話は別だ、逆に貴族のプライドとしてこちらを壊滅させようと大軍を派遣する可能性がある。
犯されたという醜聞が漏れる事を嫌うからだ。
こちらも大勢力とは言え貴族が持つ私兵では相手にならない。
あちらは数百人規模、多勢に無勢だ。
貴族を相手にする場合はそのあたりの見極めも必要になる。
団長もそのあたりは弁えている。反論は無い。
「よし、それじゃ行くぞ。久しぶりの大物だ。気ぃ抜くなよ!」
――――
暗闇の中を静かに走る影。その影は次第に中心へと――旅人の野宿地へと集まってくる。
ここまでは順調、寝ずの番も気が付いた感じも無い。
(ここまでくれば問題ないか。まったく気にし過ぎて臆病になっていやがったか……)
ボルデは自分自身に苦笑する。
獲物は獰猛な野獣の犬歯にかかるのを待つばかりだった……その時までは……
突如、仲間の足元に魔法陣が展開される。その数の多さに魔法陣の光で周囲が明るくなる。
ボルデが驚く暇もなく、信じられない光景があたりに拡がる。
ある者は頭より下を全て液体に覆われ動けなくなる。
ある者は現れた鎖に巻き付かれ一瞬の閃光の後、昏倒する。
ある者は見えない壁にぶつかったかのようになった後、薄紫の煙――スリープの煙か?――に覆われ、煙が晴れた後は爆睡している。
そういった者はまだ命があるだけマシだっただろう。
ある者は氷の槍に貫かれ絶命した。
ある者は頭が弾け飛び絶命した。
ある者は雷に撃たれたかのように周辺に焦げた臭いを漂わせながら絶命した。
自分の部下の二割は拘束、八割は絶命していた。
そしてボルデ自身も……体に刺さった視覚出来ない槍――エア・ピアス――によって体に拳大の穴が開いていた。
幸か不幸か即死にはならなかったが、恐らく長くはもたないだろう。
七十名を誇る賊の瞬く間の壊滅……それは……
「まさか……まさか……七年前の悪魔か……」
七年前、自分たちがいた、最強と自惚れていた「黒衣の鴉」と「銀狼」を壊滅させた出来事と同じ。
その事に絶望しながらボルデは息を引き取った。
――――
「うんうん、どれも精度と効果は十分。今後は、魔法力のロスが課題かなぁ」
トラップの結果を見ながら僕は満足そうに頷く。
「エル、とりあえず生きている奴らはふん縛ってここに転がしておけばいいか?」
バインズ先生が護衛の人を使って生き残った賊を集めながら僕に聞いてくる。
「はい、そうですね。次の町に着いた時にでも騎士団に伝えればいいでしょうから」
野宿を始めた時点でサーチャーによって賊に狙われている事は気付いていた。
(周囲の住民という可能性はこの辺りに村自体が存在しないので除去できた)
賊にとって不幸だったのは、もし急ぎの旅でなければ拘束系トラップだけで対応しただろう。
けれど今回は、バルクスへの帰郷を急ぐことを考えると悠長に全員を拘束している時間がもったいない。
とはいえ、生かしておけば今後も誰かを襲うだろう。悪い芽は早めに潰しておかないとね。
なので今回は、攻撃系トラップをメインにしてみた。
何人か生き残っていれば、騎士たちも状況把握は出来るだろう。
この場所に捨て置かれる賊の絶望感など僕の知った事ではない。
殺しに来た時点で自分も殺される覚悟をしとけというだけの話だ。
賊にも賊になるだけの理由がある?
いや、それが罪のない人を襲う正当な理由になるわけがない。
どうせ騎士に捕まれば殺されるのだから、最期くらい世のため人のためになってもらわないと……
おっと、いかんいかん、この考え方は危険だ。
どこかのマッドサイエンティストと同じになってしまう。
この世界に来てから精神的な部分はかなりドライになって来たかも知れない。
過ぎると暴君でしかないから戒めないと……
――――
味方であれば慈悲を。敵であれば簡単に慈悲を切り捨てる事が出来たという点で、エルは名君と暴君の両方の資質を持っていた。
後世、エルについて
『一部の敵対勢力、特に無辜の民を襲う者について魔法の実験動物程度に見ていたのではないか?』
と人物評を論じた者がいる。
この論評は是非について活発な討論が行われたが、両論ともに決定的な証拠が無いという事で結論には至っていない。
ただ『黒衣の鴉』『銀狼』無き後に台頭した『黒狼』がこの日、バルクスに帰郷途中であったエルスティア一行により壊滅したという歴史の事実だけは確かであった。




