第110話 ■「勢揃い」
二年経ち、僕達は十四歳になった。
この二年間は今までと比べれば比較的平穏な日々を送ったかもしれない。
学校で少しあったことでいえば、下級生をメインに何度か試合を申し込まれたことだろうか?
皆がみな、『双花への壁』とか口走っていたのは何だったんだろ?
アインツたち肉体班は、もう狩り尽くしたんじゃない? と思うほどバディア渓谷に足を運んでいる。
成長期を迎えアインツは既に百七十を越えて未だに成長中だ。
僕ももうすぐ百七十……ってところでヤキモキしていたりする。
ベルたち頭脳班についてもバルクスに戻った後を見越して色々な図面を起こしている。
そのうちの幾つかはバルクスに送って既に着工された物もある。
子供だからと反対せずに長所短所を冷静に分析してその上で話をちゃんと聞いてくれる父さんと母さんには感謝しかない。
銑鉄を作るための『高炉』、銑鉄を鋼鉄にするための『転炉』が既に着工している。
『水蒸気発電機』については、技術的に難しく難航しているようだ。
まぁ蒸気タービンが実用化されたのって十九世紀末だからね。今の技術だと難しいのかもしれない。
いくつかの課題はあるものの確実にバルクス伯は発展の基礎は出来つつある。
休耕地の改革(家畜を放牧してたい肥で地力を回復させる奴だね)も一サイクル目が終わった結果では一割強の収穫アップとなっている。
これについては継続的に実施する事で地力の回復が見込めるから順調といえる。
そんな、穏やかながらも忙しい日々を過ごしている十二月のある日……
伯館に帰宅するとそこには数台の馬車が…………なーんか、以前にもあった気がするけどな。
「おかえりなさいませ。エル様、アリシャ様、リリィ様」
馬車の所で荷下ろしを手伝っていたメイド長のフレカさんが僕達に気付く。
「ただいま。フレカさんこの馬車はいったい?」
「「あ! クイとマリーだ!」」
フレカさんに尋ねる僕の後ろを付いてきたアリシャとリリィが声を上げる。
僕がずっと会いたいと熱望していた名……双子の弟妹の名
馬車からメイドに補助されるように降りてくる二人の子供。
その髪は僕やアリシャ、リリィとは異なる黒――母さんの髪色。
でもやっぱり顔には僕達と同じような面影がある。
二人の弟妹にアリシャとリリィは駆けつけ抱きしめる。
それを嬉しそうに二人は笑う。
「クイ、マリー、ずっと会いたがってたお兄ちゃんだよ!」
アリシャが二人に、僕――感動のあまり突っ立っていた――を紹介する。
それに二人は本当に……本当に嬉しそうな笑顔を向けてくれる。
「初めましてお会いしたかったですお兄様。マリーです」
「僕もずっと会いたかったです兄さん。クイです」
二人はペコリと頭を下げる。やっべぇ、かわいすぎる。
僕は二人に近づくとそっと頭を撫でる。それにくすぐったそうにする二人。
「うん、うん。僕も二人にはずっと会いたかったよ。クイ、マリー
ようこそ、ガイエスブルクへ……」
――――
「それにしても二人ともこんなに早く来るとは思ってもいなかったよ。
母さんも連絡が出来るんだから言ってくれればよかったのに」
仲間とも一通りの挨拶を済ませた後、僕達は応接室でお茶を飲みながらくつろいでいた。
「お兄様を驚かせたいから母様には黙っておいてもらったんです。
……あの、怒ってらっしゃいますか?」
マリーが申し訳なさそうに聞いてくる……くぅー、可愛いやないか!
「ううん、そんなことないよ。むしろ会う事が出来てすごく嬉しかったからね」
「エル様は、お二方が生まれた時からずっと会いたがっていましたからね。
そういえば、十歳の時にお二方からいただいたメッセージカードも今も大事にされていますし」
ベルが僕をフォローするように付け加える。
「本当に兄さん? 本当だとすっごく嬉しいなぁ」
クイが本当に嬉しそうに僕に笑ってくる。
僕にとっては唯一の弟だからより可愛いですわ。
「僕もマリーもやっぱり兄さんに早く会いたかったんです。
母さんもこっちには兄さんやアリィ姉、リリィ姉もいるから安心だからって送り出してくれたんです」
「マリーもクイ兄も、お家で魔法とか色々勉強はしたけれど、やっぱりお兄ちゃんやお姉ちゃんたちに教えてもらいたいなと思ってたから早めにこっちに来たんです」
マリーの発言にふと皆が複雑そうな顔をする。
うん考えている事はわかるよ。シュタリア家の魔法に対する修学の早さに引いているんでしょ?
僕が家に残してきた資料って結構役に立つのだろうか?
書籍化したら儲けられるかも?
こうして色々な話をしながら夜は更けていく……
――――
僕とマリーはとりあえず用意してもらったダブルベットに転がり込む。
落ち着いたら別々の部屋をエル兄さんが準備してくれるそうだ。
「ねぇ、クイ兄。お母さんやアリィ姉達に聞いてた通り、エル兄ってすっごく優しかったね!」
マリーは興奮がまだ落ち着かないのだろう。目を爛々とさせながら僕に言ってくる。
まぁ、僕自身も同じ感じではあるんだけれどね。
「うん想像していたよりも、もっともっと!」
「ねぇー」
僕の興奮にマリーは笑う。
僕達にとっては顔を見た事は無かったけれど、エル兄は憧れの人だった。
母さんやアリィ姉から聞いたエル兄の話はまるで英雄譚を聞くかのような凄い話ばかりだった。
エル兄の残した魔法の資料をみてそれが本当の事なんだとマリーと興奮したものだ。
ファンナ母さん(僕達にとってはファンナさんも母さんと同じ関係だ)から母さんに伝わったエル兄の近況話も聞いた。
見た事も無いアストロフォンというとっても強い魔物を倒したという話は特にすごかった。
「でもさ……マリー」
「なに? クイ兄?」
僕の問いかけに首をかしげるマリー。
「そんなエル兄とこれからは一緒に居れるんだよ!」
「うん! そうだね! ずっと一緒!」
そう、僕達にとって何よりも嬉しい事。
それは今まで話の中で想像していた、ずっと会いたかったエル兄とこれからは一緒にいる事が出来るという事実。
その幸せに浸りながら二人は眠りにつくのであった。
――――
王国歴三百六年十二月十日
シュタリア家の兄妹が初めて揃ったという出来事は資料に特に大きくは記されてはいない。
イザベル・ピアンツ・メル男爵公女(当時)がつけていた日記に記されている程度である。
だがその喜びようがどれほどであったかは、エルスティアを良く知る者にとっては想像に難くは無かっただろう。
シュタリア家の兄妹について多くの史書にて『極めて良好であった』と記されている。
下の子は兄姉に対して揺らぐ事のない敬愛を持ち、上の子は弟妹に対して溢れんばかりの愛情を注いだ。
その基礎を作ったのは母親、エリザベートの教育方針であったとされる。
一部ではその教育方針を『洗脳教育』と批判する声もあった。
だが良好な関係は、その当時王国で暗い影を落とした後継者問題と無縁であったことは特筆すべきことである。
また弟妹が兄姉の役に立ちたいという思いが、子孫に渡り優秀な人材を多く輩出する土壌となったといえるだろう。
ただ彼らの兄妹に対しての思いは、彼ら自身に幸福をもたらした事は疑いようもない事実である。
最終的には彼らがどう思うか。が重要なのだから……




