第105話 ■「技術流出を防ぐには?」
年が明けて十二歳になった。
ここ最近は、肉体班と頭脳班で分かれての作業が増えてきていた。
アインツ・ユスティ・レッド・ブルーの肉体班は、時間があればバディア渓谷までバインズ先生と一緒に実戦訓練を経験するために出かけている。
リスティ・メイリアの頭脳班は、同じく頭脳班のベルに日本語を教えてもらったことである程度の本を読むことが出来るようになってきた。
まだ分からない部分はベルに聞いているみたいだけれどね。
その中で三人が興味を示したものに「重火器」もあった。
彼女達から見ると魔力を使わないで魔法と同等の破壊力を発揮できることに驚いたようだ。
「……つまり火薬というのは熱や衝撃を加えることで、さらに急激な燃焼反応を起こしているのですね」
「うん、それを狭い場所で起こすことでその衝撃を一方向にして鉄塊を飛ばすのが『銃』という感じだね」
「なるほど、そのためのこの筒部分の形態なのですね」
三人は、初期の火器である火縄銃の構造図を目を輝かせながら見ながら僕に聞いてくる。
火縄銃――日本では種子島としても有名だね。
マスケット銃のマッチロック式と分類されている前装式の銃だ。
目標は近代戦における銃器ではあるけれど、世界の技術力が追い付いていない状況での最新技術は無用の長物に近い。
まず強化プラスチックが手に入らないところで作りようがない。
けれど火縄銃であれば材料という部分ではメインは木材と鉄だからまず構造を知るという意味では理解しやすい。
火縄銃は天候……雨というか湿気に弱いという弱点があるので、実際に作る際にはパーカッションロック式……いわゆる雷管式といわれる銃で考えている。
「これが実際にできれば戦闘形態は大きく変わる事になりますね……ですが……」
そこでリスティが少し考え込む仕草をする。
「リスティ、何か気になる事でもある?」
「いえ……正直これだけの技術は驚異です。そしてそれが自分たちに向けられた時を考えると」
「つまりは技術を開発してたとして、それが他勢力・特に敵対勢力に流出したときの事だよね?」
「はい、この技術は普段武器を持たない人でも少しの訓練……いえ教習レベルでも使う事が出来る可能性があります。
つまり軍人や騎士という専門職ではなくなります。それは容易に人を殺めることが出来るという事。
ちゃんと適正に管理できなければ毒になります……もしかしたらこれが原因で人類滅亡に繋がるほどに」
この世界は西暦千年頃の中世ヨーロッパの技術レベルになる。つまり銃はまだ登場していない。
(火薬兵器という意味では八世紀末に『飛発』っていう武器はあったみたいだけど)
純粋な銃が登場してくるのは十五世紀頃……さらに僕が作ろうとしている雷管式は十九世紀頃に開発されたらしい。
つまりは八世紀程先取りしようとしているに等しい。まさにこの世界の人にしたら神の兵器だ。
そう考えると十九世紀以降の技術の進歩は凄まじいとしか言えないね。
二十世紀は『戦争の世紀』とも言われていた。そして戦争は残念ながら技術の進歩を飛躍的に進める。
この世界でも戦争と共に技術が飛躍的に進歩する可能性はあるのだ。
そしてそれだけの兵器があれば、まずは技術を盗もうとする奴が出てくるのは間違いない。
あとは戦場での鹵獲も考慮する必要がある。
第二次世界大戦中、アメリカ軍は不時着した零式戦闘機を研究して対零戦用戦闘方式に生かしたという話もある。
この世界を救う事は最終目的の一つではあるけれど、不用意に軍事技術を流布する事は考えていない。
ひどい話かもしれないけれど、地球の技術で作られた兵器は僕の管理下に置いておくつもりだ。
人類滅亡が回避できれば全ての兵器を廃棄する可能性もある。
世界的に流布しようと思っているのは農業や漁業、商業といった直接的に人の命を奪わない技術だ。
後世の歴史家は独裁者なんて僕を評価するかもしれないね。
ま、死んだあとはどう言われても知ったこっちゃない。
「まず一つ考えているのが銃を作る際に必要な部品や組み立てを全て分業制にしようと思っているんだ」
「分業制ですか……あっ、なるほど」
僕の答えにベルは少し考えた後、合点がいった顔をする。
この世界は多くの製造業において徒弟制度が採用されている。
徒弟制度は後継者育成において「親方」「職人」「徒弟」という身分制度を構成して、親方から職人、職人から徒弟へ技術を伝えていくことになる。
これは技術を高水準に継承できるという意味では優れている。
けれど全ての工程を伝えなければならず、習熟するのに何年もの修業が必要となる。
また工程を全て一人だけでこなしていくのは、完成までに時間がかかり少量しか生産できない。
それに比べて分業制は一つ一つの工程を別の人がやる事になる。
例えば、引き金を作る人、銃床を作る人、銃身を作る人、ネジ・バネを作る人……などなどだね。
こうする事でその工程だけを習得すればいいから習熟期間が劇的に減らすことが出来る。
習熟期間が短くて済むから大量の人員で製造する事もでき、大量生産も将来的には可能になる。
もちろん、分業制にもデメリットはある。けれど今回はそのデメリットの一つがメリットになるって感じかな。
分業のデメリットの一つが情報の偏りだ。
つまり自分が作っている部品については製造方法はわかる。けれどどう使うかがは分からないのだ。
技術流出を考えた場合、複数に分業すれば情報が漏れる危険性がどんどん減っていく。
組み立てについても分業にすればさらに良いだろう。
ベルがメリットとデメリットをリスティとメイリアに伝える。
「なるほどそのような制度があるのですか」
「実際にやる時は、金属探知機とか設計書暗号化とか、魔法を使ってとかで二重三重に流出阻止をするつもりだよ」
「であれば鹵獲の危険性についても検討されているんですか?」
「うーん、それなんだよねぇ。いまの所良い案が思いついてないんだよ」
そう、鹵獲についてはどうすべきか?というのが難しかったりする。
武器が使われるのは広大な戦場だ。
味方が誰一人死なないなんて甘い考えは無い。
死んだら敵に奪われるだろうし、全ての武器を回収するのは不可能だろう。
そこから分解されて技術をとられる可能性がある。
「あの、エル様、それについては私とベルで考えていたことがあるのですが……」
話を聞いていたメイリアが口を開く。
「うん、なんだい?」
「はい、元の世界の『生体認証』と『遠隔操作』は使えないでしょうか?」
「と、いうと?」
「はい、銃一丁毎に使用者とリンクさせるための生体認証機能をつけて、対象者以外がトリガーを引くことが出来ない様にすればいいのではと……」
「ふむふむ」
「後は、あるポイント……たとえば指揮官でしょうか? から一定距離銃が離れた場合、爆破もしくは崩壊させて鹵獲できなくすればいいのでは?」
なるほど、生体認証によるロックと遠隔操作による未回収の技術漏えいを防ぐ方法か……けれど問題がある。
「だけど、そのシステムを作るとなると技術的にはかなり大事になりそうだなぁ」
「確かに科学技術でやろうと思えば難しいですがこの世界にはまだ使えるものが……」
「……そうか! 魔法か!」
そうだ、この世界には元の世界には無かった魔法がある。科学技術と魔法技術を混合すればいいのだ。
……あ、いやいや、重要な問題があった。
「うーん、とすると『鉄』で出来た銃と魔法の組み合わせの問題があるのか……」
「そうなんですよね……まずそこを解消できないとと思ってまだ検討段階だったのですが……」
ベルが申し訳なさそうに僕に言う。
鉄の魔法阻害能力。それはある意味一番の障害と言えた。
今までも何度か調査したけれど鉄と魔法または魔法陣は最低でも三十㎝は離す必要がある。
三十㎝……かなり狭い範囲とも見えるけれど、多くの場合、物に魔法陣を刻印して発動させている。
銀のナイフや銀の剣もそうだね。
そうした場合、三十㎝は大概の物がその中に納まってしまう。
銃にしてもそうだ。グリップの部分に魔法陣を刻印するとしても鉄で出来た銃身はすぐそこになる。
とても三十㎝も離すことが出来ない。
そこでふと、二人に前から作成をお願いしていた物を思い出す。
「そういえば、二人に頼んでおいた例の物ってできてたっけ?」
「あ、はい。先日ある程度の形では出来たかと」
「おー流石だね。よし、次は鉄の魔法阻害能力の検証だ」
こうして僕達は、一番の障害に挑むことになるのである。




