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破銃  作者: ネコパンチ三世
22区~繋がりと信頼〜
9/32

馬鹿な父親、信じた娘

「さっきの奴、すごい勢いで飛び出していったな」

  酒屋の店主が驚きを隠せずにつぶやく。

  目の前の男は何も言わない。


「おい、大丈夫か?」

  店主はもう一度男に声かけた、店主を見る男は夢からさめたような顔をしている。


「あ?ああ……大丈夫だ、で?何の話をしてたんだっけ?」

 男は目の前の酒を一口飲む。

「おいおい……飲みすぎだろ、何ってあんたがさっき話してた男の話だよ」

 店主は男の話の通じなさにいら立ちを覚え始めていた。

「何言ってんだ?さっきからあんたとしか話してないだろ?」

 男は首を傾げた。

「飲みすぎみたいだな、ったく記憶飛ぶまで飲むんじゃねえよ……」

 店主はその場を離れ店の奥に行ってしまった。

「だから!俺はさっきからあんたとしか話してないって!」

 男の叫びが店主の背中に空しく投げつけられる。

 この男がこの晩に笑いものになったのは言うまでもない。



「ほ、ほらあそこにでかい塔があるだろ?そこの最上階に連れていかれたんだよ、統括官である切島さん直々にな」

 目の前の兵士は塔を指さしペラペラと情報を垂れ流している。


「分かった」

 そう言って宇佐美は立ち上がった。


「まさか行く気か?あそこには兵士50人と新しく入った管理官に加えて統括官である切島さんがいるんだぞ!?普通逃げるだろ!?あんな奴ら放っといてよぉ!」

 兵士は突然わめき始める

「兵士が何人いようが、統括官がいようが関係ないんだよ」

 兵士を見る宇佐美の目は氷のような冷たさがあった。

「信じらんねぇ……お前正気か?」

 兵士には目の前の男がどうかしているとしか思えなかった。

「正気だよ、少なくともお前らよりは」

 

「へへ……みんな殺されちまえ……」

 兵士は最後のあがきに強がって見せた。

「ああ、忘れてたな」

 宇佐美の拳が兵士の顔面にめり込み吹き飛ばす。

 派手な音を立てて壁に兵士がぶつかる。

「情報の礼だ、殺しはしない」

 宇佐美はふと床を見る、落ちていたのは手のひらサイズのつぶれたプレゼントだった。

 それを拾い上げると表面には「おとうさんへ」と下手ながらも愛情を感じれる文字で書かれていた。


 宇佐美はそれを黙ってポケットに押し込み駆けだす。


 一人になった顔のひしゃげた兵士は無線を取り出した。

 

「ほ……本部、さっき連行した女の連れがそっちに向かった……」

 かすれた声で何とか言葉を話す。

「何!?お前ら何やってたんだ!?」

 無線を受け取った男は驚いた。

「一人は死んだ……俺ももう意識が飛びそうだ……」

 兵士の視界は少しずつ暗くなっていった。

「分かった、誰か人を送る!」

 

「それから……あの男は……破銃を……もって……」

そこで男の意識は消えた。


「それは確かか?おい!すぐに塔の周りの警備を固めろ!」

 無線機の向こうでは騒がしくなる、本部指令室の音が聞こえていた。


 宇佐美は夜の闇を駆けて抜け塔に向かっていた塔は段々と近くなる。


「止まれ!」

 塔の入り口に差し掛かった。

 待ち構えていた多くの兵士が一斉に銃を向ける。


「お前が報告にあった男だな?抵抗は無駄だ!大人しくしろ!」

 兵士の一人が声を張りあげた。

「それはこちらのセリフだな」

 その兵士をまっすぐに見る宇佐美は至って平静だった。

「な、何?」

 兵士は分からなくなってきていた。

(なんでこいつは、こんなに余裕なんだ……こっちが数も勝ってる、周りは囲んで逃げ場もなくした、それが何で……何で……)


 ゆっくりと宇佐美が口を開く。

「道を開けろ」

 その言葉には有無を言わさない力があった。

「ひっ……」

 兵士たちがほぼ一斉にたじろいだ。

 隣の兵士が唾を呑み込む音が聞こえた。

(なんで俺たちはこいつにこんなに怯えてるんだ?)


「な……なめるなああああああ!」

 一人の愚かな兵士が宇佐美に銃口を向けた。

「よせ!」

 仲間が止めた時にはすでに遅かった。

 弾が放たれる前に宇佐美の掌底が兵士の顎を打ち上げていた。

 兵士は顎を砕かれもう動かない。


「人の忠告は素直に聞いたほうがいいぞ」

 手首を回しながら宇佐美がただ一言そう言った。

「う、うわあああああああああああああ!!!」

 人の心は真の恐怖を前にするともろい物だった。

 もはや兵士たちにまともな思考などできるはずもなかった。

 パニックを起こしていたのかもしれない。

 出なければ愚かにも戦おうなどとは思わなかったはずだ。


 勝ち目など万に一つも無い敵となど。


「急いでる、手加減はできないぞ」


 宇佐美は眼前に迫っていた兵士の頭を掴み地面に叩きつけた、コンクリートが砕け兵士の頭が豆腐のようにつぶれた。

 肉片と血が飛び散る。

 その右から迫った兵士の胸を宇佐美の腕が貫く。

「撃て撃て撃て!」

 三人の兵士が撃った弾丸は当たるはずもなかった。

 兵士たちの後ろに回った宇佐美は両隣の兵士二人の首を小枝を折るようにへし折り真ん中の兵士を全力で殴り飛ばす。

 壁に叩きつけられた兵士はもう人の形をしていなかった。

「はは……勝てるわけないな……」

 目の前に迫る『死』そのものを前にして、一人の兵士は静かに人生を振り返っていた。



「着きましたよ」

 カナ達と切島がエレベーターに乗りたどり着いた場所は、高い高い塔の上だった。

 窓の外には町が広がっていた。

「ここは?」

 カナの体はやっと動くようになった。

 信織と尾長もそこにいた。

 尾長はカナの方を見ようとしない。



「ここは私のお気に入りの場所でしてね、ああ月がきれいですね今夜は気分が良い、では早速……」

 切島はゆっくりと銃を抜き信織に向ける。

 その銃には蛇が刻まれていた。


「それは……!」

 カナは驚いた。宇佐美以外にも持っている人間がいるとは思わなかったからだ。

「おや?やはり知っていましたか……そう破銃ですよ。先ほど入った連絡によるとあなたのお連れさんも持っているそうですね?」

 

 切島の言葉にカナは違和感を覚える。

「も、って……破銃はいくつもあるんですか?」


「さあ?我々はすべての破銃を集めろという命令を受けただけですからね……すべてという事はそれなりの数があるとは思いますね。それにこれが破銃だと私が知ったのは最近でしたからね」

 切島は大事そうに銃を撫でる。


「でもまだ破銃は探索中なんじゃ?」

 以前聞いた北山の言葉からするとまだ破銃は見つかっていないようだった。


「ああそれなら新しく入った女の管理官がやたら破銃をしつこく探していたので厄介でしてねこの事を隠して探させていたんですよ。これは私の物ですからね、さて……おしゃべりはこの辺で」

 

 切島は改めて銃口を信織に向ける。

 信織はうつむき震えている。


 その時切島は何かよからぬことを思いついたように笑った。

「尾長さんあなたにチャンスを差し上げましょう」

 

「チャ、チャンス?」

 すがるような表情で尾長は切島を見つめる。

 切島は尾長の拘束を解き目の前に銃を一丁置いた。

「ええ、選んでいいですよ娘さんを殺すか、こちらのお嬢さんを殺すか」

 

「そ、そんなの……!」

 銃を見つめ尾長は震えている。

「選ばなくても結構ですよ、お嬢さんを殺せば娘さんは助けて差し上げます。まあもっとも選ばなければ娘さんは確実に死にますがね」

 切島は楽しんでいた。

 娘を生かせばカナが死ぬことになる。先ほどの様子から考えても信織がカナを殺した父を許さないのは切島には容易に想像がついた。

「わ、私は……」

 尾長は銃を握りしめ苦しそうに悩む。


 カナには分かった。尾長が自分をを選び殺すことを。

 だがカナは仕方ないことだとあきらめを付けていた。


「信織を撃ってよ」

 黙っていた信織が口を開いた。


「何?」

 切島は不機嫌そうに信織を見る。


「尾長さん、あなたの娘さんはずいぶんと死にたがりですね」

 切島はゆがんだ笑みを浮かべた。

「信織?いったい何を言ってるんだ?」

 尾長は信織を見た。

 

 信織は、泣き出しそうな顔で言った。

「だって!お姉ちゃんに死んでほしくないんだもん!お父さんに苦しそうな顔してほしくないんだもん!」

 それは確かな叫びだった。一瞬だったが確実にこの場にいる全員に信織の思いが伝わる叫びだった。


「だから、そのお姉ちゃんは……」

 尾長の言葉を遮り信織が叫ぶ。


「悪い人じゃないもん!お姉ちゃんはいい人だって信じてるもん!」

 信織は涙ながらに声を張り続ける。

「信織……」

 

「ははははははははは!」

 突然切島の笑い声が響く。


「いや、失礼しました。尾長さんあなたはずいぶん立派な娘さんをお持ちだ、自己犠牲……いやぁ素晴らしいあなたの奥さんと同じですね、まるで五年前の再現だ」

 口元を手で覆い切島は笑いをこらえている。


「妻の事を言うのはやめ……待てどういう意味だ?自己犠牲?まさかお前知ってて……!」

 尾長の目が大きく広がる。

「もちろんですよ、全て分かった上であの後無残に殺して差し上げましたよ」

 切島は限界まで笑いをこらえている。

「お母さん?お母さんがどうしたの?ねえお父さん?」

 信織は分けもわからず尾長の方をみる。

「おや、知らないんですか?あなたのお父さんはね……」


「やめろおおおおお!」

 尾長の叫びをよそに切島は言った。

「あなたのお母さんを我々に売ったんですよ」

 それはあまりにも残酷な言葉だった。

 尾長は地面にうずくまり泣いている。

「え……」

 信織の表情が固まった。

 もしこれが真実だとしたら信織が受け止められるはずがない……カナはただ信織が心配だった。


「嘘だよ、だってお父さんはお母さん事大好きだもん!」

 毅然として信織は切島に言い放った。

「残念ながら、事実ですよ」

 信織の予想外の反応に切島の口元がぴくぴくと動く。

「嘘だよ!」

 信織は断固として認めようとしなかった。

「ちっ!めんどくせえガキだなさっさと殺してやるよ!信じなくてもいいさ真実なんか知らねえまま死ね!」

 また切島が変わった。


「やめてください!撃つなら私を!」

 何とか信織を助けようとカナは叫ぶ。

「安心しろ!お前も連れの男と後で一緒に殺してやるからよ!」

 切島は信織に銃を向ける。


「死ねクソガキがぁぁぁぁぁ!」

 

『あなた……信織をお願いね……約束よ?』

 尾長の脳内にあの約束がよぎった。 


 切島の破銃から撃ちだされた弾丸は信織をかばった尾長の右腕を撃ち抜いた。


「ぐっ……」

 尾長は激痛と傷口の熱さに顔を歪ませた。


「かばいやがって、邪魔くせえな」

 尾長を見下し、切島が舌打ちをした。

「お父さん!」

「尾長さん!」

 信織とカナは尾長に何とか近づく。


「大丈夫だ……これくらい……うっ!」

 

「馬鹿が、破銃に撃たれてそれくらいで済むわけねぇだろ」

 尾長さんの腕に切れ込みが入り、右腕がいくつものきれいな正方形の形にばらばらになった。

 床に宇佐美さんの「腕」だった物が四角く切られ床に散らばる。


「ぐうっ……」

 尾長の額に脂汗が浮かぶ。


「ははははははは!、これが俺の破銃さけりの力だよ!撃ち込んだものをきれいに切り分ける!その出血じゃあそう長くねえな!」


「お父さん!」

 尾長は地面仰向けに倒れた。

「信織ごめんな……お父さん……信織に嘘ついてた……」

 尾長はもう自分が長くないと悟ったのか少し穏やかな顔になっていた。

「そんなのいいから!お父さん……」


「信織……多分お父さんはもう長くない……だからこれだけは聞いてくれ」

 尾長は静かに話し出した。

「お父さんは信織に嘘をついてたんだ、実は母さんはな、病気で死んだんじゃないんだ……」

 

「え……?」


「お前が産まれてすぐ、重い病になってしまってその病気を治療するためにたくさんのお金が必要だったんだ……だから母さんはわざと私に通報するように言ったんだ……」

 尾長は辛そうに語り続ける。

「じゃあ、信織のせいでお母さんが……?」

 

「いいか、信織……母さんはお前を誰よりも愛していた……だからこその行動だったんだ……」

 

「でも……!」


「お母さんは、お前のために命をかけてお前を助けたんだ。それをお前が悲しんだら母さんも悲しむ……母さんは最後まで笑っていた……父さんを悲しませないために……」

 尾長の目から涙があふれだす。

 それは傷による痛みのためではない。

「だけど、父さんは馬鹿だからなぁ……あの選択が本当に正しかったのか……今まで分からなかった……分からないままだったから、お前とどう接していいのか分からなかった……だから仕事に逃げて……お前を見てなかった……」

 尾長は残った左手で信織の頭を撫でる。

「けど、さっきの信織を見てわかったんだ、お母さんは正しかった……人を信じ、人に信じてもらい、信頼を一つ一つ織って一人の人になっていくように……お前の名前はお母さんが付けたんだ……」


「最後にこれだけは言わせてくれ、父さんは、お母さんを……信織を愛していた……信じてくれるか?」

 尾長はまっすぐに信織の顔を見つめた。

「そんなの当たり前だよ!お父さんは信織の自慢のお父さんだもん!!」

 信織ちゃんは涙を流しながら、無理に笑う。


「なんだ……もう知ってたか……お父さん本当に馬鹿だなぁ……信織の事全然わかってなかったよ……信織はお母さんの望んだ通りに育ってくれた……」

 満足そうに尾長は笑った。

「君たちにも申し訳ないことをした……すまない」

 カナに向かって尾長は謝罪の言葉を投げかけた。

「そんなのもういいです!だから信織ちゃんを一人にしないでください!」

 カナの目からあとからあとから涙があふれる。


「頼む……信織を連れて……逃げ……」

 尾長の体の力が抜けるのがわかる。


「尾長さん!尾長さん!」


「お父さん!」

 二人の呼びかけに尾長は答えない。

「やっとくたばったか?下らねえことをぐだぐだと……親子だとか信頼だとか……そんな下らねえ繋がりにこだわってるから死ぬんだよ、結局何も守れねえ」

 切島は心底尾長を見下したような顔でその様子を見ていた。

 そして信織に銃口を向けた。

 信織をかばうようにカナは切島の銃口の前に立ちふさがった。


「何してんだお前?」

 カナの額に切島が銃口を押し付けた。

「信織ちゃん、逃げて」

 

「でもお姉ちゃんが!」


「お願い!逃げて!お父さんの気持ちを無駄にしちゃだめ!」

 カナの言葉を聞いて信織は泣きながら走り出した。

 

 これでいい、これで良かったのだ。カナは不思議と落ち着いていた。


「どいつもこいつも馬鹿ばっかだな、お前も繋がりとやらを大事にするってか?」

 銃口がさらに強く押し付けられる。


「ええ、私は繋がりを大事にしたいです!誰とも繋がっていないあなたには分からないと思います!」

 カナの最後のあがきだった。

 一瞬、切島の目が曇る。

「……そうかよ!てめえを殺してあのガキを殺す!お前は無駄死にだ!」

 今になってカナの心には「怖い」という感情が沸き上がった。


(宇佐美さん……!)

 カナは助けを願ってしまう。

「死ねぇ!」


 カナは目を強くつむる。

 「っ……!」

 その時カナは誰かに抱きかかえられたのが分かった。

「っがあああああああああ!」

 目を開けると切島が吹き飛ばされていた。

「よく……頑張ったな」

 宇佐美はカナを抱きかかえ静かに笑った。

 カナは涙を止められなかった。

 目の前に宇佐美がいる。

 それがカナにとってたまらなく嬉しかった。

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