外への興味
夜が明け、昨日までの雨はすっかり上がっていた。
「おはよう」
昨晩宇佐美は断固として一つのベットで寝ようというカナの意見を拒否しソファーに寝ていた。
大きめのソファーだったためある程度くつろげたがベットに比べれば疲労は取れなかった。
「おはようございます……早いですねぇ。ふわぁ……」
カナの口から大きなあくびが出る、久々にぐっすりと眠れたからだろうかカナはもう少し眠りたい気分だった。
「ほら、あくびばっかりしてないで顔でも洗ってこい、髪もぼさぼさだぞ……どうやったらそんな頭になるんだ?」
宇佐美は笑っている。
カナは宇佐美が昨日と一昨日に見たときは黒髪ロングのストレートだったがどうやったか今日の髪はありきたりなコメディのようにボサボサになっていた。
「あんまり笑わないでくださいよ……」
少し恥ずかしくなったカナは洗面所に向かう、鏡を見ると髪はあらぬ方向に跳ねており変な癖まで付いていた。
「うわぁ……すごいなぁ、久々にこんなになっちゃった」
髪を直して後ろで束ねる。
それでもカナにとってはまだましな方だった。
ひどい時には30分そこらでは治らないレベルの時もある。
「宇佐美さーん、ちょっと外に行ってきますねー」
寝ぐせを完封したカナは空気を吸いに外へ出た。
早い時間だったからだろう通りには人影がなかった。
朝の澄んだ空気を思いっきり吸い込むと少し冷たい空気が鼻を通って肺を満たしていく。
「はぁー気持ちいいなあ……」
朝の空気を堪能していたがふと気付くと信織がカナの後ろに立っていた。
「おはよう!起きるの早いんだね」
カナはいつものように元気よく挨拶をする。
「おはようございます……」
信織はすこしおどおどしている、人と話すのにあまり慣れていないようだ。
「お父さんは?」
カナは信織に近づき目線を合わすように腰を落として話しかけた。
「お父さんは……忙しいから」
信織は寂しげな表情を浮かべる、母はおらず父は忙しく働いている。加えてどうやらここは尾長一人で切り盛りしているようだった。
この親子の時間はそう多くは無く信織は寂しい思いをしていた。
カナには信織をほうっておく事などできるはずも無かった。
「ねぇ!朝ご飯はもう食べた?」
「まだ……」
信織は首を振った。
「もし良かったら、一緒に食べない?」
カナなりに信織の寂しさを少しでも減らせないかと考えた結果だった。
信織は目を大きくして驚いた。
「一緒に食べてもいいの?」
「いいよ!ご飯は一人よりもみんなで食べた方がおいしいからね」
信織は顔いっぱいに喜びの表情を浮かべ、
「じゃあ、ご飯持ってくるね!」
「大丈夫?私が行こうか?」
カナは信織を呼び止めた。
「大丈夫だよ!お姉ちゃんは部屋で待ってて!」
「お姉ちゃん?」
初めての言葉に、カナは驚いてしまった。
「あ……だめかな?」
信織はカナの顔を覗き込んだ。
「ううん、ちょっとびっくりしただけだよ」
カナは手を振って信織の疑念を否定した。
「じゃあ、お姉ちゃんって呼んでもいい?」
「もっちろん!それでさ……もう一回言ってくれない?」
「お姉ちゃん?」
カナがにっこりと笑うと信織も嬉しそうに満面の笑みを見せた。
食事を取りに言った信織を見送り、部屋に戻るとちょうど尾長が朝食を運んで来ていた。
「おはようございます」
朝食を運んできていた尾長が丁寧に頭を下げる。
「おはようございます」
カナも頭を下げて挨拶をする。
「それじゃあ、私は仕事があるので失礼します」
あわただしく尾長は部屋を出て行った。
朝食はどれもできたててで湯気が立っていた。
「尾長さん忙しいみたいですね」
「ああ、そうみたいだな」
新聞を読みながらおざなりに宇佐美は返事をした。
相も変わらず新聞にはろくな情報が載っていなかった。
「あっ、そうそう信織ちゃんもここでご飯たべるので」
「別に構わないが……どうしたんだ急に?」
新聞から顔を上げて宇佐美はカナに訪ねた。
「どうしたのかってですか?理由は……私が信織ちゃんのお姉ちゃんだからですっ!」
カナの顔は緩み切っていた。まるで伸びきったゴムのように。
「……?まあ楽しそうだからいいがあんま浮かれてんなよ」
宇佐美はよくわからないという感情を全面に出している。
ノックの音がした。
「はーいどうぞー」
カナがゆっくりとドアを開くと、信織が入ってきた。
「失礼します……」
宇佐美がいるからか少し緊張しているようだ。
「じゃあ、信織ちゃんも来たことだしご飯にしましょう!」
三人でテーブルを囲む、宇佐美は空気を読んでいるのかあまり喋らなかったが対照的に信織はよく喋る。
普段あまり人と喋る機会がないのだろう。
すると、宇佐美が思い出したように、
「そうだ、今日は町に出るからお前はここで大人しくしてろよ」
「えー今日は一人なんですか?」
カナは口をとがらせて不満の感情を示した。
今日も宇佐美に付いて回ろうと思っていたカナの予定は無くなってしまった。
「ああ、この町の情報がまだまだ足りないしそれに……まあなんだゆっくりしててくれ」
「じゃあ今日は何してようかなぁー」
そんな会話を聞いていた信織が
「お姉ちゃん、もし良かったらまちに一緒に行ってくれないかな?」
もじもじと申し訳なさそうにカナの方を見る。
「町に?どうして?」
「まだ、まちってあんまり見たことないから……」
年齢的な問題だけではなく環境的な問題も信織にはあった、尾長は忙しく働いており外も危険が多い。
そんな中で見たことのない町に興味を持っても信織にはどうすることもできなかった。
外の世界への興味を持っても、どうすることもできない辛さをカナはよく知っていた。
よく知っていたために、この願いを叶えたいという思いがあふれた。
「わかった!いいよ」
「ほんとに!?やったぁ!」
先ほどと同じ満面の笑顔を見せてくれる。見ている側まで笑顔になるような笑顔だ。
「おい、町は危険も多い安請け合いはしないほうがいいぞ」
宇佐美は、信織に聞こえないようにカナに耳うちした。
「大丈夫です!問題は起こさないようにします!」
カナは親指を立てグッとポーズを取る。
「お前……まぁどうせ何て言っても行くんだろ?」
「行きます!」
カナは確固たる決意を持って返事した。
「行くならこいつを持っていけ」
宇佐美は、時計のような物を差し出す。
カナにとっては初めて見る物だった。
「なんですかこれ?」
「繋だ、腕につけてろ、そいつに話しかければ大概の事はやってくれる」
「機械に話しかけるんですか?なんか不気味ですね」
カナは繋を腕につけながら眺めてみるがいまいち慣れない。
「とにかくだ、何かあったら俺と連絡したいって言えそうすりゃすぐに連絡できる俺はもう出るからな、それから白い制服を着た奴には絶対に近づくなよ」
宇佐美は、いつものようにコートを着て行ってしまった。
「じゃあ私たちも出ようか」
「うん!」
準備を済ませ、信織とカナは町へ出た。