違和感
朝早くビルを出た甲斐があり昼前にカナと宇佐美は22区の中心の街に入ることができた。
「それにしても……今日も暑いですねぇ……」
カナが額の汗を拭う。
太陽はさんさんと輝き、今日はまだまだ暑くなりそうだ。
二人の目の前の景色は暑さで歪んでいた。
「そうだな、水分補給はしっかりしろよ」
そう言いながら宇佐美はカナに水を手渡した。
「ありがとうございます」
カナはペットボトルの水をごくごくと喉を鳴らして飲む。
水が体の中を下って行くのが分かった。
「というか上脱がないんですか?」
カナは宇佐美のコートを指さした。
会った時からカナは思っていたが、宇佐美の恰好はこの時分かなり異色だ。
ぼさぼさの頭に、黒いトレンチコートそれと簡単なリュックというかなり人目を引く格好だ。
加えてこの暑さの中でもコートを脱がない。
「脱がないな、脱がなくても大丈夫だから」
歩きながら宇佐美は答えた。
宇佐美をまじまじと見ながらカナは思った。
(宇佐美さんには暑いって感覚無いのかな?)
ふともう一つ疑問がカナの暑さで溶けそうになっている頭に浮かんだ。
「そんな目立つ格好してていいんですか?統括官を二人も、その……殺したんですよね? だったら、もっとそれらしい服装にしたほうがいいんじゃないですか?」
「昨日も言ったが各区のつながりは薄いんだよだからたとえ、統括官を殺しても中々連絡なんてまわらないし、第一兵士どもは仕事なんかしてないだろ、それに統括官が殺されるなんて大事件なんかは隠蔽するだろ管理官あたりがな、それに今はもっと大事なことで頭がいっぱいだろうしな」
カナは先日の会話を思い出した。
聞きなれない言葉「破銃」を。
「そういえば、破銃を探せって命令が来てるって言ってましたね。宇佐美さんも持ってますけど、あれって何なんですか?」
宇佐美は顔を曇らせた。
「あれか……あれはな……」
宇佐美が言葉を言いかけた時だ。
「助けてくれええええええええええ!」
一人の男が、あたり一帯に響き渡る声を出しながら路地裏から転げ出てきたのが遠目に分かった。
続いて、兵士が男の後を追って飛び出してくる。
「ったく、散々逃げ回りやがって大人しく来いってんだよ!」
兵士が忌々しそうに言うとほかの兵士たちも続々と集まってきた。
「俺は何も言ってねえよ! 一体何なんだよ!」
男は兵士たちの手を振り払い必死に抵抗する。
体は汚れ服が所々破れている男は息も絶え絶えに訴える。
すると、一人の兵士が薄ら笑いを浮かべながら
「残念だったなぁ、お前が統括官に対しての不満を言ってたって通報があったんだよ」
男は驚きの色を隠せずにいた。
目を見開き体を震わせる。
「だ、誰がそんなことを……!」
「お前のお友達だよ、反乱分子を見つけましたって喜んで協力してくれたぜ」
ニヤニヤと笑いながら一人の兵士が現実を男に突きつけた。
「嘘だ嘘だ嘘だ……信じてたのに……殺してやる、殺してやる……!」
男は、壊れたラジオのように空を見上げ同じ言葉を繰り返している。
「怖い怖い、危ないやつが捕まってよかったなあ」
兵士たちは笑っている。
(ここの兵士たちは、よく働くな……)
今まで、宇佐美の見てきた兵士は例え自分の目の前で人が殺されようがその犯人を逮捕する振りすらしないような奴らだった。
そのため、宇佐美には目の前で起きていることがより異質に感じられた。
(なぜ、こいつらはこうまで働く?何か理由があるのか……?)
理由は分からないが下手に関わらないのが得策だと宇佐美は長年の経験から判断した。
「理由は、わからんがここの兵士たちは面倒そうだっさっさと離れ……」
声をかけようと目線を向けると隣にいたカナはもう男の元へ走りだしそうになっていた。
カナは宇佐美と違い感情で状況を判断してしまったようだ。
宇佐美は慌ててカナの肩を掴んだ。
「やめとけ」
カナの肩を掴み、声を潜めながら言う。
「だってあの人……!」
優しさ故だろうか、今にも手を振り払いカナはあの男のもとへ行こうとする。
「行って、お前に何ができる? あの男と二人仲良く連れていかれるだけだぞ?」
カナはキュッと唇を噛みうつむいた。理屈は分かっているらしい。
「とにかく今は耐えろ、いいな?」
うつむいたままのカナを連れ、宇佐美は道を変え少し広い道に出るとたくさんの人と店がある。
どこにでもある普通の光景だ。
だが何か嫌な違和感が宇佐美を襲う。
答えはすぐに分かった。
町の情報を聞くと誰もが口をそろえこう言った。
「この町は素晴らしい町ですよ! すべては優秀な統括官様のおかげだ」
他の事は普通に話すのだが、区の状況や統括官の話になると途端に同じ言葉を繰り返す。
(いくら、統括官の存在が絶対的とはいえ不満の一つや二つあってもおかしくはないはずだがな……)
宇佐美が思案に暮れていると先ほどから黙ったままだったカナが口を開いた。
「宇佐美さん……おかしいですよこの町……」
カナは得体のしれない物を見るような顔でつぶやく。
見るとカナは宇佐美のコートの裾を掴んでいる。
「おかしい? どこに違和感を感じたんだ?」
宇佐美はちょうどカナの意見を聞いてみたいと思っていたところだった。宇佐美一人では気付けない所に気付いてくれているかもしれないからだ。
「みんな、お互いの事を信用してない……ただの一人も……そんな感じがするんです……」
コートを掴む手は小さく震えていた。
空には、厚い雲が雲が重くのしかかり始めていた。