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破銃  作者: ネコパンチ三世
22区~繋がりと信頼〜
11/32

孤独な少年は今際の際に夢を見る

「うわっ、〇〇だ!きたねえ!」

「こっち来んなよ!〇〇!くせー!」

 一人の少年を向かって数人のクラスメイトはやし立てる。

 それは遠い記憶。

 一体いつのものだろうか……これは一人の少年が味わった地獄の記憶だ。


 幼いころから少年に家族と言えるつながりなど無かった。

「早く酒もって来い!グズが!」

 母は物心ついたころからいなかった。

 父は昼間から酒を飲み少年を痛めつける。

 なぜ自分が怒鳴られ、殴られるのかが少年には分からない。


 頬に強い衝撃を受け少年は倒れた。

 長い経験からこうなる事はわかっていた。


 少年はよろよろと立ち上がり学校に行った。


「うわ!来たのかよ……〇〇つか臭くね?」

「だよねー、げっこっち見てるよ?〇〇きも」

 学校にも少年の居場所は無かった。

 悪意で彩られた机に座る。

 クラスメイト達は進んで少年を傷つける物と見て見ぬふりをする者の二種類しかいなかった。

 教壇には誰も立っていない。


 少年は一人考える。

 自分が何かしたのか、なぜ自分はこんな目に合うのかを。

 誰かを叩いたか?誰かを怒鳴ったか?誰かを無意識に傷つけてしまったか?誰かの机を汚したか?

 誰かの給食を床にぶちまけたか?誰かの靴をゴミ箱に捨てたか?

 少年は理由が欲しかった。


 家に帰った少年はテレビをつけてみた。

 テレビに映る大人たちは口々に分けの分からない言葉を垂れ流している。 


「いじめられるほうにも問題が……」

 長い肩書を持ったどこかの大学の教授が言う。

「理由もなく、いじめられたりなんて……」

 女アナウンサーは特に深く理解せずにうなずく。

「今の子供は打たれ弱いんですよ、私たちの頃なんかねぇ……」

 丸々と太った老人が笑いながら言った。


 少年は彼らが何を言っているのか何一つ理解できなかった。

 人は理由もなく人を傷つけることが出来る生き物だという事を彼らは何一つ理解できていないようだった。


 現に彼らの中にはいじめられた者などいなかった。

 人の行動や考え方や心だといった不確かなものを自分たちの考えの中に無理矢理押し込んでいる学者といつまでも進まない時計を持ったままの老人とただ原稿を読むだけの人間そっくりの人形が喋っているに過ぎなかった。


 この少年はそれを理屈ではなく目で、耳で、雰囲気で感じ取っていた。


 この地獄に終わりなんてない。


 少年に味方などいない、みんなが味方になってくれるのは一度だけ少年が死んだときだけテレビ越しに一瞬だけだった。




「お前、いい目してんな」

 少年はそんなことを言われたのは初めてだった。

 驚きのあまり言葉が出なかった。

「お前が次期統括官だ」

 少年が十歳の時に聞いたその言葉は神からの啓示に近かった。

 それから十六年間少年は厳しい訓練を積んで青年は統括官になった。

 青年が統括官になったその日、前任の統括官はある物をくれた。

 

 それは、一丁の銃。鈍く光を放つ、破壊の象徴。


「お前、こいつを使ってみろ」

 前任の統括官がそれを差し出す。

 青年は銃を訓練で撃ち慣れてるはずだった。


 だが手に持ってみてすぐに分かった。これは違う違いすぎる今までの銃とは。


「お前ならこいつを使えるかもな、少し前に銃を隠し持ってた奴から没収したものだ。今まで誰一人、引き金を引けなかった」


 青年は的に向かって銃を向け引き金を引いた。

 銃声が聞こえ、的はバラバラになった。


「そいつはお前にやるよ、うまく使え」

 前任の統括官はそれを託し引退していった。


 青年はまず初めにしばらく帰っていない家に帰り家に設置されていた的を撃った。

 的からは音声が流れていたが何を言っているのか青年には分からない。


 次に青年は各地を回って的を撃った。

 どれも見覚えのある的だった。


 青年は的を撃って、撃って、撃った。

 撃ちたかった最後の的がバラバラになり地面に散らばった。


 青年は次に自分の地区の制度である通報制を作った。 

 誰も彼も簡単に繋がりを捨てた。自分の持っていなかった繋がりを簡単に。

 青年は胸をなでおろすした、人なんてみんな一緒だ誰とも繋がっていない。

 泣き叫び、最期に恨みの言葉を残して死んで行く人間を見るのは最高だった。


 だが中には不思議な者もいた。


 最期の瞬間まで信じる事をやめない者が。


 子供に通報された親。恋人に通報された女。親友に通報された男。


 青年が腕を足を刻もうとも彼らは折れなかった。


「あなたは寂しい人ね」

「あんたは、だれとも繋がれねえよ」

「お前はずっと一人だ」


 全員を黙らせ青年は地面に足から崩れ落ちる。


 繋がってたものが切れていく事……それは青年にとって最高の気分を得られる事のはずだった。


 銃を撃つたびに青年は何がしたいのか分からなくなってきた。

 気に入らない奴を撃って、撃って、気付いたら一人だった。

 青年はいつまでも暗闇の中で一人きりだった。

 そんな時ずっと遠くで声が聞こえた。


「おーい〇〇!遊ぼうぜ!」

 何人かのクラスメイトが笑いかける。

「〇〇はすごいなぁ、父さんの自慢だ!」

 仕事から帰ってきた父が大きな手で頭をなでる。

 遠かった声が近付く。

 少しずつはっきりと聞こえてきた。


「おーい、切島!遊ぼうぜ!」

 その声に幼い切島は駆けだした。

「洋平はすごいなぁ、父さんの自慢だ!」

 いつも自分のために遅くまで働いてくれる父が自慢だった。

 切島が抱いたのは何気ない日常への渇望とたった一つの願い。 


 ああそうか……僕は……誰かと……みんなと……。




「繋がり……たかった……」

 切島は即死のはずだったが確かに切島はそう言った

 少なくとも宇佐美には聞こえた。切島の願いが。


「繋がりたかった……か……切島、お前は誰かと繋がるには人間をやめすぎた」

 倒れて動かなくなった切島を見て宇佐美の全身の力が抜けた。

 切島から流れ出た血が床に血だまりを作っていく。

 宇佐美はその場に座り込む。

(なんとか……ってとこか。戦闘としては二回目……まずまずだな……)


「宇佐美さん!」

 陰からカナが飛び出してくる。

「ああ、無事だったか……」

 カナの無事な姿を見て宇佐美はほっと息をついた。

「私なんかのことよりも、腕が!」

 カナは先ほどの戦闘で無くなった宇佐美の左手に目をやった。

 宇佐美の左手はバラバラにされ確かに無くなっていた。

「大丈夫だ、問題ない」

 宇佐美は腕が無くなったというのにやたらと落ち着いている。

「問題ないわけない……ってええ!?」

 カナの目の前にはありえない光景が広がっていた。

 宇佐美の左手が少しづつ元に戻り始めていた。

 「う、うそぉ!?」

 素っ頓狂な声を出しているカナを見て宇佐美はゆっくりと説明し始めた。


「破銃による破壊はその弾を撃った時点の所有者を殺せば元に戻る」

 元に戻った左手を握ったり開いたりしながら宇佐美は腕の状態を確認している。

「でも、壁や天井が戻りませんよ?」

 カナが周りを見渡すと壊れた天井や壁は元には戻っていなかった。

「あくまで死んでいなければ、だ。建物なんかは壊れた時点で『死んだ』って判断されるみたいだな」


「じゃあ、尾長さんも!」

 

「それは分からん。死んでいれば元には戻らないがかすかにでも息があれば回復するはずだ」

 カナが尾長の方を見ると尾長の腕が元に戻っていた。


「私は……?死んだはずじゃ?しかも腕が元に……?」

 尾長は起き上がり自分の体を見回す。 

 あまりの事に頭が追い付いていないようだ。


「尾長さん!大丈夫ですか?」

 カナがすぐさま駆け寄る。


「君は……無事だったのか……よかった……そうだ!信織は!?信織はどこに?」

 尾長が辺りを見回すと物陰から走り出してくる信織の姿が見えた。

 いつの間にか腕の拘束は解けている。

 信織は尾長に抱き着き泣きじゃくる。


「おとうさぁん……!」

 信織は父の胸に顔をうずめ泣いている。

「信織……ごめんな……ごめんなぁ……」

 それから少し落ち着いた尾長は改まった様子でこちらを見る。


「申し訳ありません!あなた方を切島に通報したのは私です!どんな罰も受けます!だからどうか、どうか信織だけは……!」

 尾長は地面に頭を押し付ける。

「尾長さん!そんな事……!いいんです!やめてください!」

 カナはここまでストレートに謝られた事がないのか戸惑っているようだった。

「そうだな……罰か、お前には必要だな」

 それを見ていた宇佐美は静かに口を開いた。

「う、宇佐美さん!?何言ってるんですか!?」

 カナの声に宇佐美は動じずに尾長をまっすぐに見ている。

「いいんです……わたしはそれだけの事をしましたから……」


「分かってるみたいだな……」

 尾長は静かに目を閉じる。

 たとえここで自分が死んだとしても仕方ない事をしたのだと分かっていた。


「宇佐美さん!?冗談ですよね!?」

 カナは慌てて宇佐美を呼び止めるが宇佐美は止まらず尾長に近寄った。


 その時、信織が宇佐美と尾長の前に両手を広げ立つ。


「お父さんを……いじめないで……」

 涙を流し、体を震わせながらもまっすぐな目で宇佐美の前に立つ。

「信織……」

 尾長はまた目から涙が零れる。

 こんなに強く優しく育ってくれたわが子の成長が嬉しかった。


「はぁ……尾長お前も運のいい奴だ」

 その様子を見た宇佐美はため息を一つ吐いた。

「え……?」

 尾長は宇佐美を見る。

「これじゃ俺が悪者だ」

 宇佐美は笑いながら肩をすくめた。


「宇佐美さん……」

 カナは手に持っていた石片を床に落とした。

「おい!なんでそんなもん持ってんだよ!?」

 

「いやぁ……こう宇佐美さんをポコッと叩いて尾長さんたちを逃がそうかなーって」

 カナがぺろりと舌をだした。


(もう少し遅かったら死んでたかもな……)

 宇佐美は恐怖を感じながらポケットをあさる。


 取り出したのは、つぶれてしまったプレゼントの袋だった。


「それ……」

 信織が宇佐美に向かって手をのばす。

「今度は落とすんじゃないぞ?」

 宇佐美は信織の手に静かにプレゼントを置く。

 プレゼントの中身はハンカチだった。


「このハンカチ……お姉ちゃんと選んだの……お父さんが一人で泣いてたら拭いてあげられるようにって……」

 信織は目に涙を浮かべている尾長の目をハンカチで拭った。


「子供ってのは意外と親の事を見てるもんだ、お前いつも一人で泣いていたのか?」

 そう言う宇佐美の顔は寂しげだった。 

「はい……私は五年前に妻の願いとはいえ自分の妻を通報したんです……それを思い出して……」


 宇佐美はしゃがみ、目線を尾長に合わせる。

「なあ尾長、泣くなとは言わない過去を忘れろとも言わないだがお前が悲しみ泣くことで誰が一番悲しむことになるかわかるだろ?」

 その言葉に尾長はうなずく。


「なら、笑ってやれよ。過去じゃなく未来のために笑ってやれ。それで泣くときゃ一緒に泣いてやれ、それがお前に与える罰だ」


「ありがとう……ございます」

 尾長は深々と頭を下げる。


「おじちゃん!ありがとう!」

 信織も一緒に頭を下げる。


「いいさ、礼を言われる事は何もしてない」

 そこから少し離れて壁に寄り掛かかった宇佐美にカナが近づいてきた。

「宇佐美さん……私けっこう本気で焦ったんですけど……」

 カナが不満げな顔で宇佐美を見ている。


「俺を信じてくれてたんだろ?」

 カナを試すように宇佐美はカナを見た。

「信じてますけど……宇佐美さんは冗談か本気かわかんないです!!」

 カナはそっぽを向いてしまった。


「さて……」

 宇佐美は切島の死体に目を向ける。


「さっさと鍵をいただくとするか……」

 宇佐美が立ち上がり切島の死体に一歩近付いたその瞬間だった。


「いやぁ~ほんとに勝っちゃうとは」

 手ををたたきながら、一人の女が現れた。

 短い髪を揺らし人を少し馬鹿にしたように笑っている。


「誰だ」

 宇佐美は素早く銃を向ける。


「おっとと、怖い怖い戦う気はないっスよ」

 女は両手を上げ降参のポーズをとる。


「気を付けて下さい!そいつは新しく入ったこの地区の管理官です!」

 尾長が叫んだ。

 どうやら切島が言っていた新しい管理官とはこの女の事のようだ。

「まぁ、元っスよ、北山の馬鹿が使えなかったんでいろいろ大変でしたけど管理官ライフも中々楽しませてもらいましたからねぇ休みすぎたくらいかもしんないっスね」

 女は緊張感無く大あくびをした。

 

「しっかし、まさかほんとに負けるとは……びっくりっス!でもあんだけいかれちゃったら負けても仕方ないっスかね」


「で?元管理官様が何の用だ」

 銃を構えたまま宇佐美が尋ねた。

「用っスか?これですよこーれ」

 女は切島の死体からひょいっと破銃を取る。


「そいつをどうする気だ?鍵は持っていかなくていいのか」

 宇佐美にはこの女の真意がつかめずにいた。

「鍵?ああ、お好きなだけどーぞっス、アタシが用があるのはこれだけっス」

 女は切島の破銃をくるくると回して遊んでいる。


「ま、いずれかはあんたのももらいますけどね、今はあんたが何をするかの方がアタシの上司は興味があるみたいっス何より弱い者いじめとかガラじゃないんで!」


「じゃ、失礼しまーっス!」

 そう言って女は闇に消えていった。


「やばかったな……」

 宇佐美は銃をやっとおろした。

「何がですか?」

 

「あいつ、俺が結構限界だって事に気付いてた」

 宇佐美は地面に座り込む、もはや立っているのもきつかったのだ。

「え!そうだったんですか?」


「ああ、破銃の破壊痕の回復時には強い疲労が伴うんだ……まあそれはいいとして」


 宇佐美が探したところ切島の上着に鍵は入っていた。


「もうここに用はない」

 宇佐美は体に鞭打って立ち上がった。

「もう行くんですか?少し休まれては?」

 尾長が心配そうに声をかけてくる。


「気持ちだけもらっとくよ、悪いが先を急がせてもらう」

 宇佐美は何とか歩き出し、エレベーターへ向かう


「それじゃあ、尾長さんお元気で」

 カナは頭を下げる。

「本当にありがとうございました……あと宿の荷物は自由に持って行ってください」

 尾長も頭を下げ返した。

「ありがとうございます。信織ちゃんも!お父さんと仲良くね!」


「うん!お姉ちゃんも元気でね!」

 カナは信織と手を握り別れた。


「おあっ!宇佐美さん!待って下さいよー!

 宇佐美の後ろからカナの声が聞こえた。

「ふらふらじゃないですか、無理しないでくださいよ」

 カナは宇佐美の手を肩に回し支えながら歩き出した。

「お、おい重いだろ?」

 宇佐美はカナに少し体重を預けてしまいそうになった自分をなんとか止めた。

「いいんです!さっきのお礼です。それに二人で旅してるんだから少しくらい頼ってくださいよ」

 カナは宇佐美を見て笑った。

「ああ……分かった」

 宇佐美はカナに体重を預けた。ここでこうしなければカナに失礼だと思ったからだ。

「どわぁ!いきなり体重かけないでくださいよ!」

「ええ……」

 塔を降りた宇佐美とカナはふらふらと次の区へと歩き出した





 宿へと続いている道を父子が歩いている。


「ねえお父さん、聞きたいことがあるんだ」

 

「なんだい?言ってごらん」


「お母さんの事教えて!」


「ああ……少し長くなるけどいいか?」


「うん!」


「お前のお母さんはな……」


 固く繋がれた手。繋がりは脆く不確かだ、信頼は目に見えず不鮮明だ、だがそれ故に美しく強い輝きを持っているのかもしれない。この父子の間には確かに繋がりがある、この父子の間には疑いようもない信頼がある。

空には、朝日が昇り始め未来へと続いている。




22区~繋がりと信頼~ 鍵残数 19

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