激突する蛇と蛇
「いやぁ~さっきはやばかったっスね」
塔の入口で地面に広がる血の海から少し離れた物陰から一人の女がひょっこり現れる。
「うわーお!みんなぐちゃぐちゃ。うへぇこんな死に方はしたくないもんっスねぇ」
女が死体を見ながらそんな独り言を言っていると手首の繋が鳴る。
「はいはーい、どちらさん?」
女は陽気に電話に出る。
「私だ」
繋の向こうから聞こえたのは低い男の声だった。
「ああ!どもどもお疲れ様っス!いやはやナイスなタイミングっス」
繋に向かって女は頭を下げる。
「そっちの様子はどうだ?」
男は淡々と話し続ける。
「報告した『銃持ち』っスね?さっきここを通りましたっス!いや~あれはかなりのもんっスね~もうあたりはまさに血の海って感じっス」
女は辺りを見回した。
兵士だった肉片が散らばり地面や壁には赤いインクを力一杯ぶちまけたような光景が広がっていた。
「そうか、切島とはどっちが上だ?奴は破銃を持っていたんだろ?」
男の声の調子は変わらない。
「ええ持ってたっスよ~本人は上手いこと隠してたつもりかもしれないいっスけど、どっちが上かっスか……切島さんもかなりのもんですからねぇ……まあ勝つでしょうねぇ」
女は顎に手を当て悩んだ結果その答えを出した。
「切島がか?」
男の声に少し驚きの色が混ざる。
「いえいえ……もう片方の方っスよ」
女はニヤリと笑う。
「そうか……まあいい、とにかくどちらかは死ぬだろうから破銃の回収をたのんだぞ」
男の声はまた色を失った。
「了解っス!」
「それから、もし切島が死んでもう片方が生き残ったら泳がせとけよ、奴には少し興味がある」
それだけ言うと通話が切れた。
「あらら珍しいっスね、誰かに興味を持つなんて。さて……そろそろ向こうは始まってる頃っスかねぇ」
女は塔を見上げた。
「すまない遅くなった」
宇佐美はカナをしっかりと立たせ肩に手を置きカナの拘束を解いた。
「宇佐美さん……信じてました……来てくれるって」
カナはまだ泣いていた。
「大丈夫か?けがは?」
「はい……私は何とか……でも尾長さんが……!」
カナは涙ながらに訴える、宇佐美が床に目をやると血まみれの尾長が倒れている。
宇佐美は尾長の不自然な傷に気付いた。
(腕がバラバラになっている?ただ撃たれたんじゃああはならない、それにあの出血はまずいな……)
「尾長が撃たれてからどれくらい経った?」
宇佐美は倒れている尾長を見ながらカナに聞いた。
「えっと……まだそんなに経ってないはずです」
カナは涙を拭いながら答える。
「そうか……」
そっと、宇佐美は尾長の首に手を当てる。
まだかすかに脈があった。
「まだ間に合うな」
「え……?」
カナの顔にほんのりと明るさが戻る。
「奴が切島だな?俺が奴を殺す。あいつは破銃を持ってるんだろ?」
「はい、持ってます……それで尾長さんを……」
カナの脳裏に先ほどの光景がよみがえる、思い出したくもないような凄惨な場面が。
「それだけ分かれば十分だ」
宇佐美は破銃を抜いた。
「でも……大丈夫なんですか?あんなの……普通じゃないですよ!」
宇佐美のコートの裾をつかんだ。
その疑問に対する答えを宇佐美は一つしか持っていなかった。
「俺を信じろ、大丈夫だ」
カナの頭を左手で撫でた。
「はい!」
その一言で自分を信じてくれるカナに宇佐美は感謝した。
「おしゃべりは終わったか?」
宇佐美が振り向くと切島は立ち上がり……笑っていた。
「お前も破銃持ってんだろ?持ってるよなあ?いや持ってる!この力は持ってなきゃ出せねえもんなあへへへへへへへ……あははははははははははははははははははは!!!!!」
切島は狂ったように笑い出した。
もはやその目に人間らしい輝きは無い。
「おらぁ!」
切島の構えた銃から弾が放たれる。
ふらつきながら撃ったため、壁に弾が当たる。
壁が四角に刻まれる。
「これが、お前の破銃の能力か」
その破壊痕を見た宇佐美はすぐに理解した。
切島の持っている銃が間違いなく破銃だと。
「そうだ!俺の破銃の力だよ!どんなもんだろうとバラバラに刻んじまうんだよ!気持ちいいぜぇ!きれーに繋がってた物がバラバラになるのを見るのはさぁ!あはははははははは!!!!!」
天井を見上げながら切島は笑い続ける。
その口からはよだれがダラダラと垂れている。
宇佐美はその様子を見て目を細めた。
「ずいぶんいかれてるな、お前は『何』を持っていかれてる?」
「ははは……何のことか知らねえがこいつを撃つとよぉどんどん自分の心のままに動けるようになるぜぇ?周りの目なんか一つも気になんねぇ!!」
「そうか……カナ下がってろ。お前を巻き込まない自信がない」
このまま戦えば間違いなく巻き込む。宇佐美はそう判断した。
「は、はい!」
カナが尾長を引きずり廊下の陰に隠れたのをしっかり確認する。
「さて……始めようか」
銃を切島に向けた。
銃身が月の光を浴びて黒く輝いている。
「いいねぇ!初めてだ!破銃を持った奴と戦うのはさぁ!あははは!楽しもうぜぇ!」
切島も銃を向ける、切島の銃は形としてはM1911が一番近い。
威力も高く、それでいて安定した性能を持っている。
「悪いが楽しむ時間はない」
宇佐美は切島に向かって駆けだした。
「うらぁ!」
切島は銃を乱射する。
壁、天井、床が刻まれていく。
コンクリートだろうが関係ない、もし撃たれれば人の体など容易くバラバラにされてしまうだろう。
「ちっ……!」
宇佐美もそう簡単には近付けない。
宇佐美たちの戦っている塔の展望回廊は決して広くは無い。
狭いこの場所では何とかよけるのが精一杯だった。
「当たれ当たれ!はははははははは!逃げてばっかかぁ?」
切島は銃を撃ちまくる。
唐突に弾が止まった。
「んあ?弾切れかぁ?」
切島は銃の方に目を向けた。
この隙を宇佐美は見逃さなかった。
宇佐美は銃を向けた。
形として、一番近いのはプファイファー・ツェリスカと言ったところか。
この銃はハンドガンとして常軌を逸した大きさと重量を誇る。そしてそれを補って有り余る威力を持っていた。
扱うには人並み外れた力が必要で常人ならば手持ちで発射することは難しい。
だが宇佐美にはそれを扱うだけの力があった。
宇佐美は銃弾を放ち弾はまっすぐ飛んだ、確実に切島に当たるコースを。
「あ?なんだ今の弾?」
宇佐美の放った弾丸はかわされた。そう難しくもなさそうに。
「少しタイミングが遅かったか……」
宇佐美は今の一発で仕留めきれなかったのを後悔していた。
「なんだよ、おい……今の弾はよぉぉぉぉぉぉぉ!やる気あんのかぁ!?」
切島はブチ切れた。
装填の終わった破銃を宇佐美に向かって撃ちまくる。宇佐美はとにかく動き回って狙いが定まらないようにする。
宇佐美の破銃の装填まではもう少しかかる。
「殺すんだろ!?それも急いでさぁ!それがなんださっきの弾はよぉ!めちゃくちゃ遅ぇじゃねえか!」
宇佐美の破銃の弱点は重さでも装填時間の長さでもなく弾速の遅さだった。
下手に撃てば鍛えた者ならかわせる程に遅かった。
宇佐美は破銃の装填が終わったのを確認し地面を蹴って急加速した。
「な!?速……」
切島はすでに宇佐美の目前だ。
「来るな来るな来るなあああああああああああ!」
冷静さを失ってしまえばどれだけ強力な力を持とうが関係ない。
素早く動く宇佐美に冷静さを失った切島は弾を当てる事が出来なかった。
「なんでだ!?なんで当たらねえ!?嫌だ、死にたくねえ!すぐそこまで来てる!やめろ!やっとここまで来たんだ!これからなんだ!俺は自分の過去を清算するんだ!やめてろ!来るなぁ!来ないでくれぇ!あはははははははは!」
その時切島の破銃は弾切れを起こした。
「そこだ」
宇佐美が銃を向けた。
切島からの反撃は無いはずだった。
銃声が響き宇佐美の左腕に切島の放った銃弾が撃ち込まれた。
宇佐美の左腕がバラバラになり撃たれた衝撃で宇佐美の左半身は後ろに持っていかれた。
「宇佐美さん!」
物陰から見守っていたカナが声上げた。
「は……ははっ当たったああああああああ、ざまあみやがれ!!俺の破銃は一発だけ撃ち切った後に高速装填できんだよバーカぁ!」
切島は勝利を確信していた。
宇佐美には目もくれず高らかに笑う。
「やった!これで邪魔者が消えた!ああああああああああああはははっはははっは!また明日から馬鹿どもの繋がりだの信頼だのをバラバラにしてやる!体ごとなぁ!!あはははははははっはは!」
切島の笑い声が響く。
天井を見上げていた切島の顎下に突然銃口が押し付けられた。
「一発だけじゃ足りなかったな」
左手を無くした宇佐美がそこにいた。
「あ……」
切島は反撃すらできなかった。
また銃声が響いた。切島の顎下から頭にかけて宇佐美の放った銃弾が駆け抜ける。
切島の脳を撃ち抜いた弾丸は天井を切島の血で赤く染めた。
死の間際に切島は走馬燈を見ていた。
(ああ、なんで俺はこんな事してたんだろう?俺は一体何がしたかったんだろう?)
(俺は、俺は、僕は……)