第八話 願い
残る2人の元に行こうとして、青年が、レンガのところに走り込んできた。
「教えてもらった! 人間に戻るって、帰っていくところだと!」
「そうだ。あなたはどうする。記憶を保ったままだが、生まれ直す。人界に戻るか」
「俺は」
「ここにいると、いずれ地界と同化する。それを望むのか。それとも」
青年は口を開いて返事を迷い、だが一拍の後に答えた。
「俺も戻る。一緒に来た人が戻ると聞いた。一緒に帰ればまた会えるのか」
『違うタイミングで戻るより、同じ時の方が、会える可能性は高い』
と地界の者が教える。
「なら、今同じに俺も戻る。助け合えることがあるかもしれない。全員か」
「いや、まだ1人会えていない。だが2人は帰ると決めた」
「そうか」
『我が誘導しよう。ゼクトレイユに合流すれば良いのだろう』
「ありがとう、頼んだ」
「レンガ様。本当に有難う。また会いたい」
青年がそう言った。
レンガは驚いた。
「そんな事を言って貰えるなど。こちらこそ、感謝する。ただ・・・」
もう会えない可能性の方が高い。
彼らが次にこのような形で地界に来るのは、奇跡のような確率だとレンガは思った。
レンガが言い淀んだから気づいたのか、青年は言った。
「俺はまたここに戻る。どうすればこっちに来ることができる。本当に悪人となり地獄に落ちたなら、エサとして喰われると皆に聞いた。ならば、どうすれば。記憶を保ったままならば、俺は覚えてまた死ぬ。戻る方法を教えてください、天界にはあなた方はいない。俺はここに来る」
「・・・」
レンガは言葉を失った。嬉しくも思った。けれど、戸惑った。どう答えればいいのだろう。
助け舟を、地界の者が出した。
『人界は天界こそを理想とする。お前も、ここでは目を閉ざして過ごしたでは無いか。わざわざ地界に来なくとも良い』
「俺を迎えてくれないのか!」
青年は必死で言った。
「レンガ様を受け入れて、俺は受け入れてもらえないのか!」
レンガは慌てた。
「私は、天界に受け入れられなかった。だから、」
『レンガよ。そういう話では無い様子だぞ』
「そうだ。どうか、ここに来る方法を教えてくれ」
『・・・最後に、そう願えば良い』
「願うだけで良いのか」
青年が尋ねる。
「願えば、必ず届くのだな」
「それは・・・」
レンガが迷う。最後の願いは、聞き遂げる者が傍にいてこそ果たされる。聞き取った者が、その願いを叶えるために動くからだ。
『・・・方法を、教えよう。周囲に頼んでおけ。目を布で覆って埋葬するようにと』
「それで良いのか」
『罪人を表すシルシだ。天界は手を出さぬ』
「罪人として、死ぬつもりか」
レンガが確かめた。
青年は、笑った。
「いいや。ただそう埋葬されればいいのだろう。そんな方法で戻れるなら有難い。簡単だ」
***
最後に、少女の元に行った。
なぜだか地界のものを遠ざけて、じっと一人レンガを待っていた。
「話を誰かに聞いたか」
レンガは傍に降り立って尋ねた。声にハッと少女は顔を上げる。目は閉じたまま。
「レンガ様。私は、いたいです。ここにいては駄目ですか」
「・・・」
レンガはじっとその顔を見つめた。必死で願っていると思った。自分がドキドキと動揺するのが分からず、レンガは戸惑って、尋ねた。
「一緒にここに来た3人は、今、人界に戻る。今戻れば、人界で出会える可能性が高い。だったら、助け合えるから、今・・・」
「嫌です、私は、レンガ様のお傍にいたいのです!」
少女がレンガに抱き付いてきた。
受け止める。どうしようか。じわりと嬉しいのだ。
「私がお傍にいては、ご迷惑ですか」
「まさか、そんなはずはない。むしろ、私は」
嬉しくて、幸せに思う。
「ご迷惑でないのなら、お傍にいさせてください。レンガ様の傍が、私のいたい場所なのです。お慕いしています。どうか、どうか」
「・・・」
レンガは話しかけようとして、酷く動揺していた。
このままいてくれる。それを、自分も願っているとハッキリ自覚した。少女の言葉が、酷く嬉しかった。けれど。
慎重に話そうとして、言葉がかすれた。
「今、行かなくても良い。残っていれば、良い、けれど・・・」
レンガは震えた。
「このまま残っていれば、消えてしまう。それは、嫌だ。どうか、消えないでほしい」
レンガの言葉に、抱き付いていた少女が、ふと顔を上げるのを感じた。
「お慕いしています、レンガ様。どうか、この身が、消えるまで、どうかお傍に」
「傍に。けれど、お願いだ、どうか消えないで、お願いだ」
『恋というヤツか』
『そのようだな』
周囲で、地界のものが二人を取り囲んでいるのが分かった。しかしそんなどころでは無かった。
残っていて欲しい。けれど、残っていれば消えてしまうのだ。
『どうも焦れるわ』
『天界人は教育というものを受けるらしい。それで己を知っていくとな。正確な情報かは知らぬが』
『ほー』
『つまり教えてもらわねば分からぬと』
『馬鹿というわけだ』
『それで良いではないか。馬鹿な子ほど可愛い。まさにレンガよ』
『同感』
周囲の声が気になった。レンガは、周囲を振り返った。
「・・・何かをご存知なのか」
『我輩たちは地界のものゆえ、詳しく知らぬ』
一人が答えた。
『好きにしろ。励め』
「・・・」
『今すぐ答えが分からんでも良いだろう。とにかく娘、お前は残るのだな』
「はい。お傍に。レンガ様。私をお傍に」
「・・・あぁ」
「ありがとうございます」
「私も、傍にいてくれて、嬉しい」
レンガの答えに、少女は震えた。
「・・・嬉しい」
と言った。その様子に、レンガの胸が詰まるようになった。
「私もだ・・・」
少し抱く腕に力を込める。
レンガは呟いた。
「愛している」
少女が震えた。
「私も、です」
その言葉に、レンガは強く願った。
ずっと共にいたい。叶うなら永遠に。私の傍にどうか。
目を閉じたままレンガを見上げるような少女の顔を見つめ、ふとレンガは顔を寄せた。
無意識に、レンガは少女に口づけていた。
バサッ。
少女の背中に、大きな羽根が広がった。
地界の暗闇の中、オレンジ色に照らされて、柔らかな羽毛が宙に舞う。
『掃除が大変だ』
と、しみじみと面倒そうに地界の誰かが呟いたけれど、レンガと少女は翼にも呟きにも気づかないまま、しばらくそのまま二人の世界に入っていた。




