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第六話 地界へ

人界の空を、天界人に見つからないように夜に飛ぶ。

空は、天界の夜空よりよほど暗い。それでも月や星が見える。

レンガは抱える保管箱の中の4人に教えてやる。

「地界は、月や星のない夜のようだ。とても暗い。私のように黒い。地界生まれでは無い私のために、柔らかいオレンジの灯を置いていてくれるのだ。皆の姿をみても驚かないよう・・・」

『レンガよ』

フィルトレンが口を挟んだ。

『恐らくそれは無理だ。地界は人界では地獄と呼ばれる。忌み嫌う場所なのだ』

「だが、地界こそが」

『お前が判断したのだからそうするが良い。ただ、これは助言だ』


フィルトレンは、レンガが地界へ降りる階段に踏み入れる直前に、言った。

『その者たちが目の当たりにする地界の様子に、騙されたと泣き叫ぶ。お前は深く傷つき己を責めるだろう。我らはそのようなお前を見たくない。それが苦しい』

「・・・」


保管箱の4人は、穏やかに、人界の月の輝きを受けて光っていた。

保管箱の中で、少女がレンガの手のひらにすり寄ってくる。

「・・・。違うの、だろうか」

『・・・皆に、目を決して開けるなと告げるが良い。何も見てはならぬ』

「・・・」

『地界では、何がエサで何がエサでないかは本能的に知っている。扱われ方を案じる必要はない。我らが案ずるのは、お前の事』

「・・・けれど・・・」

『思い出すが良い。お前が我らの姿を初めに見た時に受けた衝撃を』

「・・・だが」

『そうではない。お前以上の、強い恐れと嫌悪になる。そういう場所だ』


レンガは迷った。酷く悲しい気持ちがした。

地界を見ないよう、目を閉じさせる? それは偽りでは無いのだろうか。

地界の皆に失礼では無いのだろうか。それに、この4人もそのような事、嫌がるのでは。


迷ったが、けれどだからといってあの天界に連れて行く気には到底なれなかった。

地界こそだという気持ちに変わりはない。

レンガは黒い翼をたたみ、地階への階段を一歩降りた。

フィルトレンが判断したのか、地界に来たからそうなったのか、保管箱が緑色に光ってふわりと開いて解体した。中から光が零れるように4つ舞った。

それぞれが、薄ら、人の輪郭を持って行く。


『我輩はこの先本体に還る。レンガよ、それぞれ心得を言い聞かせて戻るが良い』

「分かった。ありがとう、フィルトレン」

『気を抜くな。くれぐれも注意を』


分身であったフィルトレンの姿が闇に消えていく。

まだ人界の月が届く、地界の階段。


「天使様」

ささやかな小さな声がした。

4人のうちの一人の少女の声だった。輪郭はまだ淡く、影のような姿のまま、声がする。

「私たちのせいで悲しまれるなんて。そんな事は願いません。私は目を閉じています。どうか悲しまないでください」


レンガの傍にふわりともう一人がすり寄った。背丈からして、幼い子だ。

レンガの足にすりよる。

言葉が無いので、レンガから尋ねた。

「どうした。私の足を止めるのか。行きたくないのか。なら・・・」

「いっしょに、行く」

答えが来た。


「目を閉じて。開けちゃダメ」

少女の声がする。

「うん」

幼い子が答える。


「地獄に行くべき人間だったから来た。俺がどうなろうと、それが俺が望んだ事です」

青年の声がした。

「でも、目を閉じて」

「・・・そうしよう。願いを叶えてくれたのに、悲しませるのは嫌だ」

少女の声に、青年が答えた。


「私は、休みたい。目を閉じています」

女の声がした。


「それで、良いのか。皆、視界を閉ざして地界で暮らすのか」

レンガは驚いて確認した。

「はい」

「それに、どうせ真っ暗なのでしょう。目を閉じていたって開いていたって同じことだ」

「本当ね」

少女と青年と女が答えた。


「・・・それで、良いのなら」

レンガが歩み始める。

地界に降りるにつれて、存在を確かなものにし始めた幼い子がクイクイとレンガを引っ張るので、意図をさっしてレンガはその子を抱きかかえた。

満足そうに、その子が引っ付いてきた。


そんなレンガを先頭に、残りの3人が地界への階段を降りていく。

静かに、静かに。


カツン、カツン、という足音が、どんどん確かになっていった。


***


地界で、4人は受け入れられた。

『なぜ地界に来てしまったのかお前たちは』

ヘビのゼクトレイユなどはそう言ったが、声に苦笑が感じられたために、4人はそれぞれ笑みを浮かべた。

『やれやれ。やっかいな』

上からボトリと落ちてきた子蛇にキャァと悲鳴を女が上げるのを聞きながら、ヘビのゼクトレイユは大きなため息をついた。

しかし、そう言いながら追い出しも追い払いもしない。

『愛でるが良い。危害は加えぬ』

などと言うのだった。


4人はそれぞれ、いつも目をつぶっていた。決して目を開かず、手探りで進む。

視界が閉ざされているので、4人は会話や接触で地界のそれぞれと交流を持った。


少女は毒針をひっこめた大ヤマアラシを「毛並みが素敵」と撫でている。

『一度こんな扱いを受けてみたかった』

などと凶悪面に似合わぬうっとりした表情を浮かべて、大ヤマアラシはレンガに告白した。

少女はそこでレンガが来ているのに気づいて、パァっと表情を明るくする。手を差し伸べるので、手を差し出す。居場所を正確に教えるのに手っ取り早いからだ。

大ヤマアラシが笑う。

『やれやれ、邪魔者は少し他所へいくか』

少女が恥ずかし気に少し肩をすくめる。どうしてだか、オレンジ色の灯りの中でそれが見えるレンガは、それがくすぐったくて、嬉しい。


青年は自らを罰するかのように危険な仕事をしようとする。ただし目を閉じているので、事故になる前に周囲がそっと手を出して防いでいる。

『あれはとてもエサではない』

骨と牙だけで存在するものが、青年についてそうレンガに教えた。

『あれは、本来は、生まれ変わって生き続けるべき者よ』


幼い子は、三頭一組の蜘蛛が与えた、各種の骨をオモチャにして遊んでいる。それが骨などとは気づきもしないのだろう。

一頭の蜘蛛がせっせとハンモックだのを編んで甘やかしている。もともと世話好きであったのだ。

『愛でる存在がこのように傍にいる事が心から嬉しい』

もう一頭がボリボリと何かを貪り、もう一頭がエサをからめとる投げ輪を牙から吐き出しながら、そう言った。


女は、目を閉じて眠っていた。

『あの者はエサではない。だが、地界に吸収されるのを良しとしている。ならばそれで良いだろう』

フィルトレンが様子を見ていった。


だが、そのうち、誰かが言った。

『あの者たちを、そろそろ、人界に戻してやらなくては。本来生まれ変わり生き続けていくものたちだ』

このまま居続けては、遅かれ早かれ、地界に溶けて消えてしまうだけ。

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