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第四話 旅

レンガはフィルトレンの分身と少女を連れて、人界を旅した。


「私を連れて行って欲しい。愛する妻と息子の元に行きたいのだ」

優しい妻、明るい息子だったと、遠い昔を思い出して老人は言った。

先に逝ってしまった二人は揃って私を待ってくれているに違いない、と。


レンガは困った。

愛する妻と息子は一体どこにいるのだろう。


人が死んだ場合、3つのパターンになる。

一つは、人界に留まる。ただし、長くいると存在が希薄になってしまう。

一つは、天界に引き上げられる。天界人として生まれて生きる。

一つは、地界に飲み込まれる。ゆっくり地界に存在するもののエネルギーとして取り込まれる。


待っているというなら、人界だろうか。だがあまりに過去に逝ったのなら、消えてしまっているかもしれない。

天界に行った場合は、生まれ変わっているので待っているとは言いがたい。

地界の場合、取り込まれると個人の意識は消えてしまうが、それまでは長く保っている事が多いらしい。


困るレンガに、フィルトレンの分身は、もう少し旅をすれば老人の希望が分かるだろう、と助言した。


***


旅は続いた。

レンガが連れている『人間』は6人にまで増えていた。フィルトレンが保管箱のサイズを一回り大きくしてくれたほどだ。


レンガの場所に行きたい少女。

妻と子どものところに行きたい老人。

自分は地獄に落ちるべきだと自嘲した青年。

レンガを見て怯え、来るなと泣き喚きながらついてきた幼い子。

十分生きたから連れて行けと笑った男。

休みたい、と呟いた女性。


レンガには行き先が分からない。

地界こそと思うのに、フィルトレンはどこか沈んだ様子で首を横に振る。

最後の願いは叶えられるべきものだ。だから慎重にしろと助言されるのだ。


6人はものを言う口ももうないけれど。保管箱の中、時折淡く光ってくる。

レンガが気づいて視線を向けると、存在を示すように、明滅して見せたりする。

「私が、分かるまで、もう少し待っていて」


6人は怒ったりした様子もなく、ふわふわと保管箱に収まっている。


***


天国とは、何だろう。

レンガは途方に暮れていた。

安らかな場所。幸せな場所。穏やかな場所。優しい場所。


人はそれを天国と表現していた。

天界を天国と呼んでいるのも知っている。


けれど、レンガは、天界は安らかでもなく幸せでもなく穏やかでもなく優しくもなく・・・。違う場所だと、知っているのだ。


天国。

人の王に会えば、正しく分かるかもしれないと、1年間旅したレンガは思い至った。


***


人の王の住む建物は、妙に天界を思い出させた。

全てが白く磨き上げれていた。

あまりに白く磨かれているので、普通ならば映るはずのないレンガの姿がチラチラと床や柱に映りこむほどだ。


レンガの気は滅入った。

王宮内を、真っ黒な翼で真っ黒な自分が進んでいくのは非難されるような気分になった。

自分は、白に受け入れられなかった存在だから。


人の間をすりぬけるように進んで、レンガは薄ら気づいていた。

人界は、天界を理想としているのだと。

だったら、皆が行きたいと願うのは、天界なのだろう、そう、分かってきてしまった。


***


「お前は、死神か」

「え・・・いいえ。違う」

突然かけられた声に驚いて、レンガは返事をした。


白い太い柱の陰から、一人の老人がレンガをじっと見つめていた。

その周囲の人は、老人が何を見ているのか分からないようで不思議そうに老人に声をかけようとしている。


「私は・・・黒くうまれた、天界人だ」

「なるほど。これはこれは。王宮に何の御用か」

尋ねられて、レンガは正直に答えた。

「人が言う天国というものが何か、確かめに」

老人はおかしそうにククッと笑った。

「それはそれは。ならば王宮に来なさったのは正解だ。国一番の聖堂にご案内しよう。天の御使みつか殿どの

「・・・」


「ワシの死期はちかいのかもしれん」

そう呟きながら、老人がレンガを誘導する。老人の周囲が慌てたように老人に声をかけながら、老人の動きに合わせてついていく。


人々の呼びかけから、レンガはこの老人が王なのだと知った。


***


人の王がレンガを招き入れたのは、真っ白でしか作られていない巨大で優美な部屋だった。

人の王は、周囲の者が誰一人レンガを見ることができないと分かって人払いをした。

「天の御使みつか殿どの。ここが、この世で最も天国に近い場所」

誇らしげな声に、レンガは周囲を見回す。

白、白、白。

直線的で晴れやかな光。空間を煌々と輝かせている。


レンガは悲しくなった。

6人を、自分は、天界に送らなければならないのだ。

自分が行くのも気が滅入る上に、長く共にいた存在を、あの天界に送るなど。

初めに出会った少女など、1年間、傍にいたというのに。


少女らは、天界人になるのだ。

目も見てくれず、返事も許さず、何かあっても無くても簡単にレンガの血を見て喜び悲鳴を上げるような。

そんな存在に、変る。


「見事であろう。ここで祈る事は、天国で祈る事と同じ。天の御使みつか殿どの、人は天国に憧れている」

「・・・天国」

レンガの呟きに、人の王が不思議そうに笑った。

「ワシを、導き給え」

人の王がレンガに歩み寄る。

「死後の幸福を。楽園を」

「楽園」

「遊び楽しく暮らす。もう重責などまっぴらじゃ」

「・・・人を虐げるのがご趣味か」

「なんと! ワシをそのように誤解しておいでか! とんでもない!」

「・・・嘲笑し、返答を求めず、対等を許さず、傷つけ、そ知らぬふりを」

レンガは暗い顔で呟いた。

老人の顔色は見る間に青くなり、どうしてだか震えだした。

「誤解だ!」


誤解? 天界は、そんな場所などでは決してないと主張したいのか。

だが、それは人が天界に行ったことがないからだ。


「聖堂で祈りを毎日捧げておる。この世の幸福を願い、そのための治世であるようにと毎日肝に命じております。ワシは、決して地獄に落ちるような振る舞いなどしておらぬ。神に誓って宣言できる」

「神」


天界は、地界と完全に社会の成り立ちが異なっている。

組織だっている。

人の王が神と表現した、天界の王が存在する。

その王を支える側近がいる。

その側近を支える部下がいる。

その部下を支える者たちがいる。


人の王が神と呼ぶ存在は、何もしない。少なくとも、レンガの置かれた状況に対しては。

遠い遠い存在だ。

末端の一人一人の事など、些末すぎるのだろう。


そんな存在を、あがめているのか。


「私の理想は、地界でしかない」

ポツリ、とレンガは零した。

「安堵できる・・・何より優しい場所なのだ」


レンガの呟きを聞き取った人の王は、あっけにとられた顔をした。

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