第一話 真っ白な天界 真っ黒な子ども
清浄な天界で、異常の子が産まれた。
全てが白で輝く世界の中、その子は黒い汚れだった。
出生率が著しく低下しており、産まれた子は万人に祝福されるこの世の中で、けれど両親には受け入れられなかった。名前も付けずに公共施設の前にその子を捨てた。
黒い髪、黒い肌、真っ黒な眼球、黒い爪、黒い翼。
真っ白い世界の中、気づいた者が、拾い上げることを躊躇ったほどだったという。
仕方なく、公共の施設に保護された。
名前は、レンガと名付けられた。
天界で、汚れを意味する言葉だった。
***
レンガはそれでも育った。
その子は、自らの性別を早々に選んだ。
天界の子は、誕生時には中性が多く、中性で産まれた場合は、育つ中で男性または女性を選ぶことができた。
レンガは男を選んだ。
男の方が頑丈に、背丈も大きく育つから。
毎日必要最低限の世話しかあたえられない一方で、本来不要な侮蔑と暴力が彼にもたらされていたのだから。
***
「どうやったら、白いものを食べて黒いお前が育つのだろうね」
「・・・すみません」
「口を開かないでくれないか。黒に赤い口などと。何度見てもおぞましい」
「・・・」
「あの子とは遊んではなりません。黒がうつります」
「目を合わせてはいけません。汚れてしまいます」
「見ろ、血は赤いぞ」
「黒いくせに、血は赤いのか。ひゃははは、おっかしい!」
「ばーか、お前が悪いんだぞ、これぐらい避けられただろ、なぁ、皆」
「・・・もっと目立たないところにいればいいのに」
「どうしてそんな風に生きてるんだろうね」
***
ある日、レンガの身体中に湿疹が吹き出すように出てきた。かゆくてかきむしれば皮膚が破れて真っ赤な血が滲んだ。
周囲は気味悪がり、少子化という背景のため、仕方なく世話をしてくれていた公共の役人も傍に寄る事を嫌がった。
かゆみと痛みに耐えられなくてレンガは真夜中に叫んだ。
ア゛ァア゛ァと叫んだ。
煩い黙れと怒鳴られた。
呻いて耐えた。身体中の悲鳴が落ち着くのを待とうとした。
そんなレンガに、白い鎧が与えられた。
本来は、性別を男に決めた時点で与えられるはずの戦士の鎧だ。
「これで覆っていろ」
嫌そうに投げてよこされた。
どうしたら収まるのか分からないレンガは、与えられた鎧を着こんだ。
天界の戦士が着る鎧は、レンガの血をはじいて白さを保ったままだった。血は霧となって宙に消えた。
首から下、ひざ上までの装備を着込むと、全身を包んだ結果なのか、疼きは収まった。
頭部と腕先と足先の装備は与えられなかった。その意味は分からなかったけれど。
熱さを抑える着心地と、白い鎧の美しさと、それを今自分が身に着けている事がレンガには誇らしく嬉しく感じられた。
***
頭部や腕先や足先からは湿疹は消えていない。
だからしばらく白い鎧をまとって動くようにと言い渡された。
そのうちに、大層にも鎧をまとっているのだからその分働きを見せてみろと言われて、他の人たちを真似て宙に上がり、建物それぞれにほどこされている結界に歪みがないかほころびが無いかを確認する作業を行った。
ただし、見つけてもお前は触れるなと叱られた。
レンガが触れて、結界が黒く染まったらどうするのだと言われたのだ。
そんな事が起らない事はレンガ自身は知っていたし、大丈夫ですと答えたら生意気だと叱られて口を噤んだ。
レンガが見つけたほころびを直す、白い髪、白い肌、真っ白な眼球、白い爪、白い翼の一人がレンガが宙で作業を見つめているのを見て嘲った。
「お前、まるで鎧の影だ。鎧だけが浮いているようだな」
ははは、とそこにいた5人が笑った。
あぁ、
とレンガは悟った。
天界の男の証明である白い鎧を着たって、自分は認められないのだ。
***
レンガはその日の夕方、閉ざされた自室で白い鎧を脱いだ。
胴に額をつけて、レンガは思った。
一度、全てを身に着けたいと憧れた。皆と同じになれると思っていた。
でもなれないのだ。
まだ全てを与えられなくて良かったのかもしれない。鎧が中途半端だから笑われたのだと、錯覚できるから。
帰り道で耳にした。
頭が与えられないのは、レンガが暴走すれば頭部を砕いて止めることができるように。
腕が与えられないのは、レンガが攻撃力を増さないように。
脚が与えられないのは、レンガが人目の多い中央に跳躍などできないように。
「私は身に過ぎたんだ。白なんて」
レンガは項垂れたように呟いて、立ち上がり、今まで嫌々ながらもレンガへ対応してくれていた公共の役人の責任者を訪れた。
「私は、天界には相応しくない。私は、天界を去ります」
「それが良い」
と、真っ白な責任者はレンガに言った。
***
天界の夜は星の煌めきで彩られ、それはそれは美しい。
レンガはじっと天を見つめてから、どうして己は空よりも黒いのだろうと、疑問を抱く。
答えが今更分かるはずはない。
レンガは天界を降りた。
気を利かせたのか、レンガのために、白い道がひかれていく。
きっと、天界の自分への気遣いなのだと、思いたい。
悔しくて苦しいのは、気のせいなのだと、思いたい。
***
白い道が途切れた。
道の傍に、大きな岩がそびえ立っていた。
風が通る気配があってゆっくり周辺を歩くと、岩は大きな穴を半分だけ隠していた。
「黒だ」
レンガは呟いた。
自分の腕を見る。自分と同じ、黒。
「地界の入り口なのか?」
レンガは穴の中に進むことにした。
岩を通り抜けて、自分の身体が世界に馴染んでいる事を知った。
全てが黒なのだから。
「私は、地界で産まれるべきだったのだろうか」
***
しばらく歩くと、妙に短く風を切るような音が聞こえ出した。
何だろうかと思うが、黒の世界には黒しかない。
一歩踏み出した足先を、ヒュッと冷たい風が通った。
『何をしにこの地に来た、天界の小僧めが』
「・・・」
レンガは口を開かなかった。このような言葉を投げかけられた時、無言が一番いいのだと分かっていた。
ヒュッ
今度は、顔面近くに風が通った。
『口が聞けない? 天界の迷い子が。たわいもない。落ちただけで言葉も話せないとは無様な事だな』
「・・・落ちたわけでは」
『何?』
「自ら、ここに」
『何だと。お前は何だ。名を名乗れ』
「レンガ」
『レンガ。お前は何だ』
「私は、天界の汚れ」
『追放者か』
「自ら降りた」
『何をしにきた』
「・・・」
『地界において、天界の自由が許されると?』
「・・・」
レンガは黙った。
話さない方が良いと思ったからでは無い。答えが自分の中に無かったからだ。




